2019/5/7

ロンドンツアーMAnnually2018(後半)  Pet Shop Boys

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クリス:僕らの2代目マネージャー、Jill Carringtonは以前Jill Wall名でここで働いていた。

ニール:彼女はParlophoneのヘッドだったけどPolydorに移って、そこも退社して、僕らのマネージメントを8年間やった。

クリス:ここにはレコーディング・スタジオもあって、Allee Willisと「What have I done to deserve this?」を書いた。

ニール:それで、この広場でよく握手したものだった。

クリス:いい広場だった。このブサイクなビルから見渡せばね。

ニール:ここは実際、ハンサムな街だ。僕がNorth London Polytechnicで歴史を勉強していた時、歴史学科のヘッドがManchester Squareの家に住んでいた。

クリス:いくら貰っていたんだ?

ニール:いつもここに来ていたな。Jillが僕らのマネージメントをし始めて、こんなことを言われた。家具の一部と思われたり、じゅうぶんにリスペクトされないと思うから、しょっちゅうレコード会社のオフィスに出入りしないとって。でも僕らはMurray Chalmerのオフィスに行ってうろうろしてたんで、Jillは自分のオフィスからParlophoneを動かしていた。僕らは別のアーティストに会った。Sigue Sigue Sputnikとか。

クリス:Belouis Someとか。

ニール:そう。Belouis Someはいつも国際部門にいた。僕はこのビルでMorrisseyと話した。でも「Smash and Nicey」(TVコメディ)のことばかりだった。 男性たちがオフィスにいて、女性たちがオフィスの外の机にいた。1985年でさえ、すごく女性蔑視に思えた。

クリス:彼らはドアにノックをしてなくて、いつも何か起こるのはそういうことだ。Beatlesとかみんなそう。

ニール:彼らがすると思ったでしょ。Parlophoneに移りたいと思った理由の一つがこれだ。

クリス:彼らはすべての落書きが欲しいわけじゃないのさ。

ニール:Beatlesの写真を撮ったのがここだというのは素晴らしい。The Beatlesのファーストアルバムの階段、のちに彼らはだいぶたってからもう一度写真を撮影した。

クリス:でも、それ以来ほかの全部をフォローしなきゃならなくなった。

ニール:EMIがHammersmithに移転して、彼らはBeatlesの階段を保管しなきゃならなかったけど、彼らがそれをやっていたかどうかは、僕は知らない。

クリス:どこかの倉庫にあるんじゃないの。

ニール:Hammersmithに移転したときは、僕らは不満を言った。音楽産業は、とてもWest End的な文化だった。ロンドン・ライフの一部だよ。

(終了)
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