2012/1/2

日本語の喜びはどこに?  日本語

元日にJが父からもらってきた横山大観命名の酒「タイカン」
(うちの実家の方でも日本酒がつくれれていたとは知らなかったなぁ)
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スコットランドな大晦日から8時間後、
眠い身体にムチうち一家は実家へ・・・100%日本

私とJは日帰りでしたが、
8時間半の滞在中に、3食みっちり餌付けされました!

食卓いっぱいに並ぶごちそうをつくるのがいかに大変だったか
延々聞かされながら、食べた、食べた・・・・

私「お雑煮だけでいいって言ったじゃないの。
  あれもこれも作らなくていいよ〜〜」

母「そういうわけにはいかないでしょう。」
 「お正月に来てお酒も飲ませなかったら大変。」
 「おせちって買ったら何万円ってするんだよね〜」
 「買ったものは日持ちするよう味が濃いんだよね。」
 「これ、まだあるから、持って行きなさい。」
 「こんな魚は料亭で食べたら千円はするね。」
 「Mが野菜とれるよう、つぶしてたら手が痛い」
 (コロッケに野菜を混ぜ込んだ。)
 「あと何年こうして作れるかわからないわ」 
 (毎年言っている) 

「おせちの起源は、
忙しい主婦を正月くらいは家事から解放するため」
と外国人に偉そうに教えている私・・
これではまったく本末転倒じゃありませんか 

そして、

ハイっ!お年玉!!

「はい、こっちはパパに! ママにも!!」

うおおおおおおお!!

サンタさんは来なかったけど、この年にしてお年玉!!
ああ、ありがたい、少子・高齢・核家族・・・・

そしてお腹と懐があたたかくなったところに、

「あんたたち、色々出歩いているようだけど、備えあってのことでしょうね」
「これからMにもお金がかかるんだし、蓄えるのは今しかないのよ」
「人生、いいことばかりあるとは限らないんだから」

ごもっとも、

ごもっともでございます・・・<m__m>

異議はございません!  

が、

貯金もございません・・・・

    

12/30には、スカイプでキウイランドの父母と40分くらい
だらだらと近況報告をしあったばかり。

あっちは、お金もくれたことないけど、説教もない。
イタリアの友達のウワサとか、
最近買ったフラットに入れる家具を、どこでいくらで買ったとか。

そうそう、クリスマスプレゼントに私がリクエストして
日本で売ってないカレン・ウォーカーのベルト
買って送ってくれたので、お礼を言ったり。

70過ぎた質素な夫婦が、カレン・ウォーカーの店に行って
買ってくれてる図を想像すると、かわいい。

私の両親には決してたのめないなあ。
「こんなベルトがこんなにするの?!」と説教されそうだし
昔グッチのローファーを「ドタ靴」と言われたし、
私が「島村」に行きたがると「あそこは安物ばかり」なんて言うしなあ。

マイナス評価をとくに言葉にするのは日本語の特色でしょうか??
それとも、母の生地=福島県(!)の?
愛はあるのに、プラスの評価は
言葉では表現しないんですよね・・・

それを裏付ける、ビックリ仰天なことがありました。

娘のMが、プロフ帳をおばあちゃんに買ってもらいました。
そこに私の両親が書き込んだ彼らのプロフィールの中に、
「今までで一番楽しかったこと」の項目に、
ふたりとも「イタリア旅行」と書き込んであったのです。

え〜〜っ?!

私、「イタリアの料理は団体用のでおいしくなかった」とか
「あちこちバスで移動させられて大変だった」とかは聞いてましたが、
両親いっしょの生涯で1度のイタリア旅行が、
「楽しかった」とは知らなかったんです。
後ろに5メートルくらい吹っ飛んだような気分でした。

そうだと知っていたら、ロンドンに住んでた時に、
無理矢理にでも来てもらえばよかったなあ・・・
イタリアにはJの両親がやってるB&Bもあるのに。
言ってくれないんだもんなあ・・・

          

自分が、日本語を教えるときに、
私達が日本語でなぜその単語を選ぶのか、
どうしてそういう言い方をするのかが気になるんですけど、

しかしなぜ「楽しかった」とか「嬉しかった」とか言わないのか。
新たな課題が・・・。

日本人の心の中には喜びや愛もたくさんあるのに。

















 
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