2005/11/27

背負うもの  

馬鹿な主従関係について。

内輪話だが、年末韓国旅行をしようかという話が家族内で出ていた。
それはお風呂に入りに行ったときのこと。私がオイルマッサージを受けたときのことだ。そのとき私を担当した人がたまたま韓国人だったからだ。その話をすると家族は間髪いれず韓国旅行の話を持ちかけてきた。私もオイルマッサージが気持ちよかったのと本場の韓国エステを堪能してみたくて、つい良いんじゃない?と返答してしまった。
家族は私が仕事をはじめた時からしつこいくらいに外国旅行に一緒に行かないかと誘ってきた。一人暮らしをはじめて新しい仕事を覚えている私にそんな余裕も体力も長期休暇を申請する勇気もなかった。それでもあまりにしつこいから盆か正月のような決められている長期休暇のときならいい、と妥協案を持ちかけた。(ここでポイント、それまでは平日に休みを取らせて旅行に同行させようとしていた。)
だが先日、その旅行計画自体に問題が生じていた。
年末旅行しない?台湾に。
最初にこう切り出されて、あれぃ?と思った。
旅行することじたいはすでに決まってなかったっけ?
そして台湾とはどこから?韓国だったよね?
そのことを告げ、計画はこちらは忙しいのでそちらで立ててほしいことを申し渡し、それでもえー?行くー?どうするー?とうるさいので行くと決めてさっさと計画たてればいいじゃない、うるさい!みたいに啖呵きって電話を切ってしまった。
私は女性特有のそういう甘ったれたどうするー?ねー?キメテーん!みたいなねちった態度は大嫌いなのだ。それを彼氏に甘えているというのならともかく、同性の間で行われることにますます嫌悪を感じる。しかも自分の親が子供の私に、というならなおさらだ。
昔から家族のこういう甘え方に異常に嫌悪を感じていたが、最近は離れて暮していることもあり、あまりそういう状態に遭遇することもなく心安い日々を送っていたがここ最近また再発した。しかし今回はこのときの私の態度もあきらかに悪いのだろう、なにせ計画して決めて、と私が言ったのだから。

2日後電話がかかってきた。
旅行センターのようなところで決めてきたらしい。
それが4泊5日の韓国観光旅行だったのだ!?
私の正月休みは7日間です。その間、5日間は拘束され、少なくとも3日間はバスであちこち観光スポットを連れまわされその間バスの乗り降り、バスの乗り降りを繰り返さなくてはならない。お盆正月の長期の、一番ゆっくりできる期間、いや連続でゆっくり体を休められる期間に、3日以上バスに揺られ乗り降りバスに揺られ乗り降りをしたいと思うか!?平日へとへとになるまで仕事をし、土日のうち土曜は夕方まで寝ている私にとっての長期休みは喉から手が出るほど欲し過ぎるものなのだ。とても貴重なのだ。
しかも仙台に帰ったら友達にも会って話をしたり飲みにも行きたいのに、7日間のうちの5日間を拘束される!?
冗談じゃないまるでわかってない!
エステに行きたいと言ったじゃないか?それ無しでいきなり自分が観光したいからって自分好みのツアーを持ってきてもう2,3人しか空きがないからすぐにでも申し込まなきゃ!!だ!?
私が渋っていると今日の夜考えて明日電話頂戴ね、と言って電話を切った。次の日の朝、出勤前に家族から電話。
今日申し込まないともうだめだから。

…え?
決めてないし、なんで朝の、出勤前の忙しい時間にかけてくるの?電話してね、と言ったのは自分じゃん、私が決めたら電話することになってたよね?

もう完全に私はイライラのパニック状態。
その日の仕事中、少し調子がおかしかった。自分で自分にメールだしちゃうし。(同僚にいまひとつ調子悪いじゃなくていまふたつぐらいは悪いよね、と言われた)プライベートがこんなにもあらわに仕事に出まくっているのが逆にとても恥ずかしかった。

そもそもなぜこんなことになったのか。
私も韓国は行ってみたいことは行ってみたい。
ただ長期で連れまわされ、そのうえ体力のない年老いた家族を面倒見ながら正月外国にいるのははっきり言って今の自分には重荷だ。
2,3日間、エステやマッサージ、韓国料理に舌鼓をうってあっという間に帰ってくるというのが理想だった。
なぜこうなった?
ひとつは料金を出してもらうということで私と家族の間に生じた、一種の主従関係が原因だろう。
金を出す=自分の好きなツアーを選んで金を出してあげて連れて行く人を自由に自分好みに拘束できる。これが“主”の特典。金を出してもらう、ゆえに言うことを聞く、旅行中世話を焼く、気を使う。これが“従”の役割。
これが私と家族の間に独特な形としてすでに形成されてしまっているのだ。だから家族は私の大変さ、事情などをまったく考えず自分中心なツアーを選んでくるし、私はもんもんと悶え悩む。
でもそもそもは私は旅行は行きたくない、行きたいなら同年代の人や近所の人を誘ってくれと最初は口をすっぱくして言っていた。でもまったく聞かず取り合わずでいつか行こうよ行こうよ、お風呂でリラックスしているときにうっかり口が滑って韓国の話をするものだったら、じゃ韓国行こうよ、といういささか巧みなやり方に乗せられてこうなってしまったのではないか?まったくうかつに気も許せない状態だ。

そして常套句がこれだ。
死ぬ前に一緒に海外旅行行きたい。
私はこれまで北海道や沖縄など家族が行きたいというツアーに一緒に参加してきたが、それだってもう絶対誘わないからこれだけね、死ぬ前に一度はね、と散々言われて仕事も有給を取ったりして参加したのだ。
私は私なりに充分やったのだ。
だけどこれをしてあげたら次はこれがしたい、と言われ、それをやると次はこれと要求はエスカレートするばかりで一向にやむ気配はない。

この家族のやむことのない要求にどこまで対応すればいいのかもうよくわからなくなってくる。かわいそうだから応じると変な主従関係に悩まされる。(それで私は沖縄に行った時も夜の外出を禁止されたのだ、自分勝手に夜に行動するな、と。…26歳だった)
金を払ってもらう手前逆らうのは心苦しい、だがその前にお願いだから一緒に行こうと哀願されたのではないか!?
しかし金を払うと私を好きなだけ連れまわし自分から離さないようにする。それが当然だと思っている節がある。
それを言ってそんなことしないから、と言われてもやはり対等ではない気がするし、そもそも私は金を払ってまで一緒には行きたくはない。
行くならひとりで自分勝手に好きなところに行くか、友達と行くよ。

…そこか……。
今の状態、金がないので金を払ってくれるということに少し惹かれたためつけこまれ、自分で払ってまで行くつもりはない自分がいる。

そこか…。

払ってもらうっとろくなことないね。

そこじゃないか…。

なんとなく金の問題じゃない気がする。

家族とは今は旅行したくないのだ。
自分はお金の余裕もないし。行きたいなら自分で自分のぶんを払うよ。

これだ…。

そこで、いつ死ぬかわからないしー(甘え有)でまた悩まされるんだな。

ようするに死んでしまったあと、なぜ連れて行ってあげなかったのかしらと後悔したくないだけじゃん。
後悔しないために、免罪符がほしいために行くか行かないかを悩んでいるんだな。
…ひとりっこは重いよ。
誰も一緒に罪を背負ってくれないからね。

つくづく一人っ子の重さを感じ、かわいがられるからいいじゃんと言われたときの理不尽さを考える。

私のつらさ、甘えられるたびに辛くなることをもちろん家族は知らない。
説明を試みたこともあるが、理解はしてもらえなかった。
家族は何を言い合ってもいいと頭から信じきっているからだ。
…出口はあるのか?

…わからないよ。








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