『バーバー』 2001年アメリカ
監督 脚本: ジョエル・コーエン イーサン・コーエン
撮影: ロジャー・ディーキンス
音楽: カーター・バーウェル モーツァルト ベートーヴェン
出演: ビリー・ボブ・ソーントン:エド・クレイン
フランシス・マクドーマンド:ドリス・クレイン
ジェームズ・ガンドルフィーニ:ビッグ・デイヴ
アダム・アレクシ=モール:カーカノグス
マイケル・バダルコ:フランク
キャサリン・ボロウィッツ:アン・ナードリンガー
リチャード・ジェンキンス:ウォルター・アバンダス
スカーレット・ヨハンソン:バーディ・アバンダス
ジョン・ポリト:クレイトン・トリヴァー
トニー・シャルーブ:フレディ・リーデンシュナイダー
原題は「そこにはいなかった男」とでもいうようなものだ。つまりは何の存在感も持っていず、いてもいなくても同じような男だが、確実に世の中の流れを変えるきっかけとなっている存在なのである。
彼は最後には死んでしまうが、もしかすると初めから死んでいたのかもしれない。死んだ者の霊が、生きている人間を動かすように、彼は生きながら周りを動かしていたのかもしれない。
なんとも、ミステリーでもありコミックでもありサスペンスでもあり、つまり映画のすべてなのだ。こういう、人の日常を扱って、なお、あらゆるジャンルをあざ笑うかのようにすべてを備えている映画というのが面白い。ことあらためてミステリーなどといわなくともこういう所にミステリーはあるのだ、と。
人間がなるようになるさと思って生きているとこんな悲喜劇が招来することになるよという話だ。
一人の雇われ理髪師エドが主人公だ。彼の奥さんは百貨店で働いているがその店主と関係をもっているらしい。でもそれも彼には何のこともない単なる「事実」でしかない。ある日閉店まぎわの理髪店に来た男を断りもせず、何となく仕事としてとりかかろうとすると、その男の髪はかつらだったのだ。ま、それもどうということもないことだった。しかしその男がベンチャー起業主だったことで、これも何となくその話に乗ってしまう。
そのために金が要ることになった。
そういえば浮気した妻の男がいた。金の算段に、その男に脅迫状を送りつけてまんまとその金をせしめるのだが、その双方の頓馬ぶりが面白い喜劇となっている。ところがそのカラクリがばれてしまい、その男に殴られてもみ合いになる。エドはとっさに、手にしてい
たペーパーナイフで首を刺してしまい、その男は死んでしまったのだ。
ところがこの殺人で疑われたのはエドの奥さんであった。彼女は監獄に入れられてしまうが、彼女もまた、たいして騒ぎもせずに淡々としてその災厄を受け入れてしまう。そこにまたおかしな弁護士が出てきて、俺に任せとけというのだがどうにもお気楽な弁護士であるのだった。
弁護士は自分の名声ためだけにだけあの手この手を使うのだが、裁判は大した成果もなしに結審する。
そんな時にくだんの怪しいベンチャー企業家が殺されてしまう。その書類にエドの名前があったことで、この事件の犯人がエドということになってしまう。やった殺人には問われず、知らない事件の犯人として捕まってしまったのだ。そしてついに彼は電気椅子に掛けられることになってしまったのだ。そしてその一件もまた彼にとっては些細な出来事でしかないようなものだった。彼は粛々として電気椅子の部屋に向かって歩いていく。
まったく奇妙な映画だが、何となく同感できるという意味で面白いのである。その中には人が生きていくうえでの悲劇と喜劇が繰り返されていくという真理に似たような悟り(あきらめ)がある。
絶えず煙草をくわえているエド、殺人も恋も何もかもが同じレベルで存在する男の生き方が、目立たない平凡な男の中の強烈な反社会的傾向を映し出している。
この映画もまた抜群に面白い。このどよーんとしたおかしさを楽しもう。

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