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セミリンガルの恐怖

英国人と結婚して、今はフランスに住む私は子供達を「仏語、英語、日本語」の3ヶ国語で育てています。「羨ましい」と言う人も多いですが、私自身は「子供に惨い事を強いている」と思っています。

何故なら、私は自分自身が語学の習得には随分と苦労したので、それがどんなに大変な事であるのかは自分でもよく知っているからです。

また、この環境は下手をすると子供を「母国語を持たないセミリンガル」にしてしまう危険性が高い事をも私は十分に自覚しています。

語学は伝染病ではありませんから、本人が努力しない限り絶対に上手にはならないのであり、それは子供とてまったく同じ事です。

私が「セミリンガル」という言葉を始めて知ったのは大学の教育心理学の授業の時でした。教授によれば、「バイリンガルの子供は知力の発達が遅れる。

何故なら、人間は言葉を使って物事を考えるからで、習得言語を2つに広げると両方の言語の発達程度が低くなるので、難しい問題を考えようとする時にどちらの言語の発達も未熟となって、頭が混乱してしまう」という事でした。

そして、「人間の知能は母国語の発達に従って発達していくのだから、まずは母国語を持つ事が一番大切です。母国語の発達は知能の発達だけでなく、性格形成などにも大きく関わってくる」という事でした。

多言語ができるようになる事は確かに良い事かも知れません。しかし、それを強いる事によって母国語を持たず、人間としての中身もないセミリンガルとなってしまうくらいなら、「バイリンガルになんて、ならなくてもいい」とすら私は思っています。

それでもなお、我が家ではそうせざるを得ない環境にあるという必然性から、敢えて子供にそうさせているに過ぎません。

だから親としては子供からの信号に敏感に気づいて、子供の成長に合わせて軌道修正する努力を怠らないようにする責任があると思っています。

長男が2歳半の頃、当時は英国に住んでいたのですが、ある日私は長男が自分の意思を上手に伝えられずイライラするようになっている事に気がつきました。

これは「日本語と英語が混ざってしまい、頭の中で混乱が生じ、自分の年齢相当の語学力を持てない事による苛立ちだ」と判断した私は、その日から子供に英語だけで話しかける事にしました。

私の中では、「子供に日本語を教えるのが、ちゃんとしたお母さん」という固定観念があったので、この選択は私にとっては最高の屈辱であり、自分自身の挫折でもあり、苦しい選択でした。

でも敢えてそれを選択したのは、「今、この子にとって本当に必要な事は何なのかを考えた時、まずは年齢相当の母国語を与えてやる事であり、現在こうして英国に住んでいる以上、それは英語であるべきである」と判断したからでした。

こうして英語だけに言語を絞る事にした途端に長男の英語力はメキメキと上達し、自分の意思を表現する事ができるようになり、苛立ちも納まって行きました。

更に長男は英語が上達した事によって2つの別々の言語が存在する事をはっきりと認識したと見え、驚いた事に、それによって却って日本語力までもが上達したのでした。

語学間の距離の遠い「日本語と英語」では苦労した長男ですが、母国語が英語だったせいか、英語との語学間の距離が近い仏語の習得は極めて早かったです。

今ではちょっと見にはペラペラですし、学校の勉強にもついて行っているようなので、少しはホッとしているところですが、でも油断は禁物だとも思っています。

仏語は両親供が母国語ではないので、実際には子供がどの程度のレベルにいるのかを正しく判断するができないので、特に注意が必要です。

親が「うちの子は大丈夫」とタカをくくって子供からのサインを感じ取るアンテナをしまった日から、その子のセミリンガル人生が始まると思っています。

その時は大丈夫でも、学齢が進むにつれて変化する子供の状況を把握する必要があるものなので、親はアンテナを常に立てておかなければならないと思います。

我が家には3人の子供がいて、同じ兄弟と言えども、それぞれまったく違った性格、能力、個性を持っており、それぞれの年齢や能力、環境によって、まったく違った成長過程があります。

親のメンツよりも、その時その子供の成長にとって本当に何が必要であるのかを勇気を持って選択する事が、親としては何よりも大切な事なのだと思います。


参考資料

「バイリンガルの科学」小野博(工学医学博士)著
講談社発行、ブルーバックスB-1011

筆者は自分の工学、理学で得た理系の研究手法をもとに日本人の日本語と外国語とのバイリンガルに関して深く探る為、発達と言語にまつわる多くの分野の科学的な視点を組み合わせて分析し、数多くの海外駐在、帰国子女の結果を分析、考察して、本書をまとめました。

その結果、著者が結論として得たのは、

(1)子供の知的発達が自然に行われる為には、少なくとも小学生時代は一つの言語で教育を受ける事が望ましい。

(2)将来仕事で使えるバイリンガルになるには、中高校まで日本語で教育を受けた後、海外で必要に応じて外国語学習を実践した人の方が到達し易い。

という、私達が信じ込んで来た従来の「バイリンガルの神話」を打ち砕くものでした。

親としては、既に実証されている正しい知識を踏まえた上で、子供の教育方針を決定したいものです。この本はバイリンガルを育てている日本人家庭の「必読の書」と言えると思います。

筆:滝つぼ 2005年

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