19世紀末の飛行船騒動
ものぐさ太郎α
「飛行船といえば、もっと有名なのが、1896年から1897年にかけてアメリカ北西部上空に姿を現している」
「ところがどっこい、実用に耐える飛行船が初めて試験飛行に成功したのは1901年のことで、この時期に飛んでいるわけがないんだ……」
―「何かが空を飛んでいる『飛んでいるのは何か』」より―
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「何かが空を飛んでいる」巻頭の「超自然から機械へ」にも図が載せられている「飛行船」。「近代以降、もっぱら機械へと還元されはじめる」その先駆けであったようである。
さて、今回はこの「場違いな飛行船」について書いてみたいと思う。
これらは「謎の飛行船」、「幽霊飛行船」、「飛行船ミステリー」など様々な呼ばれ方をしているが、とりあえず「幽霊飛行船」という言葉を使っていきたいと思う。もっともそれらは「実験に失敗した発明家の霊」とは思われていなかったようなんだけど。
◆そもそも飛行船とは何だろう
「幽霊飛行船」の話の前に、飛行船とはどんな乗り物なのか? 考えてみよう。こう書くと、「そりゃ、ガスで風船膨らませて、流線型で、気球と違って好きな方向に飛べる乗り物だ」と言われてしまうかもしれない。確かにそうだ、間違っていない。
でもね、何か大事な所がスッポリ抜けている気がするんだ。
皆さんご存知のアニメ映画に「魔女の宅急便」というのがある。え、ジブリ作品で飛行船が出てくるなら「天空の城ラピュタ」じゃないのか? という意見もあろうが、まずは「魔女の宅急便」なのだ。
このアニメ映画のクライマックスは、コリコの町に来た飛行船「自由の冒険」号と、それを見物しに来ていたトンボ少年の巻き込まれるピンチ、さあ、スランプに陥っていた魔女のキキはそれを救えるか? って所だ。
この「飛行船が来る事はイベントになる」というのは、結構大事なんじゃないかと思うのだ。
飛行船は普通の飛行機と違って滑走路がいらないから、ふわりと着陸したり、塔につなぎ止めたりして、「僕らの町にやってくる」事が可能なのだ。小さな町でも、田舎の町でもいい。
それは時には異なる文化を持った地域だったり、国だったりする。昭和の初め、ドイツのツェッペリン伯号が来日した時は、何十万という人が見物に来る騒ぎになったという。
余談だけど宮崎駿は「母を訪ねて三千里」でも「飛行船が街にやってくるイベント」を描いている。好きなんだろうなあ。
「僕らの町にやってくる」。これは、他ならぬ「空飛ぶ円盤」も持っている特徴だ。その気になればワシントンの芝生にだって降りられるだろう。
飛行船の特徴は、他にも空飛ぶ円盤に共通している。
そのカタチ、スタイリングがそうだ。「葉巻型円盤」(あれ? 何かヘンだな)なんていうのは、元イメージは飛行船だろうなあと思うのだ。
実は実用化されたツェッペリン伯爵の飛行船なんかは、当時の新素材であるアルミニウムを使っていたから、視覚的にも共通点がある。「銀色の葉巻」だったのだ。
その後、「空中母船」ともいうべき飛行船も出てくる。複葉機を飛行船に搭載するアイデアだ。まだ長距離を飛べなかった飛行機と、機動性のある護衛が必要な飛行船がお互い助け合う為の考えだが、これがジョージ・アダムスキー(知ってるよね)のいう「スカウトシップを乗せた葉巻型母船」に影響を与えていても、不思議ではない。
そして飛行船は時には落ちる。落ちるどころか中に詰めているガスの種類によっては爆発四散する。さらに無惨にも残骸を晒す。
遠路ドイツからやってきた飛行船ヒンデンブルク号は、アメリカのレイクハースト飛行場に繋がれようとした寸前、原因は諸説あるが大爆発を起こし、跡には骨組みのアルミニウム材の山が残った。
空飛ぶ円盤もまた、はるばる宇宙からやってくるのに、大気圏内には弱いらしく、あちこちで落っこちている。
それでは、「実用化された飛行船」の持つ特徴が判った所で、具体的な「幽霊飛行船」の目撃例に話を移そう。
◆カリフォルニアからの旋風
その最初の前兆は、もとをただせば1870年代に始まるらしい。1880年にはニューメキシコ州で魚の形でファンのような物体のある不可解な気球の目撃があり、人影はあったものの言葉はわからず、東洋から飛来するものとされた。
1884年6月6日にはネブラスカ州南部ダンディ郡で、ブンブンという音と共に燃えながら歯車などの機械部品が落下、その中には幅16インチ、厚さ3インチの真鍮でできたプロペラもあった。それらは見たこともない金属でできており、遠くまでこげてしまう程の熱を持っていた。
本体は50フィート以上ある円筒形の乗り物であろうと推測された。
目撃者のカウボーイ、アルフ・ウイリアムソンは熱にやられ、顔中が火脹れになった。
――と「ネブラスカ・ナゲット」紙が報じた。
驚くべきことに、この事件は「この種の事件」の草分けであると同時に、「でっち上げ」の草分けであった。後日談ではこの話を実話として扱っていなかったし、1960年代の調査ではこの話を知る人を発見できなかった。
UFOに否定的な本ならば、「でっち上げでした。めでたし、めでたし」なのだが、「何かが空を飛んでいる」を読んでしまった後ではそうはいかない。なんだこの「でっち上げ話」の完成度の高さは。最初からいきなり飛ばしすぎじゃないか!
1888年5月27日、サウスカロライナ州ダーリントン郡では昼間に、三人の姉妹が上空を通過する「大海蛇」を目撃。同じ物体を別の目撃者が早朝に目撃していたという。この時期には他にも未確認飛行物体を、飛行機械とする事例と並行して、「空飛ぶ大海蛇」と解釈する事例が見られる。
1889年2月14日の夜、メリーランド州ケイトンズビル上空をアーク灯のように輝く円筒形の物体が、パタプスコ川に沿って通過するのが住民によって目撃される。
そして、1896年からのアメリカの一連の「幽霊飛行船」目撃騒動は、アメリカ西海岸、サンフランシスコ近郊から始まる。
西海岸――UFOに詳しい方なら、アメリカのUFO話が始まる場所として記憶されておられるかもしれない。ロサンゼルス襲撃事件も西海岸なら、ケネス・アーノルド事件のワシントン州も西海岸、「宇宙人との会見者」の草分けであるジョージ・アダムスキーもカリフォルニアの砂漠で「金星人」に会ったし、近い所では2007年の「ストレンジ・クラフト」目撃がカリフォルニア州で始まっている。
本当にこのあたり、「西洋のどんづまり」だが、「何かある」のではないかと思ってしまう。キールの言う「窓」だろうか。
目撃が連続して起こった点や、それが新聞で「報道」され、現代までイラストが残っている点でも1896年からのウェーブは特別なケースだと思う。その前にカリフォルニアでは8月に「気球」、10月に「隕石」の目撃が相次ぎ、11月に「真打」が登場した。
1896年11月17日夕方、それはカリフォルニア州サクラメントで目撃され、「気をつけろ! 教会の尖塔にぶつかるぞ!」という声を聞いた者もいた。その後物体はオークランド上空に現れ、4本の腕にローターを付けた姿が記録された。
飛行船騒動と言えばこの有名なイラスト、独創的で、その後実用化された飛行船とはまるで違う……と思ってしまう所である。
この記事の載ったサンフランシスコの「コール」紙は当時の一流紙。現代日本で例えれば、朝日新聞の一面に「ニュージーランドで捕らえられた首長竜」が載るようなものだろうか。
続いて11月19日付けのデイリーメールでは、カリフォルニア州ストックトンで馬車を走らせていたH・G・ショー大佐が直径25フィート、長さ150フィートの金属表面を持つ物体に遭遇、ショー大佐が「火星人」と考えたその乗組員に誘拐未遂されるという事件を伝えている。
11月19日のサクラメント・デイリーレコードユニオンには、葉巻型のマシンの脇で自転車をこいでいるように操縦する4人の姿が目撃された。という記事が載った。
11月26日にはA・H・バブコックという電気技師が大きな箱型の凧を組立て、オークランド、カリフォルニアの両州の空に揚げ、飛行船の報道ラッシュを巻き起こしたとサンフランシスコのクロニクル紙が報じた。
また12月1日から2日にかけての新聞では、サンホセに住むジョン・A・ヘロンという電気工が、飛行船の修理の手伝いを頼まれ、お礼にハワイまで飛行船で旅行をしてきたとの主張が載せられた。後に彼の妻は、その旅行をしたという夜は、彼は家で寝ていたと記者達に証言した。
この頃はカリフォルニア周辺をうろうろしていた幽霊飛行船であるが、しっかり誘拐(アブダクション)もしたし、会見者(コンタクティ)も、インチキも産んでいたのであった。
(「2」につづく)
(この記事の次の記事は「3」で同人誌掲載の順番と異なります)
(この記事は「Spファイル友の会」の発行した「Spレビュー2 空飛ぶ円盤最後の夜に」掲載記事の元原稿となったものです)

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