尼将軍:貞子 爆誕!!!?? ブログ「貞子ちゃんの連れ連れ日記」が、有料まぐプレ「資産形成・マクロ経済 de あそぼ♪」の創刊とともに、リニューアル・オープン! 2009年4月末、大不況の入口で、ついに、貞子の進化系モンスター「尼将軍:貞子」爆誕!!!! 「自分だけ貧乏?」「自分たちの世代だけが貧乏くじを引いた??」「明日は今日より貧乏になる???」と感じたとき、悔しさや怒りを覚えるのは、心理学の見地から見ても、「正当」かつ「健全」な感情です。 わたし達や私たちの子供達は、将来も物心ともに豊かに暮らし続けたいと願う「正当な権利」を持っています。 このブログは、15歳の我が娘が大人になる10年20年後の日本経済を見据えて書き綴る日記です。 「持続可能な豊かさを維持してゆくことへの希望」を決して捨てません。 中長期的視野に立った金融・経済・福祉・心理学中心の「戦う母親ライター日記」です。

2009/9/4

ゴールド商法に騙されないための「通貨の歴史」(サンプル誌を新しくしました♪)  

この「サンプル」は、貞子こと藤井まり子が、7月14日号で「通貨の歴史」として記した貞子メルマガ「マクロ経済・資産形成 De あそぼ♪」を、より分かりやすいように、ちょっとだけ手直しして、一部抜粋したものです。

サブプライム危機に端を発した世界同時金融収縮の「混迷の時代」に、個人投資家の不安心理を巧みに利用して、どさくさにまぎれて、個人投資家に金(ゴールド)をはじめとする怪しい金融商品をたくさん売り歩く悪徳商法や、悪徳商法まがいの業者(専門家)が後を絶ちません。

そもそも、あなたが業者ならば、「将来値上がる!」と分かっているものを、見も知らない個人に簡単に売ったりしますか?
「将来値上がりする!」と分かっていたら、特に金(ゴールド)の場合は、売り惜しんで在庫として保有しませんか?

今回の「サンプル」は、まずはそのゴールドについてです。

専門家に言わせれば、金(ゴールド)保有は、「働かない美人の奥さん」にも似ています。
いわゆる「ゴールド保有とは、一種の自己満足、幻想」です。
ゴールドそのものは、保有しているだけでは、価値を一切生み出しません。金利も付かなければ配当もないのがゴールドです。

そしていまや、ゴールドは、歴史的な最高値圏である「バブルの域」(1オンス9,000ドルから1オンス1,000ドルの間の歴史的最高値圏)に突入しています。
明日のことは神のみぞ知ることですが、今、慌ててゴールドを買うくらいなら、他にもっともっと有効かつ地道な資産の増やし方がありす。
「今は慌ててゴールドを買うことは、眉つばである」ことを読者さまに知っていたくために記したのが、7月14日号の貞子まぐプレです。

どんな資産形成においても言えることですが、特に、波乱の時代の地道な資産形成では、やはり、「慌てず焦らず」「決してせっかちにならないで」「ゆったりとした気持ちで」「基本を守りながら」「煩悩の少ない時に」「おもいきり安値でがめつく買って、そこそこの高値で売り抜ける」こと、これを長い人生において幾度か繰り返しさえすれば、あなたの資産は確実に増えます。


こうように、「決して悪徳業者もどきに騙されることなく、ビジネスマンとして、あるいは人間として成長してゆきながら、マクロ金融の知識知識を遊ぶように楽しく勉強しながら、地道かつ堅実な資産形成についての上級知識を、読者さまに身に付けていただくこと」が、この貞子まぐプレの目的です。

では、まずは、この「サンプル」で、「人類500年の通貨の歴史」についての基礎知識を十二分にお楽しみいただきながら、ゴールドについての基礎知識も、身に付けてください。

この貞子まぐプレ7月14日号の一部抜粋を読んだ後も、あなたはゴールド崇拝者でいられるでしょうか?

ちなみに、この7月14日号の結論とも言うべき「第8章:向こう半年以内に起こり得る、為替市場の人為的な変動リスク」は、こちらの「サンプル」では、紹介しません。
(^^;
この号の結論を知りたい方は、バックナンバーを購読してください。
よろしくお願いします。m( )m
【注意!】第八章の結論を割愛しても、それでもかなりの長文です。手の空いた時間にお読みください♪)

(以下、一部7月14日号の一部抜粋引用 始まり。)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
  
題名    通貨の歴史

 〜世界の覇権国家は、ここ500年間で、
いかようにして変遷してきたのか?〜

(古きを訪ねて、21世紀の日本の「正しい進路」を知る)

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【目次】
1、 金本位制度と管理通貨制度

2、 「金本位制」とは、どのような制度だったのでしょうか?

3、 経済のグローバル化がそれなりに急速に進んでいた
20世紀初頭、
束の間の「基軸通貨がポンドの金本位制度」が確立される。

4、デフレとマネーサプライとインフレの間(はざま)で

5、意外と浅くて短い「世界基準としての金本位制」の歴史
〜「ポンドを基軸通貨とする金本位制度」から、
「ドルを基軸通貨とする管理通貨制度」へ

6、 5年10年後の世界基準となる通貨制度はどのようなものか???

7、500年ぶりに起きている覇権国家の移動
〜スペイン→イギリス・アメリカ→多極化時代のIMF・SDR〜

8、 向こう半年以内に起きる得る
ドル円の為替相場の人為的な変動リスク!!!
〜日本財務省の大規模な円売りドル買いは、いつ始まるのか?
  個人投資家にとっての「要注意日」の発表です!〜
(なお、この第8章は、バックナンバーにて有料購読になります。)


_____________________________

1、 金本位制度と管理通貨制
_____________________________

いままで貞子まぐプレで解説して来ましたように、管理通貨制のもとでは、紙幣は「実態じゃない資産」クラスでしたね!!!

たとえば、日本円の1万円札の「福沢諭吉さん」や、アメリカの100ドル札の「ベンジャミンフランクリンさん」などなどの紙幣は、実はよく考えたら、いわゆる「まぼろしの資産」なのです。
けれども、各国の中央銀行の絶大なる信用力と権威の元で、これらの紙幣の価値は、維持されているということになっているのです。

日本の場合は、たいていの人は、あるいは、1万円は1万円の価値があると考えるから、一万円は一万円の価値を維持できるのです。
福沢さんの顔写真入りの紙や多少は金利の付く日本国債は、絶大な信用力があると思われていますし、国内ではたいていの人がそのように信じているので、絶大な信用があるのです。
「福沢諭吉さん」は、それが偽造されたものでない限りは、日本国内では、たいていの物(財)やサービスは買えます。
日本国債なら、それを保有している人は、たいていの金融機関から、緊急時には、その国債を担保にして、お金を借りられます。

ですから、たいていの日本人ならば、福沢諭吉さん紙幣は、大好きですよね!?

同じようなことは、日本国債でも言えます。
たいていの金融機関(プロ)なら、日本国債が大好きです。

ちなみに、「管理通貨制」は、「金本位制」とは、かなり別物です。
「管理通貨制」は、1971年のニクソンショック後に生まれた「歴史の浅い制度」です。
そして、「金本位制度」は、かつて20世紀初頭から1971年までのおおよそ50年間に維持されていた通貨制度で、こちらもまた「歴史の浅い」制度です。

_____________________________

2、 「金本位制」とは、どのような制度だったのでしょうか?
_____________________________

では、かつての「金本位制」とは、どのような制度だったのでしょうか?

「金本位制」とは、各国の中央銀行の信用力が今ほど絶大じゃなかった時代に採用されていた制度です。
プリンティング・マネー(紙幣)を管理する手法(金融政策)が、まだ未熟だった時代に、人類が採用していた制度が、「金本位制」です。

中央銀行の権威がまだ確立されていなかった20世紀初頭の時代に、その発行紙幣の価値を維持することを目的に、「各国の中央銀行が、発行紙幣と金との交換率(専門用語で兌換率と呼びます)をしっかりと決定して、その発行紙幣の価値の信用を維持するシステム・手段」が、「金本位制」だったのです。

まだまだ各国の中央銀行の信用力が絶大じゃなかった20世紀初頭では、世界基準として採用された通貨制度は、「金本位制」だったのです。

けれども、当時(20世紀初頭)は、今のような「基軸通貨がドルの管理通貨制度」ではなく、「基軸通貨がポンドの金本位制度」でした。



3、経済のグローバル化がそれなりに急速に進んでいた
20世紀初頭、
「基軸通貨がポンドの金本位制度」が、束の間の間確立される。
_____________________________

20世紀初頭に「世界基準」として採用された通貨制度は、なぜ、「基軸通貨がポンドの金本位制度」だったのでしょうか?

話は実は簡単なのです。

当時の世界経済の覇権は、まだイギリスが握っていたのです。
そして、当時の世界の覇権国家:イギリスの発行紙幣がポンドだったからです。
(ですから、その名残(なごり)として未だに残っているのが、ゴールド市場の取引のときに使われる重さの単位:オンスです。1オンス=1/16ポンド。1ポンド≒4534グラムですね!)

さらに、もうちょっと踏み込みますと、
実は、もうちょっと踏み込んでも、話は実に単純なのです。

20世紀初頭(およそ2010年代)までは、ヨーロッパのほとんどの国々が金本位制だったから、20世紀初頭に採用された「世界基準としての通貨制度」では、「金本位制」が採用されたのです。

20世紀初頭当時は、インドや中国や日本では、銀本位制でした。
アメリカは後で詳しく説明しますが、バイメタリック制度というものを採用していました。

そして、以下のことは、一番注目すべきことなのですが、
       ↓
当時20世紀初頭も、電話などの新しい通信技術や、鉄道・大型船舶をはじめとする海運などなどの新しい交通手段が、急速に発達して、当時は当時なりに、経済のグローバル化・情報化が急速に進行していたのです、

20世紀初頭も、世界の交易(貿易)が当時なりに急速に盛んになり、経済のグローバル化・情報化が急速に進んで、当時の新興国であるアメリカやインドや日本が急速に国力を付けていたのでした。

こういった新技術による急速なグローバル経済化が進む20世紀初頭でも、金本位制度を採用していた先進国であったヨーロッパ国内、特にイギリス国内では、今の日本国内のようにグローバル化の嵐が吹き荒れて、深刻なデフレ経済に陥り始めていたのです。

つまり、こういうことです。

20世紀初頭のイギリスをはじめとするヨーロッパ諸国では、アメリカやインドや日本などの新興国群の台頭で、新興国からの安い輸出品に押されて、先進諸国の国内経済が不況になり、その経済が縮小再生産を始めて、物価が下がり始めていたのです。
20世紀初頭では、金本位制度を採用していた先進各国では、デフレスパイラルが進行しはじめていたのです。

かたや、銀本位制度を採用していた当時のインドや日本経済の台頭には、目を見張るものがありました。

新興国アメリカは、バイメタリック制度と言って、地域によっては、金本位制度を採用する地域と、銀本位制度を採用する地域とに分かれていて、一つの国の中で二つの制度を同時並行的に採用していました。
当時のアメリカでは、同じアメリカ国内でも、綿織物輸出などの産業で栄えていた「銀本位制度を採用している西南部」のほうが、「金本位制度を採用している東部」よりも、景気がすこぶる良かったようです。

とくに、イギリスの植民地であるはずのインドでは、大変景気が良くなって、インドの王様などの中には、インドの宗主国であるイギリス国内の貴族たちよりも、ずっと豊かな暮らしができる人々が続出し始めていたのです。

このことは、今現在、グローバリズムの嵐を順風として栄えている21世紀初頭の中国やインドなどの新興国の国々の中でも、アメリカ国内の超富裕層と同じくらいに豊かな暮らしができる新富裕層が、続々と出現し始めているのと、ちょっと似ていますね!

20世紀初頭に、「これではいけない!間違っている!」として、登場したのが、あのイギリスの経済学者のケインズでした。
なぜ「これではいけない!」とケインズが痛感したのかは、21世紀を生きるアジアの私たちにとっては、とてもとても興味深い点です!!!
経済史、あるいは経済政策史の上では、「覇権国家の経済にとっては、間違っている!正しくない!」ということは、「新興国が豊かになっているのに、覇権国家の経済に貧しくなっている!!!」ということなのです。
ケインズの時代においても、「成り上がりのアメリカや日本やインドにとっては、正しいこと、都合がよいこと」でも、「覇権国家であるイギリスにとっては、正しくないこと、間違っていること」だったのです。

これって確かに「フェア」ではありません。

けれども、こういった不公平・不条理の現実は、経済史、経済政策史の現実そのものなのです。経済史とは、本来そういった不条理かつアンフェアなものなのです。

その時代その時代における「覇権国家にとって都合のよいこと」が「世界基準でも正しいこと」とみなされ、「世界基準として『正しいこと』として採用される」のが、経済史というものなのです。

ケインズは、「ポンドと金と銀との交換比率の国際基準(グローバル基準)」を人為的にイギリスに有利になるように設定・固定して、「ポンドを基軸通貨とする金本位制度」を唱えて、イギリス経済の再浮上の実験を断行します。
そして、この「ボンドを基軸通貨とする金本位制度」は、欧米をはじめとする先進各国や新興国にも、意外と素直に受け入れられ、当時の世界基準となりました。

けれども、なぜ、当時の日本やインドや(あるいは一部の地域のアメリカ)は、この金本位制度に反対しなかったのでしょうか?
実は、こちらの答えも単純明快です。
当時のアメリカや日本やインドでは、金融・経済・通商の知識が、イギリスに比べるとアマチュア並みに、まだまだ浅かったからです。(^^

いわゆる「情報の非対称性」(=プロよりアマチュアのほうが断然に知識情報量では優れている)を巧みに利用して、当時のイギリスは、当時の新興国群を丸めこんでしまったのです。もっと悪い言葉を使えば、「騙した!!!」のです。
当時の新興国群は、通商・金融の実践技術に疎かったために、なんとなく「イギリスの言うことを聞き入れてしまった」「あれよあれよという間に丸めこまれてしまった」のでした。

ちなみに、20世紀初頭のアメリカ国内の銀本位制度を採用していた西南部(綿織物工業などで栄えていました!)では、金本位制の採用では、激しい抵抗運動がありました。

この「激しい抵抗運動」を象徴とする有名な童話があります。
「オズの魔法使い」です。

「オズの魔法使い」の「オズ」とは、金(ゴールド)の重さをはかる単位の「オンス」のことを指しています。
「オズの魔法使い」の童話の中に出てくる「東の国エメラルド」はアメリカの首都ワシントンのことです。
「オズの魔法使い」の童話の中で、ドロシーが巻き込まれる「トルネード(竜巻)」は、この「激しい抵抗運動の嵐」を象徴しているのか、「金本位制度」そのものの象徴しているのか・・・・?
当時のアメリカでは、「金本位制を唱えるワシントン」と、「今まで通り銀本位制度の下で、安価な綿繊維産業を海外へ輸出し続けたいとする西南部の人々」との間で、激しい対立が起こりました。

かように、その当時の「アメリカ国内の通貨制度における激しい対立」を、シンボリックな物語に仕立て上げたのが、童話「オズの魔法使い」なのです。

けれども、この20世紀初頭にやっとこさ確立された「ポンドを基軸通貨とする金本位制度」という世界基準も、あまり長続きはしませんでした。

ヨーロッパ諸国の国々は、金本位制度を国際基準として採用しても、デフレ経済からは抜けきれず、第一次世界大戦が始まってしまいました。
マネーサプライや金融制度だけをいじっても、深刻なデフレ経済は治癒(ちゆ)出来ないのでした。産業構造そのものを構造改革しないかぎり、成熟し過ぎた先進国(当時のヨーロッパやイギリス)のデフレ経済は、持続可能性を取り戻せなかったのです。

第一次世界大戦中とその直後は、先進各国の経済は、戦争特需で一瞬景気は良くなっていたのですが、その戦争特需(公共事業の最終兵器)は長続きしませんでした。
それどころか、この特需は、終わったときには、爪痕(つめあと)のほうが大きかったのです。

そして、1929年に世界同時金融恐慌が起きます。

この1929年の大恐慌の後、各国は大恐慌対策として、この「ポンドを基軸通貨とした金本位制度」から、競うようにどんどん離脱してゆきます。いわゆる「金解禁」です。
金本位制度から次々と離脱しいったならば、その国では、大規模なインフレ対策を大胆に実施できるようになりました。
金本位制から離脱した後、各国の中央銀行は、自らが保有している金の保有量を全く気にすることなく、各国の中央銀行はプりンティングマネー(紙幣)を自由に刷りまくり、各国の財務省は自由に国債を発行できるようになりました。

「イギリス・ポンドを基軸通貨とする世界基準としての金本位制度」は、かようにして、デフレ対策としての効力を発揮しないまま、あっけなく、わずか20年足らずの歴史で、幕を閉じます。


_____________________________

4、デフレとマネーサプライとインフレの間(はざま)で
_____________________________

経済活動が沈滞していても、デフレ対策としてマネーサプライを異常なまでに急激に増やすと、インフレ(物価が上昇すること)が起きます。

しかも、1930年代は、まだまだ21世紀の今現在と比べると、
各国の経済の体力そのものもさることながら、各国の中央銀行の金融政策の実践技術そのものが、未熟でした!

第二次世界大戦が勃発する前のドイツでは、超ハイパーインフレーションが起きてしまったことは、大変有名な話ですね!!!
ヒットラードイツ時代の超ハイパーインフレほどでないにしろ、ヨーロッパでは、程度の差こそあれ、大ない小なり、かなりのハイパーインフレが巻き起きてしまいます。失業者が街にあふれ、普通の人々の暮らしがとても苦しくなりました。

そして、世界は、ヨーロッパを主戦場にした二度目の第二次世界大戦へと突入してゆきます。

こういった「デフレ恐怖、インフレ期待から巻き起こしてしまった二度の大戦経験」といった歴史的にも大変「苦い経験」があるからこそ、今持って、ドイツをはじめとするヨーロッパ諸国では、インフレへの警戒心が大変根強く残っているのです。

21世紀の今現在のインフレターゲット理論などの金融実践技術から見ると、今のEUは、「異常なまでにインフレへの警戒心が強い、強すぎる」ともいえます。
EUでは、第一次世界大戦から第二次世界大戦終了までに経験した「苦い経験」が、未だに金融政策における「ヨーロッパのトラウマ」として根強く残っているのです。

こういった「歴史的背景」があるからこそ、今のEUでは、日本やアメリカに比べると、「財政の規律を守り過ぎる」傾向が、未だに、根強く残っています。

EUやイギリスでは、常時日本より2倍近くの失業率があるのですが、EUでは、日本ほど、失業率、特に若年層の失業率が問題になることが、まずありません。
彼らが一番嫌うのは、まずは「インフレ」なのです。
そして、21世紀の現在、アメリカや日本よりも深刻な大不況にあえいでいるのが、実は、20世紀のトラウマから抜けきれずに、「いまだに財政の規律を守り過ぎている、重んじ過ぎる」EU諸国なのです。

ちなみに、EUやイギリスはヒエラルキー社会(身分制度の強い社会)です。ヒエラルキーの高い社会とは、新規参入する企業や後から生まれた若年層にとっては、夢も希望も刺激もない、大変辛い退屈な社会です。

いや、日本にも「財政の規律を守り過ぎる、重んじ過ぎる」傾向が未だに残っています。
第二次世界大戦戦後のハイパーインフレを経験した日本国内の重鎮たちにとっては、当時の苦い経験が、いまだに尾を引いているようです。
たとえ、今の日本国内の経済力や金融実践技術が、昭和10年代・20年代よりも、はるかにはるかに優れたものになっていても、そして21世紀こそは先進各国が押し並べて「今まで経験したことのないような本格的な深刻なデフレスパイラル」へと落ちてゆきそうになっているのに、
今の日本国内では、未だに「財政の規律を重んじ過ぎる人々」「まずは増税ありきの財政タカ派たち」が、大手を振って歩いているのです。

彼ら日本の重鎮たちは、日本国内の若年層の失業率の上昇などは、どうでもよいのでしょう。財政の規律さえ重んじていたら、自分たちだけは「逃げ切れる」のですから。

今の日銀総裁である白川氏をはじめ、最新のインフレターゲット理論を実験してみようとさえしない日本国内の財政タカ派の重鎮たちの罪は、限りなく重いのです。
これは大変由々しき事態なのです。

なお、「インフレターゲット理論とはなにか?」を誰にでも分かりやすく解説した最近のブログ記事は、貞子ブログでは、こちらです。
     ↓
「超膨大なバラマキはもはやバラマキではない!大津波は大型トルネード(竜巻)で迎え撃つ! 」
http://angel.ap.teacup.com/newsadakoblog/1399.html

一見では、荒唐無稽(こうとうむけい)のような理屈のように見える解説にはなっておりますが、インフレターゲット理論は、ちゃんとした新しい金融の学問分野です。
インフレターゲット理論に基づくリフレ理論は、誰にでもわかるように、分かりやすく説明すると、一見荒唐無稽な表現になります。が、ちゃんとした「まともや学問分野」です。
「荒唐無稽な表現」は、なにとぞご容赦ください。


_____________________________

5、意外と浅くて短い「世界基準としての金本位制」の歴史
〜「ポンドを基軸通貨とする金本位制度」から、
「ドルを基軸通貨とする管理通貨制度」へ〜
_____________________________

さて、二つの大戦の主戦場になったヨーロッパでは、経済は急速に斜陽に向かってゆきます。

第二次世界大戦が終了したときは、イギリス・ポンドはもう基軸通貨としての地位を保有する実力も気概も喪失していました。
わずか20年足らずの歴史で、あっけなく「ポンドを基軸通貨とする金本位制度」は、幕を下ろします。

そこで登場したのが「ドルを基軸通貨とする金本位制度」という世界基準です。

けれども、今のような「ドルを基軸通貨とする金本位制度」も、長続きしませんでした。

とくに、アメリカがベトナム戦争へと突入していった1960年代から、アメリカの国力は、急速に衰えてゆきます。
もちろん、この場合も、アメリカの経済力が衰えてきたので、アメリカはベトナム戦争という「公共投資の最終兵器」を始めたのですが、ベトナム戦争はアメリカの経済力をますます弱める結果となりました。

そして、ベトナム戦争が終わったのは1970年代半ば。

いく度も繰り返しますが、戦争と言うものは恐ろしいものなのです。

第一次世界大戦や第二次世界大戦が原因で、イギリスをはじめとするヨーロッパ諸国の国力・経済力が弱まったというよりも、イギリスをはじめとするヨーロッパ諸国の経済がデフレに陥って国力・経済力が弱まったからこそ、無理にインフレを起こして、その出口が見つからなかったために、大きな二つの大戦が起きたと考えるのが、経済学的には「極めて妥当」なのです。
なぜなら、戦争とは、「究極の公共事業」「公共投資の最終兵器」だからです。

「究極の公共投資」である「戦争」とは、たいていは国家と癒着した資源エネルギー産業や、重工業・軍需産業・武器商人だけが、にわか景気をエンジョイできて、ぼろ儲けできるシステム(からくり)なのです。
貧乏がほとほと嫌になった庶民だけが命を差し出してみても、戦争が終わってみれば、庶民は命を失うどことか、戦争前より戦争後のほうが、庶民の生活だけが、ますます貧乏になっているというシステム(からくり)が、戦争そのものなのです。

こういった「からくり」は、21世紀においても、日本も含めて経済が成熟し過ぎた先進各国では、必要のない道路を造ったり、必要のないダム建設などの「公共投資」「箱もの行政」などで、指摘できます。
戦争は、庶民の富と命を奪いますが、戦争以外の公共投資や箱もの行政は、庶民の命までは奪いません。けれども、経済が成熟し過ぎた社会では、必要のない公共投資は、庶民の富は確実に奪ってゆきます。
戦争と公共投資との違いは、それだけなのです。

さて、アメリカ経済の「黄金の50年代」(いわゆる「ゴールデンフィフティーズ」と呼ばれている時代ですね!)が終わると、日本や台湾などの新興国の追い上げにあって、アメリカの経済力は急速に弱まってゆきます。
そして、アメリカは、「公共投資としての最終兵器」ベトナム戦争へと突入してゆきます。

ベトナム戦争時代、アメリカ国内では、多くの国債を発行して戦費を賄う(まかなう)必要に迫られます。
ベトナム戦争によって、「ドルを基軸通貨とする金本位制度」そのものが、アメリカの自由放漫な国債発行の邪魔をしてしまいます。
「ドルを基軸通貨とする金本位制度」の下では、アメリカ財務省は自由に国債を発行したり、アメリカFRBが自由にドル紙幣を印刷することができなくなったのでした。

しかも、アメリカ国内でも、金本位制のもとでは、日本や台湾をはじめとする新興国群の追い上げにあっていました。ドルを基軸通貨にした金本位制のもとで、これらの新興国からの安価な輸出品がアメリカ国内に大量に輸入されて、アメリカ国内では深刻なデフレ経済が進行し始めていたのです。

アメリカ国内でもデフレ経済が進行し始めたからこそ、アメリカは、インフレ対策としての国債増発とベトナム戦争とそれによる戦費調達がしたくなります。
当時の基軸通貨であるドルこそが、「金本位制からの離脱」が是非とも必要になってしまったのです。

そこで、1971年に起きたのが、「ニクソンショック」でした。
当時のアメリカ大統領であったニクソンが、他の先進各国と何の事前協議もないまま、ある日突然、「ドル紙幣およびドル国債とゴールド(金)との兌換」を、一方的に「兌換停止宣言」をしてしまったのです。

かように「ドルを基軸通貨とする金本位制度」の歴史も、わずか25年前後と、あっけないほど大変短かったのです。

世界基準としての金本位制の歴史は、ポンドも含めてもわずか50年程度の歴史、ドルだけですとわずか25年程度の短い歴史で、その幕を下ろすことになりしました。

「金本位制度」は、波瀾万丈の役割しか果たせないまま、
1971年のアメリカ・ニクソンの「ドルショック」を境に、先進各国は、「変動為替相場制のもとでの管理通貨制度」へと移ってゆくのでした。
当時の先進各国は、デフレスパイラルよりも、インフレを選び取ったのです。

ちなみに、1970年代では、アラブをはじめとする中東各地でも資源ナショナリズムが台頭して、二つのオイルショックも起きてしまったのでした。資源ナショナリズムとは、今でいうところの「経済のフラット化運動」「経済分野での民主化運動の走り」です。

そもそも、変動相場制による管理通貨制度は、うまくコントロールしなければ、インフレ要因になります。

こう言った時期に、運悪く、二度に及ぶオイルショック(資源ナショナリズム)までも起きてしまったのです。
1970年代は、日本・欧米の先進各国の経済にとっては、まさしく「泣きっ面に蜂」の時代でした。

1970年代の中東・中南米・アフリカをはじめとする資源ナショナリズムとは、これといった産業を持たないけれども、地下資源だけには恵まれた国々による、旧宋主国への「われわれは、もう、そう簡単には安く資源エネルギーを先進工業国には輸出しないぞ!!!」「わたしたちも、なんとかお金をゲットして、日本のような産業の豊かな新興国になりたいんだぞ!!!」といった「抵抗運動」でした。

1970年代の先進各国は、「ケインズ政策という名の亡霊の重視」と「管理通貨制度への移行の過渡期」と「二度に及ぶオイルショック」の三重苦が重なって、大変なスタグフレーション(経済成長が伸び悩む中での高インフレ、給与所得が減っているのに、物価だけが上がる状態)に苦しむことになります。

1970年代の日本では、田中角栄が「日本列島改造計画」という名の「大規模ケインズ政策」を実行に移し、これに二度に及ぶオイルショックが追い打ちをかけて、日本国内でも狂乱物価が巻き起きたことは、比較的年配の人々にとっては、鮮明な記憶となって残っていることでしょう。
こういった1970年代のスタグフレーション時代に、日本は戦後初めて大量の赤字国債を発行し、今でいうところの特別会計を使って、重油・軽油・ガソリンや電気代・自動車などなどの生活必需品に対して、見えない消費税(内税)をガンガンとかけてゆきます。いわゆる増税です。

こういった「混迷の時代」においても、先進各国は、ドルが基軸通貨として覇権を握り続けながらも、「金本位制(固定為替相場制)のもとでの管理通貨制度」から「変動為替相場制のもとでの管理通貨制度」への移行を、なんとか成功させたのでした。

では、1970年代から1980年代前半にかけては、なぜ、このようなダイナミックな「金本位制度から管理通貨制度への移行」通が、大規模戦争なしで、可能だったのでしょうか??? 
1970年代から1980年代にかけては、大規模な戦争を起こすことなく、このような通貨制度の移行が可能だったのでしょうか?


20世紀初頭に比べると、この移行(1970年代から1980年代半ば)の時代では、

1、1970年代は、アメリカ以外の先進各国の経済力(特に    日本)がそこそこ豊かになってきていたこと。
2、アメリカやイギリスや日本では、規制緩和などの経済の構造改革を推し進めていたこと。
3、アメリカが戦争を起こそうとしないで、それどころか、アメリカがベトナム戦争を終了させたこと。
4、 各国の中央銀行そのものの権威も確立していたこと、
5、 苦しい苦しい70年代の経験を通じて、各国の中央銀行は、マネーサプライの調整や物価調整などの金融政策の実践技術・知識を、急速に蓄積・発達させたこと、
などなどが、理由として挙げられるでしょう。

これらが背景となって、世界経済は、こういった「大規模戦争なくして新しい通貨制度へと移行すること」を、人類史上初めて成功できたのでした。

かように、今現在の「ドルを基軸通貨とする変動相場制のもとでの管理通貨制度の歴史」も、比較的短く、まだ40数年程度の歴史しかありません。

けれども、繰り返しになりますが、その前の金本位制度の歴史も、大変短かったのです。
金本位制の歴史も、意外と50年程度の短命でした。

金本位制度は、波瀾万丈の役割しか果たせなかった結果、1971年のアメリカ・ニクソン大統領時代の「ドルショック」で終わりを告げているのです。
1971年のニクソンショック以降は、先進各国は「変動相場制のもとでの管理通貨制度」へと移ったのです。
1997年のアジア通貨危機を境に、東南アジアの国々も、この「変動相場制のもとでの管理通貨制度」へと、大変な苦しみを味わいながらも、遅ればせながら、移行してゆきます。
(ちなみに、21世紀になっても、中国はまだ「変動相場制のもとでの管理通貨制度」へと移行していません。)

繰り返しになりますが、「イギリスポンド・アメリカドルを基軸通貨とする金本位制による管理通貨制度」は、わずか50年ばかりの短命で終わりました。
今現在の「ドルを基軸通貨とする変動相場制のもとでの管理通貨制度」の歴史も、比較的短く、まだ40年程度の歴史しか無いのです。


_____________________________
5、 5年10年後の世界基準となる通貨制度はどのようなものか???
_____________________________

2008年秋、サブプライム危機が引き金になって世界同時不況が起きました。
では、今後、5年10年後の世界基準となる通貨制度はどのようなものに変わってゆくのでしょうか???

私個人は、IMFのSDR(IMFの特別引き出し権としてIMFが発行する債券、世界混合通貨で合成されている)などが、次の管理通貨制度のものでの基軸通貨になるような気がします。
そして、基軸通貨としてのSDRが実現するならば、そのSDRは、プリンティング・マネーではなく、電子マネーになるのではないでしょうか・・・。

私たちの平素の暮らしの中では、すでに電子万マネーは、お財布ケイタイやSUICAで浸透していっています。株式も電子化されました。

IMFのSDRが次の新しい管理通貨制度の主役になる兆候は、まだまだ「萌芽(ほうが)」程度しか見えてはいませんが、意外と5年、あるいは10年後には、ドルに代わって、今度はSDRが、世界の基軸通貨になってゆくのではないでしょうか。

人類の「寛容な英知」が、EUや日本国内の「財政タカ派」たちを説得して、
先進各国の中央銀行が協調してインフレターゲット理論を採用し、「SDRを基軸通貨とする管理通貨制度」への移行に成功したならば、 
     ↓
21世紀とて、先進各国の世界はそこそこの繁栄を享受し続けられるかもしれません。

かたや、今回のアメリカ発世界同時不況を境に、一歩間違えると、世界は保護主義貿易(ブロック経済)へと先祖がえりしてしまう危険も厳然とはらんでいます。
ブロック経済とは、EU(ユーロ圏)と、南北のアメリカ大陸(カナダ、アメリカ、中南米のアメロ圏)と、東アジア(日本を含む東南アジアと中国・インド、この地域での共通通貨は、円???元???)などなどの「ブロック経済化」へと突き進む危険も、まだまだ高いです。

「ブロック経済化」とは、世界の交易が縮小して、世界経済が深刻なデフレスパイラルへと落ちてゆく危険性をもはらんでいます。
そして、もちろん、「保護主義的なブロック経済」では、世界経済がデフレスパイラルへと落ちてく危険性が高くなり、第三次世界大戦が勃発する危険性が急速に高まってゆきます。


_____________________________

6、500年ぶりに起きている覇権国家の移動
〜スペイン→イギリス・アメリカ→多極化時代のIMF・SDR〜

_____________________________

もう一度記しますが、金本位制以前では、人類は、国によって、ばらばらの通貨制度を使っていましたね!!!
金本位制度の国(イギリス)もあれば、銀本位制度の国(日本やインドや中国)もありましたし、その両方を採用していたバイメタリック制度の国(アメリカ)もあり、まちまちでした。

19世紀末までは、世界経済はそれほどグローバル化が進んでおらず、通貨制度の国際基準そのものが、まだ不必要だったのです。
新興国群の台頭で先進国諸国の経済がデフレ圧力にさらされるような出来事(=経済のグローバル化)は、経済史では、400年間ほど起きていなかったのです。

19世紀末までのヨーロッパの人々にとっては、デフレ経済などというものは、なんと500年ぶりの経験だったのです。
当時のイギリスやヨーロッパ諸国が戸惑うのも無理はなかったのです。
こういった「混迷の時代」に、斜陽国家イギリスにとっては大変都合のよい天才経済学者:ケインズが誕生するわけです。
当時のケインズも「人類が400年ぶりに直面したデフレ」というものに、大変戸惑っていたことでしょう。

それ以前では、どうだったのか?
中世16世紀にまでさかのぼらないと、覇権国家が大量の国債発行の下で大規模不景気(デフレスパイラル)に苦しむなどということは、起きなかったのです。

では、今から500年前の16世紀の経済史では何が起きていたのでしょうか?

つまり、ざっくり記せば、こういうことです。

今から500年前の16世紀には、世界の覇権は、スペインからイギリスへと移動していたのです。
  ↓
16世紀に(1500年から1600年の100年間をかけて)、世界の覇権は、スペインからイギリスへと徐々に移行してゆきました。
覇権がスペインからイギリスへ移行した「この100年間」は、大航海時代の幕開けでもありました。
この時代は、羅針盤や活版印刷技術が急速に発達して、世界は大航海時代・大情報化時代へと突入し、当時は当時なりに、ダイナミックな経済のグローバル化と情報化が急速に進んでいたのです。

こういったパラダイムシフトの時代に、当時の覇権国家であったスペインは、重商主義(新大陸アメリカからの略奪を中心に、ゴールド(金)だけを貯め込むこというマネーゲームにだけ熱心な経済のこと。重金主義とも呼びます)から、産業社会(毛織物を中心にして、産業を育てて、国を越えての交易を盛んにする経済)へと移行することに、完全に失敗します。

スペイン王家は、国内のあり余るほどの過剰な金(ゴールド)を、退蔵させて腐らせる一方で、そのゴールドをまっとうなリスクである産業育成に向かわせなかったのです。

かように、昔から「相場は決まっている」のです。
「過剰なものは、退蔵されて腐る(くさる)か、リスクへと向かう」と、アレキサンダー大王時代から、人類の相場は決まっていたのです。

話を元に戻しましょう。
この16世紀という時代では、通貨制度そのものの国際基準(世界スタンダード)は、まだ必要とされていなかった時代です。

そして、「イギリスがスペインから覇権を奪う過程」でも、人類は、「国債」という手法はすでに編み出していました。
当時は、ゴールドそのもの、銀そのもの、金貨そのもの、銀貨そのものが、主な通貨だったのですが、
「放漫財政のせいで金貨や銀貨の通貨が足りなくなった王家が、国債を発行する手法」は、すでに編み出されていたのです。

さらに、話がちょっとわきにそれますが、この大航海時代の16世紀末の人類は、国債以外では、交易に必要な「株式」とか「手形」などの、さまざまな「証券」の「手法」を、すでに一部編み出していました。
16世紀は「信用創造」の黎明期だったようです。
イギリスがインドに東インド株式会社を設立して、人類史上初めて、リスク分散としての「株式」という手法を編み出したことは、スペインが完全に世界の覇権国家から滑り落ちた1600年だったというのも、「重金主義から産業主義へ」と移行していた16世紀を、とてもシンボリックに象徴的している出来事なのです。

話を16世紀のスペインに戻しましょう。
16世紀の大航海時代にあっても、キリスト教の布教といった「美名の仮面」をかぶって、アメリカ新大陸などで略第行為を繰り返していたスペイン。金(ゴールド)だけを貯め込むといった「マネーゲーム」だけに勤しんで(いそしんで)いたスペイン王家は、16世紀後半から、覇権国家の地位から急速に滑り落ちてゆきます。

「貯め込む」ことは、一般には美徳と思われがちです。
が、「貯め込むこと」「退蔵」も、これまた「マネーゲームの一種」なのです。

16世紀のスペイン王家は、ゴールドだけは大量に貯め込んでいましたが、国内の産業(この頃は製造業)そのものを全く育成しなかったのです。

ですから、スペイン国内では、商品そのものの絶対量がどんどんどんどん減ってゆきます。
スペイン国内の製造品(商品)そのものの絶対量が減っているので、スペイン王家およびスペイン経済は国外からの高い輸入品に頼らないと、豊かな生活を維持できなくなります。
スペイン王家からは、せっかく貯め込んだゴールド(金)が、急速に海外へと流出してゆきます。
さらに、スペイン王家は、ゴールド(金)だけを貯め込むというマネーゲームだけに勤しんで(いそしんで)いたので、最後のほうは大量の国債を発行して、国外からの輸入品で生活を維持するのみならず、覇権国家の地位を維持するための様々な戦費さえも、大量の国債発行で賄うようになります。

ところで、16世紀のスペインって、どこかしら、今のアメリカと似ていませんか?
いや、16世紀のスペインって、20世紀初頭のイギリスにも似ていますよね!

このスペイン王家の覇権に最後のトドメを刺したのが、毛織物産業を中心にして徐々に国力を付けてきていたイギリスとの開戦でした。
1588年、スペイン王家が長年誇っていた無敵艦隊は、イギリス艦隊に完全に惨敗します。

ちなみに、私たち日本人こそは、「当時のスペイン王家が超大量に発行した膨大なスペイン国債を、当時の中世イタリアが大量に買い支えてしまっていた」ことは、肝に銘じておきましょう。
16世紀の中世イタリアも、スペイン王家の急速な没落とともに、スペイン王家の道連れになって、急速に衰退して、経済史の表舞台から完全に姿を消してゆくことになります。

中世スペイン王家と共に栄えたイタリア。
中世ルネッサンスの中心舞台となった素晴らしきイタリア。
芸術文化学問の中心になっていたさ中世イタリア・・・。
「16世紀の中世の終わりに大いに栄えたイタリアが、覇権国家スペインの没落とともに、急速に衰退してゆく様」は、今の私の目には、「今現在の覇権国家アメリカの没落とともに、急速に衰退してゆこうとしているかのように見える今現在の日本経済の姿」と、どうしても、二重写しに見えてしまいます・・・。

日本経済が21世紀になっても少しでも良いから「豊かさ」を維持したいのであれば、日本は、もうこれ以上は、アメリカ・ドル国債だけを買い支え続けてはいけないのです。

今後大量に発行されるアメリカ国債を買い支えるのは、アメリカ国内の超富裕層や巨大金融機関だけでも十分可能なのです!!!

ちなみに、今現在のアメリカ国内の個人金融資産の内訳を見ると、2008年秋の世界同時金融危機後でさえも、現金(キャッシュ)保有だけで、未だに、アメリカ国内では日本円にして3,000兆円分ものキャッシュが退蔵されているのです。

「アメリカ人が借金ばかりして貯金をしていない」といったデマゴーグを信じてはいけません。
「借金ばかりして貯金をしていない」のは、アメリカ国内でも、アッパーミドル(中産階級)か、貧困層か最貧困層だけです。

アメリカ人の超富裕層と超超富裕層は、ちゃっかり「ドルと言うキャッシュ(現金)」を大量に貯め込んで、退蔵させているのです。

アメリカでは、アメリカ国内で退蔵されているキャッシュという名の富:3,000兆円のうち、上位わずか1%の超富裕層が、この20%に当たる600兆円を保有して、アメリカ国内で退蔵させています。
さらに驚くべきことに、上位わずか0.1%の超超富裕層の人々が、この富の8%に当たるおよそ240兆円を退蔵させているのです!!!

やっぱり、アメリカ人って、どこかしら子供っぽいですね!!!

―ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

(以上、「新サンプル」のご紹介終わり)

最後に、この7月14日号の結論とも言うべき「第8章:向こう半年以内に起こり得る、為替市場の人為的な変動リスク」は、こちらの「サンプル」では、紹介しません。
(^^;
この号の結論を知りたい方は、バックナンバーを購読してください。
よろしくお願いします。m( )m


メルマガ登録・解除






6



2009/9/6  20:50

投稿者:takubo

呼んでいると、走馬灯のように世界経済歴史を、一喜一憂している自分に気が付きますね。


※投稿されたコメントは管理人の承認後反映されます。

コメントを書く


名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ