2004/11/25

泥沼からの再生  

私の最近の状況、試験などで追い詰められ、終わったとたん事故とかあって…。
職場でもいろいろと問題あるし。
職場での私はアウトロー、そのもの。
最初はいろいろと心をくだいたが、忙しくなってくるうちに気が回らず話すのも面倒になってきて、決まった人としか話さなくなってきた。しかもその決まった人ともほんの少ししか言葉を交わさない。
完全気持ちはどっか彼方へ。手だけかろうじて仕事をする感じ。
話さない人とは完全に断交状態。
当然あまりよくは思われていないと思う。
冷たくされたりいじめられるのは実は自業自得の部分がある。
これはたぶん私の仕事そのものに対する姿勢に問題があるんだと薄ぼんやりと感じる。

ここまできた以上、この職場では居心地良く過ごすのは無理ではないかと思っていた。こないだの事故と職場の意地悪がかさなったときに、もうここでは私はダメだ、こんなところでは私自身がダメになってしまう、早く次を早く探さねば、と本気で考えていた。今までろくに口をきいたことのない人と急に普通に話せるはずがない。話しても全然かみ合わず、この人とはもうダメだ、と思った人と普通の同僚のように話せるはずがない、ともう完全にダメだと思っていた。

今日、初めて受け入れられた。
やはり目は合わせないでとか、私に直接話しかけているわけではないけれど。
輪の中にぎこちなくだけど、同僚として入ることができた。
迎え入れられたのだ。
わたしは初めて同じ職場の人間として受け入れられた。
もう死地になっていた枯野に小さな青い芽が出た。
どろどろの汚い泥沼に大輪の蓮の花が咲いた。

チャンスが芽生えた。
これから伸びるかわからないが、成長のチャンスをもらえたのだ。
一度死んで完全に終わりだと思っていた。
再生…。
再び生きるのです。
許してもらえた私は再び生きる喜びにあふれています。

自分のなかで仕事に対するいろいろな思いがごちゃごちゃとからまっているので、人に接するときにどうしてもふてくされていたり、どうでもいいというような態度(特にプライベートでいろいろあり、余裕がないとき)をとってしまうけれど、後からそれを覆そうにも自分だけの努力じゃどうしようもないときだってある。
相手あってのものだしね。
私は反省もしました。
少し自分自身の態度についても振り返る時間を作りました。
許してくれてありがとう。
自分自身でダメにしたものからようやく再生の糸口をつかめた今日でした。
辞めたりしなくとも同じ場所でいくらでも再生は可能なんだな、と改めて思いました。





0



コメントを書く


名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ