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2021/6/7  0:51

鬼面仏心5  小説(再掲)

「ただいま」

翌日、仕事を終えたタリウスは、自室に戻りいつものように帰宅を告げた。

「おかえり…」

ややあって、掠れた声が返されるも、息子の姿は見えない。てっきりまた出窓にでも座っているのだと思った。

ここへ来た当初は、シェールが出窓へ上がることを禁じていた。だが、息子はどうにもこの場所が好きなようで、何度叱っても効果がなく、やむなくそのことを容認した経緯がある。そんな出窓は、今でも息子のお気に入りの場所である。

しかし、出窓にも息子の姿はなく、視線を落とすとベッドにふくらみがあった。

「どうかしたのか」

シェールはベッドに潜り込み、こちらに背を向けていた。

「ううん、平気」

様子がおかしいのは明らかだが、無理矢理聞き出すような事柄なのか、すぐには判断がつかない。そこでタリウスは、一旦息子から離れた。

「やっぱり僕、間違ってた」

タリウスが自分のベッドで着替えをしていると、背後から今にも泣き出しそうな声が聞こえてきた。

「うん?」

「嘘ついて自分がやったって言ったこと、やっぱり少しも良いことじゃなかった」

「何故そう思った?」

「何でって、だって、だって…」

シェールが声を詰まらせる。タリウスは着替えもそこそこに、息子の傍に腰を下ろした。毛布の上からそっと肩に触れると、息子が声を殺して泣いているのがわかった。

「本当のことがばれたみたいで、今日、相手が謝ってきたんだけど。そのとき、すっごい苦しそうで、昨日僕がやったことにしてって言われたときより、もっとずっと辛そうだった」

話しながらシェールが鼻を啜る。

「こんなことになるなら、最初から嘘なんてつかなきゃ良かったって思って、謝りたかったけど、でもそれも何か変で、結局何も言えなかった」

言うまでもなく、一番悪いのはカンニングをして、その罪を息子になすりつけた人物である。だが、その息子も自らを犠牲にして、嘘つきの片棒を担いでいる。被害者であり加害者でもある息子の中で、行き場のない罪悪感がくすぶっているのだろう。

「なあ、シェール。お前は困っている人を見ると、黙っていられないんだろう?」

コクリと毛布が揺れる。

「そのこと自体は少しも悪くないし、 むしろ良いことだと思う。だけど、その困っている人に対して、自分がしようとしていることが、本当にその人のためになるか、よく考える必要がある。今回のことで言えば、お前のせいで相手は余計に罪を重ねてしまった。そうだろう?」

「そんなふうに、僕、考えてなかった。でも、確かにそうだと思う」

シェールはハッとして、それからまたぐずぐずと啜り泣いた。

「シェール、済んでしまったことはもう仕方がない。今お前に出来ることは、きちんと反省し、同じことを繰り返さないことだ」

「そんな自信ない」

昂然と言い放つ息子に、だろうなと、思わず笑いそうになる。

「ならこう考えろ。前に虫歯をほっておいて、夜中に痛くてたまらなくなったことがあっただろう。あのとき俺は、行きたくないと駄々をこねるお前を、無理矢理歯医者へ引きずっていった。もし、あのとき、そんなにイヤなら別に行かなくて良いと言ったとしたら、どうなったと思う?」

「一晩中、大変なことになったよね、そりゃ」

「それと同じことだ。どのみち痛い思いをするなら、被害は最小限にとどめたほうが良い。それは相手のためであり、自分自身のためでもある」

「うん。わかった」

息子はしっかりと返事を返し、それから手の甲で目頭を拭った。その様子に、もう大丈夫だと思った。それ故、つい不用意な発言をしてしまったのだ。

「ところで、シェール。お前の望みとおり東方に連れていったというのに、何故今も仕事を?」

「とうさんはさ、僕が働くの嫌?」

息子は質問には答えず、代わりに小さく問うた。

「嫌というわけではないが、手放しで賛成は出来ない」

「どうして?悪いことじゃないって言ってたじゃん。まわりの人にいろいろ言われるから?」

核心に迫る質問に、一瞬ひやりとした。

「それも多少あるが、それよりもだ。お前には今しか出来ないことをして欲しい」

「今しか出来ないことって?」

「働く以外のことだ。思い切り身体を動かしたり、本を読んだり、友達と関わったり、何でも良い」

「そんなの、いつでも出来るじゃん」

「それがそうでもない。俺はお前より長く生きているから言えるが、大人になるとやるべきことに追われ、そうそう好きに出来る時間はない。お前には、今ある時間を有意義に使って欲しい」

本人は無自覚だろうが、息子に残された平和な時間はそう長くはない。

「それとも、何か理由があるなら話は別だが」

「それは…」

掠れた声で言い掛けるが、その後が続かない。

「シェール、この話はまたにしよう」

弱った息子を理詰めで黙らせることに良心が痛んだ。

「どうして?」

「もう少し元気なときに話し合おう」

「話し合う?どうせダメだって言うんでしょう?!」

シェールは勢い良く起き上がると、声を荒げた。

「そんなことはない」

「でも、嫌だって言ったじゃん」

「嫌だとは言っていない」

「言ったじゃん!!」

こうなったら何を言っても無駄である。いきり立つ息子を前に、タリウスは辟易した。一体どこにこんな元気が残っていたのだろう。

「こら、どこへ行く」

シェールは自分の横をすり抜け、壁に掛かった上着を手に取った。

「どこだって良いでしょ」

「良いわけないだろう。一人になりたいのなら、俺が出ていくから。お前はここにいろ」

これ以上ややこしいことになるのは御免だった。タリウスは戸口を塞ぐようにして、息子の前に立ちはだかった。

「いやだ」

「こんな時間に一体どこへ行くと言うんだ」

「どっかに泊まる」

「無理だ。第一、先立つものがないだろう」

「なら、今まで稼いだ分返して」

「わかった。明日にでもそれは返す」

「なんで?使ったんじゃないの?」

「いや」

「全然?全く?」

「ああ」

「どうして?!」

シェールはいよいよ我慢の限界を迎えたらしく、ただならぬ様相でこちらを睨み付けてきた。このままいけば、次は手が出る。

「黙れ!!」

そこで、やむなく怒鳴り付けると、息子の瞳に恐怖が浮かんだ。

「外の空気を吸ってくる」

シェールが怯んだ隙に、タリウスは逃げるようにして、部屋を後にした。


毎度のことながら、この二人の親子喧嘩は、疲れるけど、楽しいです。書いてる分には、ですが。

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2021/6/7  23:07

投稿者:そら

Rさま♡
予想されてた通りの展開でしたかね。毎度めんどくさい父子で申し訳ない限りです。
ええ。おっしゃるとおりだと私も思います。夏至の話、My Dear Dadですね。懐かしい。結構好きな話だったので嬉しいです。しかし、そう考えると、あのときから根本は変わってないような…

2021/6/7  22:37

投稿者:そら

2021/6/7 1:15の方
ですね。これまでタリウスは、100%全部とまではいかないまでも、8割9割自分が正しいと思ってシェールと話していたのですが、今回は探り探りなので、強いことが言えないんですよね。
どこかひき気味と言うか。
更新直後に書いていただいた、読後の一言、嬉しかったです!ありがとうございます!

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