『風花』 1959年松竹
監督、脚本:木下惠介
撮影楠田浩之
音楽木下忠司
永田靖:名倉強之進 東山千栄子:名倉トミ 細川俊夫:名倉勝之 井川邦子:名倉たつ子 久我美子:名倉さくら 和泉雅子:名倉さくら(少女時代) 川金正直:名倉英雄 岸惠子:名倉春子 川津祐介:名倉捨雄 川頭顕一郎:名倉捨雄(少年時代) 竹野忍:名倉捨雄(少年時代) 有馬稲子:乾幸子 笠智衆:弥吉
名倉家という豪農の家に育ったそれぞれの人間たちの、決して幸福ではない生き方を、是とも非とも言わずに淡々と描く。そこには日本の農家の在り方の一つの典型が描かれている。
主人である老夫婦は自分の家の家名だけを頼りに生きる人間である。
その息子夫婦が、戦争に出征することに絶望して心中を図ってしまう。しかしそれを家名を傷つける失態と受け取るばかりの父母は、生き残った嫁(岸恵子)に憤懣の刃を向け、生れてくる孫にまで「捨雄」と名付けてつらく当たるありさまである。
この母子は家でも外でも人に指差されいじめられるが、ただ一人この家の長男夫婦の娘さくら(久我美子)だけは小さいころから捨雄にとってやさしいお姉さんとして接するのだった。しかし彼女も家のしきたりと現代的な考えのあいだで苦しむ。
家の長である祖父が死ぬと、祖母がこの家の実権を握るようになり周りは相変わらずびくびくして暮らすことになる。この祖母はただただ孫娘さくらに立派な結婚をさせて、村の者たちの鼻を明かすことだけが生きがいになる。そのためにさくらには習い事をさせるばかりでまったく人としての自由を許さない。年頃になった捨雄はその美しい姿を見ているうちに幼なじみとしてのお姉さんからあこがれの人としてさくらを見るようになるのだった。
実はこの家には一つの弱みの系列があった。それは祖母が年下の祖父と一緒になったこと、その息子が心中未遂で戦争に行かなかったこと、これが村人の噂のネタになり、農地解放によって小作人もこの家から離れるに至って、祖母は何としてもそんな世の趨勢に抗って家の名を周囲に知らしめたかったのである。
そしてついに大金持ちの家に娘が嫁ぐことになりこれで見返してやったと笑いながら涙をこぼすシーンは底知れない凄味がある。
その祖母の気持ちも捨雄の母子の気持ちも十分わかっているさくらは、嫁ぐ前の晩に捨雄と抱擁を交わして、彼女も捨雄を好いていたことを明かすのだった。ついに彼女は「家」と気持ちの通う家族との板挟みになって生きた末にこの家を出ていくことを決心したのである。
年齢と家の軋轢の中で別れざるを得ない若い男女の夜の土手の上でのシーンは、立場は違うが『野菊のごとき君なりき』の二人を思い出さずにはいられない。

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