2012/4/14

大西厚樹  大西厚樹

近頃、書こうかな、とウズウズしていたことがあります。

それが、「ATSUKI ONISHI」のこと。

クリックすると元のサイズで表示しますポスター

ところでアツキオオニシと言ってもご存知ない方々も多いでしょう。
今の「森ガール」の大先輩=80年代の「オリーブ少女」に大人気だった
デザイナー・ブランドです。

クリックすると元のサイズで表示します


私がデザイナー・大西厚樹さんのスタッフとして働いていたのは、
1990~1999年のどっぷり90年代のことです。

その前に数年ショップ・スタッフとして働いていまして、
お仕事を辞めてロンドンに住んでいた1989~1990年に、
やはりロンドンに滞在していた大西さんと会って
まだ出戻ってしまい、合計約15年も勤めていたことになります!?

私が大西さんのもとを離れてからも、
大西さんはデザイン活動を1年くらいされていたのですが、

2002年か2003年・・・
ああ、すみません、記憶がどうしてもハッキリしないけど、
もと上司から「大西さんが亡くなった」というお知らせが
またロンドンに住んでいた私に届きました。
(なんか、重要なことはいつもロンドンで・・・)

大西さんのこと、ネットで探しても
なにせ活躍していた時代には、ネットは存在していませんでしたし、

亡くなったニュースは公式発表されていませんので、
彼については生存すら謎のままとなっているのが現状のようです。

その後も、いくつかのライセンス商品=
バッグ、ハンカチ、寝具などが生産/販売し続けられているようですが

今現在、フォーマル・ウエアが展開されていることは確かなようです。

クリックすると元のサイズで表示します
公式HPよりブランドイメージ
「アツキオオニシ ノワール」がブランド名。

こちらのロゴは、私が働いていた時代と同じものに、「NOIR」がついています。
クリックすると元のサイズで表示します

こちらのフォーマルブランドは、現在進行形ですから、
きょう見つけた時は、
1999年以来、いきなりタイム・スリップ、雪崩のようなショックでした。

いえ、調べてない私がいけないんですけど、
なにせ情報がほとんどない・・・伝わって来ない現状ですので、

じゃあ、私が、15年くらいおつき合いのあった私めが、
大西さんのことを細々と書いても、罰が当たらないかな・・・??
と思ったしだいです。


97



2020/2/12  11:11

投稿者:しましま

2/10コメントくださった方

ありがとうございます。どこの会社からも公式発表がなかったので一般的には知られてませんよね。今でもパジャマを保存しててくださって大西さんも喜んでおられることでしょう。

2020/1/16  22:48

投稿者:しましま

一休さん

このポスターは金子國義さんのイラストで当時のデザインスタジオの方がグラフィックをやってくれたのですが、私はこの時代に担当してなかったこともありスタジオの名前が思い出せません。すみません。
思い起こすとショーの案内状などポスター以外の販促物もセンスが良かったです!

2019/9/27  22:41

投稿者:しましま

9/27拍手コメントくださった方

わああ!それではお会いしていた可能性が大ですね!
私も偲ぶ会には出席しましたよ。
〜お久しぶりでございます〜
ネット時代の前の情報はなかなか見つからず寂しい限りです。
もっと大西さんの業績がほとんど後世に残らないのは勿体無い話です。


2019/5/29  21:35

投稿者:しましま

5/29拍手コメントくださった方

そうなんです、正式発表はないのですが。。。
私がショップで働いてた時、高校生のお客様が羨ましいと思ってましたよ!
だってお値段高かったですもの。
パジャマをまたお持ちとは、大西先生お空で喜んでますよ。

2018/11/5  21:34

投稿者:しましま

10/23コメントくださった方へ

本当に、ごもっともな意見です。私も時々オークションサイトを覗いて、
「これは絶対大西さんの作品じゃないな」ってのを見つけると心が痛いです。ブランド名、ライセンシー業界の暗闇ですね。

2018/8/6  21:15

投稿者:しましま

8/6拍手コメントくださった方ありがとうございます。
キャトルセゾンをご存知だなんて、
大西さんのキャリアのかなり初期からご存知なんですね。
ATSUKI ONISHIになる前、当時は大人っぽいと思ってましたが
今から見るととてもオシャレだったと思います。
日本のファッションがセンスもクオリティも良い時代でした・・・

2018/6/27  21:35

投稿者:しましま

カスミさん

懐かしいお話が弾みます。POWDER、プリントが鮮やかなブランドでしたね!
なんとカスミさんもBMDで働いたことが?!
そういえばショップでのセールが終わった後に場所を変えての最終セールありました。
本社からも営業さんが駆けつけてましたが、応援隊も召集されたのですね〜
お疲れ様でした!

>>販売員になるのが夢

そうそう、あの頃の販売スタッフは一般人とは違って見えて、とてもおしゃれな
業界の人、というイメージがありました。私も最初は販売をしていました。
なので実はそんなにおしゃれな人ばかりでもないけど全身ブランドの服を着れて
先輩に鍛えられるからそれなりに見えるだけだったのですが(笑)。

今では販売員は人気の職業ではなくなり、募集をかけてもなかなか人が
集まらないと人材派遣会社の人が言っていました。

>>シルエットやイメージを大切にしているのでワンサイズ

それは多分、サイズ展開をするとなるとその分在庫を揃えなくてはならず、
規模が小さい国産デザイナーズブランドは1つのデザインあたりの
生産枚数が少なすぎてワンサイズしか作れなかったのが実情です。
ホント、服に体を合わせてました!

>>実家に行くと山のようにA.Oのお洋服やカタログが

ありがたいお話です!絶対大西さんが嬉し泣きしてらっしゃると思います。

>>ファストファッションに好みが移行

高くないお洋服でもどこも恥ずかしくない時代ですもの、
似たようなデザインだったら安い方がいいに決まってますよね。


2018/6/27  0:52

投稿者:カスミ

しましま様

こんにちは!お返事ありがとうございます。
お忙しいのにお返事いただけて感激しております!
しましまさんはやはりプレス担当でらっしゃったのですね。販売員に憧れていた私から見たら雲の上の人です。そんなお方にお返事いただけて幸せです。
当時、大西先生と下迫先生(powder)のお洋服が好きすぎて販売員になるのが夢でした。大きなデパートの最終セールのバイトとしてBMDに潜り込んだこともありました(笑)
お偉いさんから痩せろ!とお叱りをいただきましたけど…(笑)
あの頃のお洋服はシルエットやイメージを大切にしているのでワンサイズしかなくて服に身体を合わせろ!でしたもんね。少々(いやもっと)太めだったので2000年頃にはサイズのあるファストファッションに好みが移行してA.O.のことも忘れていってしまっていました。
実家に行くと山のようにA.Oのお洋服やカタログがあって、もう着ないと思って最近2〜3着処分してしまったのですがこれだけ大西先生の功績が
残っていないのを見ると処分するんじゃなかったと後悔しています。
私にはパソコンもないし、ITスキルもないので不可能かもしれないんですけどお洋服の画像やカタログをPDFで残していけたらいいなと思います。著作権などがあるのでWeb公開は難しいかもしれませんがやってみたいですね。
しかしフォーマルウェアのブランドの権利ってどうなっているのでしょうね。すごく気になります。
しましまさんが退社される時に詰めた宝箱は今どちらにあるのでしょうか…私も見てみたいです。正直キャトルセゾンの頃は一切知らないので…!
またまた長々とすみません。
懐かしくてとても楽しくて…!
ではまたお邪魔します。ありがとうございました。

2018/6/25  15:55

投稿者:しましま

カスミさん

こんにちは、初めまして。コメントありがとうございます。

>>何度か検索してはこちらにたどり着いては大西先生の情報の少なさに驚いて

そうなんです。私が大西さんのことを個人的に書いたのもまさにそれが理由です。
ちょうど大西さんが私の働いていた企業での契約をしなくなった時が、
ファッションブランドも軒並み公式ホームページを立ち上げた時代でした。
その少し前にデジカメが普及し始めてファッション写真もデジタルになったばかり。
大西さんが活躍していた時はネット社会の夜明け寸前だったのです。

お洋服や販促物をまだ保管していらっしゃるとのこと、
大西さん喜んでますね、きっと!
中嶋朋子さんのanan撮影は私も参加しました。懐かしいです〜〜
確か、デニムと白レースを組み合わせていたかな・・・

今では資料はすべてデジタル保管ですけどあの時代は紙と写真のポジフィルムでの保存。
私が大西さんのブランドを持ってた会社を退社した時には、
雑誌掲載のスクラップやカタログなどの販促物を整理して箱に詰めましたが
あれは一体まだこの世に存在しているかわかりません。
誰かが保存してたら公開していただきたいですね。

2018/6/25  15:14

投稿者:カスミ

こんにちは、何度か検索してはこちらにたどり着いては大西先生の情報の少なさに驚いています。90年代初頭大学生だった私はピンクハウス好きな友達に連れられて大西先生の服を買い、かわいさと独特の世界観すっかりはまってしまいました。ピンクハウスと違って意外とボーイッシュな服もあって大好きでした。an・anやnon・no、装苑にあれだけ掲載されてて各地のデパートのトップのフロアに飾られていたのにある時を境に一切の気配を消して消えてしまったのでどうしてなんだろうとずっと疑問でした。もうこの世にいらっしゃらないとは想像もつきませんでした。貴重な情報をありがとうございます。いまだにキレイな写真がいっぱいのカタログやポストカード、服が実家にはいっぱいあります。sofiaさんがお作りになられていたのでしょうか。これからも大切にしていきます。ちなみに1番気に入っている服はan・anで中嶋朋子さんが着用してたデニムの胸当てがついた白いジャンパースカートと喜多嶋舞さんが英会話教室のポスターで着用していたガンクラブチェックのセットアップです。いまだに着ています。長々とすみません。それではまた来ます。ありがとうございました。

コメントを書く


名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ