『第十七捕虜収容所』 1953年アメリカ
ビリーワイルダー監督
ウイリアム・ホールディン、ドン・テイラー、オットー・プレミンジャー、ピーター・グレイブス
ご存知かの『大脱走』の元ネタである。ただのネタというよりはこちらが本家である。そして内容も濃い。ストーリーの大きな違いはこちらでは捕虜の中にスパイがいることだ。
脱走計画がバレてその後もことあるごとに捕虜の言動が当局につつぬけになっている。どうやらこの中にスパイがいるらしい。一方で捕虜の中の一匹狼セフトンは器用な奴でみんなの金を巻き上げて賄賂を使っていい暮らしをしているので目の仇にされている。結局、彼がはじめに疑われて仲間に暴行を受けるが、彼は自分の姿勢を崩さない豪気の人だ。
あるときアメリカ軍の中尉が逮捕されて連れてこられる。彼はスパイがいるとは知らずに舎内で列車の爆破の顛末を話すが、それが密告されて死の危険にさらされてしまう。
その頃ついにセフトンは舎内で密談をしているスパイを目撃する。しかし相変わらず疑われているのは自分である。さあどうやって本当のスパイを仲間に知らせることができるだろうか。このあたりから彼の映画での位置ががらりと変わる。いやな野郎から頼りになる男へと。
このあたりの展開は見事である。思ってもいなかった人間がスパイだったのだ。
それからは彼は自分のことを顧みず仲間のために動く男に変身し、スパイの男を皆の前で明らかにしその手口を暴くのだ。そしてついに捕虜たちはそのスパイを緊縛してしまう。
セフトンは一転仲間の信頼を勝ち取り、死刑寸前の中尉を救い一緒に脱出する任務を託されることになる。そのスパイをおとりにして、水槽の中にかくまっておいた中尉を助け出すのだった。そしてスパイを夜の闇の中に放り出して監視兵の銃弾を浴びているうちに鉄条網を切って脱出に成功するのだった。
ぼくはこの映画を高校時代に深夜放送で何回も見ている。なぜかこれと『ハエ男の恐怖』などを何回も深夜に放映していたのである。だから後に『大脱走』が出来たり『ザ・フライ』が作られたときに、やっぱりこのリメイクされた映画はそれだけのものだったのだと納得がいったものだった。
リメイクされたものはどこか物足りなかったのだ。確かにエンターテイメントされたすばらしい出来だったが、なぜかぼくはこの「人間」を描くだけに一生懸命な、モノクロ版が印象深いものとして心に残ってしまっていた。
この映画はリメイク版の『大脱走』と比べるよりも、『大いなる幻影』(ジャン・ルノアール)という映画と比べるといい。比べ甲斐がある。こちらは第一次大戦の捕虜映画である。
『大いなる幻影』 1937年フランス
ジャン・ルノアール監督
ジャン・ギャバン、ディタ・パルロ、ピエール・フレネイ
第一次大戦時下、フランスの将校三人がドイツ領内で墜落する。命は助かるが捕虜収容所に送られる。しかし質素なドイツ兵よりも捕虜であるフランスの将校のほうが贅沢な食い物をとっているし、なぜか陽気でさえある。
フランスがドイツ兵を類型化するとこのようになるのかと、ふだんアメリカ式のドイツ兵ばかりを見ているぼくらには面白い。やはりヨーロッパはただの悪役としては描かないのだ。言ってみれば四角四面のドイツ人という感じか。そこにはある種のシンパシーさえ感じられる。
フランス将校の一人だけがなぜか優遇されている。それは彼も収容所の監督官も貴族出であり、昔の貴族同士のよしみだからだ。ああ、これはナチスの台頭以前の戦争なのだった、そして貴族というものが消えつつあった時代なのだ。
今では考えられないほど牧歌的で余裕のある戦争描写なのだ。思い起こせばかつては戦争映画といっても、このようにその中で起こりうる人間ドラマをデフォルメして描くことが多かったのだ。本当の戦争の悲惨よりもそういうところに映画としての価値を見出していたのである。
ところでこの映画もそのようにして展開する。つまり二人の将校が脱獄するのもただみんなで笛を吹いて大騒ぎしその隙にあっけなく成功してしまうのだ。ほかの捕虜たちがどうなろうかなどはまったくお構いなしである。まあそれでいいのだ。
第二次大戦は映画を大きく変えた。この映画のような脱獄譚をより写実的に描いたのが『第十七捕虜収容』(1953年アメリカ)という映画だったし、それのリメイクが10年後の『大脱走』だったわけだ。この映画から戦争映画の様相ががらりと変わった。ドイツ兵は憎っくき敵でしかなくなってしまった。
そしてまたベトナム戦争後も戦争映画の形は一新したのだ。もう戦争をロマンとしては描けない時代になってしまったのだ。
まんまと脱走したギャバンとマルセル・ダリオはお互い喧嘩をしながら助け合いながらの逃走劇で、とある一軒家に潜むと、そこには家族を戦争で亡くした母子が住んでいた。その女性に二人は助けられてスイスへの国境を超えるのだった。追手のせまるなか雪景色のスイス領内へ逃げる二人の影が黒い点となり、エンディングとなる。
はぁー、なにかこういう映画を今見るとため息が出る。

0