『にっぽん泥棒物語』 1965年東映
山本薩夫 監督
高岩肇、武田敦 脚本
三国連太郎、佐久間良子、緑摩子、江原真二郎、市原悦子、北林谷江、伊藤雄之助、花澤徳衛
前半は泥棒人生の手練れな男の物語だが、後半になるとこの男が偶然出会ってしまった列車転覆事故が、松川事件の史実を絡めたストーリーになっていて、いたってシリアスな展開になる。
つまりコメディタッチの泥棒物語の味付けのまま松川事件という国家の陰謀を扱ったわけで、これは異例の思い切った冒険である。この発想が成功したかどうかは異論があると思うが、これほどの陰謀事件をエンターテイメントとして飽きさせない手腕はさすがに山本薩夫ならではだ。
三国連太郎が東北の村で蔵破りをしている泥棒団の首領を見事に演じている。
もぐりの歯医者をしながら蔵破りの下見をするのだ。どこか能天気な一味の面々と荒稼ぎをし、気に入った芸者を身請けして妻にするのだが、盗んだ呉服を何も知らない妻が売りに出したことから足がついて、牢に入ることになる。
そこで出会った若い男と出所後に再び蔵に押し入るが失敗して逃げるその途中、列車の路線で9人の男たちに遭遇する。さては村の者に感づかれたかと思ったがどうも土地の言葉を話さず地理にも疎いらしく不審に思う。
ここから突然映画はシリアスになっていくのだ。その路線で脱線事故が発生し犯人グループとして国鉄労組の組合員たちが逮捕されるのだ。つまりこれはかの松川事件として実際にあった国家の陰謀事件なのだ(映画では「杉山事件」となっている)。
彼は何回かの獄中生活の果てに、親を亡くし、きっぱりと泥棒家業をやめた。そしてある鉱山で働いていたが、歯医者の技術がある彼は重宝されて村では名士扱いになるほどだった。ある時に自殺を企てた女を助けたことでその女性に惚れられて所帯を持つことになった。
そこにかつて泥棒時代に顔見知りの刑事がやってきて、路線で見たという男たちの人数を9人でなく3人と思えと、過去の前科をだしに強要される。そして、妻と子供には一切過去を語っていなかった彼は、面倒に巻き込まれることを恐れて従ってしまったのだ。
しかしことは重大事件になった。自分の証言によって無実の組合員(彼は刑務所内で彼らに出会ってこの男たちは犯人じゃないと確信を持っていたのだ)が死刑という過酷な運命に陥ることを知り、法廷で一切の事実を証言することになる。
この法廷場面は面白おかしくして、本来のこの映画のスタンスに戻るのである。警察の陰謀がバレて組合員は無罪となるのだが、これは実際の松川事件でも冤罪として扱われたものである。
喜劇を撮っても面目躍如たる山本薩夫の腕がさえる佳作である。

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