2017/3/4

時間のなかの子供  ベネディクト・カンバーバッチ

クリックすると元のサイズで表示します

写真は洋書ですが、その翻訳を読みました(写真は1番下にあります)。

なぜ洋書の写真を先に貼ってあるかというと、写真が好きだからです♡
日本語版のも可愛い女の子の写真ですが、この小説の設定1980年代よりも少し古い50年代あたりを私には連想させます。

洋書には他にもリリカルな表紙がたくさんあったのでコレクションしちゃいました。後で下の方をご覧くださいね。

さて「時間のなかの子供」byイアン・マキューアンをなぜかと言えば、ベネディクト・カンバーバッチがドラマの共同プロデュースと主演を務めると各プレスで発表されたからですね(皆さんとっくにご存知ですよねー)。

私の知識で「ははん」と思えるのは、映画「つぐない」の原作小説の作家であるということくらいですが、とにかくそのニュースを聞いて図書館に即予約を入れました。

しかし焦ることはなかった、図書館に今何人の予約が入ってるのかと検索してみたら、なんと「ゼロ」・・・この本は絶版らしく密林に在庫がないので、図書館に殺到するかと思ったのに、文京区、意外に文芸への関心が薄いではありませんか。俳優のニュースから原作本に手を伸ばす人って意外に少ないのかしら。

このドラマは英国ではBBCOne、米国ではMasterpieceで放送されるとVarietyに出ています。英国俳優さんの過去作を調べると、「BBC製作のテレビ映画」というのに当たるんですが今度のもそう言ったドラマとはいえ90分の単発です。ベネディクトさんとトム・ハーディーが出てた「Stuard: a life backwards」もそうでした。

これから製作ですから放送日程もまだまだですね。

ベネさん「Melrose」という別のドラマも製作&主役をやるとの発表もあったばかりで、文芸作品に力を入れてストレンジ先生とのバランスをとっているのかと憶測してしまいます。


『バランスをとる』
というので、ついに本の感想を思い出しました。ネタバレの嫌な方は、この下は避けてくださいね。感想は写真群の下に書きますよ。

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します


ベネさん演じる主人公スティーヴンは、年は42か3歳。児童文学作家。
この世代の、理想と現実の間でどう『バランスをとるか』にいとも簡単に感情移入してしまいました。

「権威に反抗」した思春期を過ごしながらも、年齢とともに反抗ばかりしていてはやることもできないし生きるためのお金を得られないジレンマに陥り、かつての自分と今の自分の間で悩むのです。

スティーヴンや私の親の世代だと、思春期に若者文化もなかったし、「反抗」という概念もなく、「きちんとした大人になること」のみが人生の選択だったように思います。

それに1980年代以降に生まれた世代も、反抗すべき大人自身が反抗してきた世代なのでちゃらんぽらんすぎて権威がないに等しく、最初から「ちゃんとした大人なんて存在しない」と知っているので、うまく世を渡っていくことに何の罪の意識も感じない。

この自己ジレンマはもしや限られた世代だけなのかな・・・などと、優柔不断なスティーヴンの政府や乞食に対する感情を読んで思いました。

でもそれはこの本のメインテーマではありません!

スティーヴンの、一緒にスーパーのレジにいたのに忽然と失踪した3歳の娘によって引き起こされた妻との溝。そして自分の親とのつながり。がテーマです。

娘が自分と一緒にいたのに消えてしまう。
私がロンドンに住んでた2000年代にも、よくMissing Person(行方不明者)という張り紙をチャリティーショップや地域のコミュニティーセンターなどで見ました。それに、実際の事件テレビニュースも覚えていて、スーパーのトイレで幼児をリュックに詰め込み連れ去ってしまった犯人の手口もありました。その事件ではすでに幼児は殺されていて・・・

当時は私も育児中だったのでそれはそれは恐ろしいニュースでした。しかもイギリスのスーパーにはやたらと広い店もあり、3歳だとレジカウンターの周りでは見えない存在。

スティーヴン夫妻も娘の失踪とともに最悪の事態も考えながら口には出せず悶々とした日々を過ごす

ー その苦しみは無理もないのですが、スティーヴンは喪失感に金縛りにあったような状態で、すごい優柔不断なんですね。全てに責任を取るのを免れようとした態度とでもいうのか。物語としては、鬱屈しすぎてちょっと・・・

というところを面白くしているのが、友人のチャールズ夫妻と首相でした。

チャールズというのが、口がうまく人間的魅力もありビジネスマンとしても政治界でも成功するのだが、犠牲にしてきたインナーチャイルドと表向きの自己とのギャップに耐えられなくなっていく、という面白いキャラクターなんです。私はこの役をドラマで誰が演じるのかに大変興味があります!

訳者の真野泰さんはあとがきで「女性性賛美」の面がある、と書いているのですが、スティーヴンの妻はヴァイオリニスト、チャールズの妻は物理学者と、キャリアと才能のある頭の良い女性二人のはずですが、私にはどうも理屈っぽすぎてこの二人のどこがいいのかさっぱりわかりませんでした。

知的でナチュラルな美しさを持つイギリス女性のイングリッシュ・ローズを体現しているようにも読み取れましたが、

私にはまだスティーヴンの母の方が魅力的な女性に思えました。ちょっとせっかちで考えが短絡的なんだけど、そのシンプルな思考回路が私には共感できます。

2



2017/3/5  23:52

投稿者:しましま

hedgehogさん

主人公はインテリエリートにもかかわらず、考えに共感できるのでさっと入れるのですが、
なぜ女性像がイマイチピンとこないのか、私にもよくわかりません。
多分奥さんふたりは一人称の表現がなく、あくまでもスティーヴンが見た像だったからかな。
にもかかわらず、スティーヴン母と首相のキャラは結構私は気に入ってます。

「永遠の少年ごっこ」もチャールズだったらプーさんのクリストファー・ロビンみたいでかわいいけど、日本人男子だとどうも気持ち悪い想像しかできません・・・(涙)でも多そう。
ガバネスにお尻を叩かれに行くパブリックスクール生のチャールズもかっこよくはないけど。

私も年代設定にまごついたのですけど、母がスティーヴンを妊娠したのがドイツとの戦争中、
1930年台後半から40年代頭で、スティーヴンが40歳代前半だからやはり計算上1980年代ですよね?!
仮想現代として書いたのではないかなあ?

で最初は首相とは当然サッチャーのことかと思ったけど、
そこはイメージのみのフィクションで、オッットット、みたいになりました。

2017/3/5  18:14

投稿者:hedgehog

しましまさん

私はマキューアンは読み慣れているので特に何とも思いませんでしたが、言われてみれば彼の作品に出てくる女性たちはインテリエリートが多いですね。というか、主人公自身もインテリエリートなことが多いので、必然的にそういうことになるんでしょうけど、それでも多くの日本人男性が考えるような「結婚するなら若くて美人がいい」的な考え方がないのも確かかも?

>インナーチャイルドと表向きの自己とのギャップに耐えられなくなっていく

チャールズのことは、この手の「永遠の少年」ごっこなら、やりたがる日本人男性も多いだろうな、と思いながら読んでましたw

私がこの小説で一番読みづらかったのは、この小説は、実際にマキューアンによって書かれた1980年代後半と同時代のイギリスを舞台にしているようでありながら、実はその時代に想像した近未来というか近似値の世界を舞台にしていたことでした。それを約20年後の今になって読むと、どこまでがリアルな政治事情を酌みした世界でどこからが想像の近未来世界なのかが分かりづらくて、ぶっちゃけ途中から深く考えるのを止めてしまいました。すまん、マキューアン。

http://ameblo.jp/hedgehog42/

コメントを書く


名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ