2013/7/15  21:18

母の食事  プライベート

シドニーオリンピック前にピック病を発病した私の母は、当初介護度1だった。

母は私が小学生の頃に父とは離婚し、私は父と義母に育ててもらっており、ずっと一人暮らしだった。

思い起こせば、ピック病が表面化するまでに、4,5年はかかっていたろう。
あれも?これも?と思い当たるエピソードはたくさんある。
だが同居していなかっただけに、気付くのが遅れた。

母の口座のある銀行に、出金をとめてもらうのに、銀行さんになかなか理解していただけず、

「パスポートが期限切れなのに、どうやってシドニーまで出かけた?」
という私の質問に、

「大使館夫人の計らいで、船で行った。」
と、答え、すでに数百万出金し、使途不明となっていただけに、店長さんと担当の人が真っ青になっていたっけ。 

いまだにそのお金は行方不明のままである。

あれから14年近く過ぎ 今は全介助が必要な介護度5。
コミュニケーションもとれず、私のことすらわかっていなそう。

最近 むせやすくなり 食形態がすべてクリーム状となってしまった。

食形態が柔らかくなる

前より咬まなくても楽に飲み込める

噛む筋肉や飲み込みの筋肉が使われなくなり衰える

更にむせやすく 誤嚥しやすくなる

口から食べると誤嚥性肺炎を起こしやすくなる

口からは食べさせられなくなる

胃ろうか 中心静脈栄養か?の選択を迫られることになる

そんな末路を思い 心配は尽きない。

よくテレビでは 胃ろう状態から口から食べられるようになり 歩けるようになった というような奇跡的介護の大成功の特番が放映されている。

どうすればそんな奇跡が起こせる?

面会に行った時に マッサージし 筋肉を動かし 口腔ケアをするが 衰えを止めることができていない。
介護施設はどこも手一杯 スタッフはいつも忙しい。

そして認知機能がゼロの母にトレーニングを指導しても何もしてくれないし、理解もできない。
特番のようにはなかなかいかない、手のひらから砂がこぼれ落ちるような現実。

なんだか自分の力不足を思い知るようで、最近 この手の番組を見る気が失せてしまった。

今日の母の昼食の献立は、天ぷら。
見た目では想像つかないだろうが、味はしっかり天ぷらで、、、
調理師さんのご苦労がしのばれる。
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