2004/8/30

自分不在の自分  

オリンピックも終わったので、デザインを変えての新装開店でございます。
 今日は少し自分が軽い感じです。週末にある方とメールをしました。その方が今まで言ってたことがなんとなくつかめたからです。そのことを伝えてその後も少しやりとりをしました。どのやり取りも内容が濃く、終わった後も少し考えました。
その中で(あれ?HPだったかもしれないぞ?)自分の中に残ったことは受け身の姿勢(誰々に〜された、何々のせいでこうなった、誰々がこう言ったから)ではいつまでたってもグチばっかり言って前に進めない。そこに自分が本当にいなかったのか?それは自分が実際そこにいてその場所、周りにいた人たちとの関係の中で起こったことであって、されたということばかりではなく、そこにいるということで自分もその周りに影響を与えてるということ。あくまで主体は自分であって、状況を変えたいのならまず自分が変わることでまわりを変えていこうということ。
私は今まで自分の身の置き場所に困ってました。
ここじゃない、ここでもない…。
選んでいるようで実は現実にいるどの場所でも自分を不在であるかのごとくふるまっていたのです。そうして居たようで実は居ないのよ、と言うことで責任回避をしていた気がしました。
動いていて、会話もしていたけど実は抜け殻で、経験や習慣などからだが憶えている条件反射のようなもので普通に生活している姿勢をとってたというか、人に普通に暮らしているよ、これみよがしに見せていたのかもしれません。
今日は自分がそこにいました。
自分で感じて自分が振舞っていました。
久しぶりに自分の中に自分が戻ってきたようでなつかしい気がしました。
どこに行ってたのかな?
ふと思いました。
どこにも行ってない、自分の中に隠れていたんだよ。元からここにいたんだよ?
そんな声も聞こえてくるようでした…。
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