2021/3/7 1:25
【覚醒】1 小説
夜勤明けの朝、タリウスは軽い足取りで玄関の木戸をくぐった。昨夜はこれといったトラブルもなく、お陰で朝食が済むと共にすんなり解放された。
扉を開けようとしたところで、階段の上に本が一冊、ぽつんと置き去りにされているのが目に入った。反射的にそれを拾い上げ、彼は苦笑いを漏らした。
歴史の入門書である。今年に入ってすぐ、教科書として息子に買い与えたことは、未だ記憶に新しい。
全く何のために学校へ行っているのだろう。今頃、忘れ物をしたことを教師に見咎められ、叱責されていているだろうか。それであれば良い。だが、教師にもいろんな種類がいる。
そんなことを考えながら、頁をめくると、ふいにタリウスの目が止まった。教科書の易しい文体に似つかわしくない、細かな書き込みを発見したのだ。明らかに見覚えのある筆跡である。そう思い更に頁を繰ると、書き込みは続いた。そして、栞がしてある場所まで来て、確信する。
「そっちか…」
落とし主は息子ではなかった。
さて、どうするべきか。わざわざ届けに行くのは、流石に過保護というものだろう。だいたい要領の良いユリアのことだ。商売道具のうちひとつを忘れたとて、機転を利かせ難なく乗り切るかもしれない。
そう思う一方で、栞のある頁には今日の日付と宿題まで書かれている。そうでなくとも、教師が忘れ物とはいただけない。何より、見付けてしまった以上、このまま黙殺するのは心苦しい。今日に限って、早い時間に帰って来られたのは何かの縁かもしれない。
結局、タリウスは宿屋に入ることなく、まわれ右をして妻の元へ向かった。
ユリアの話から彼女の新しい職場が女の園であることは、疑いようがなかった。軍装をしている以上、不審者でこそないだろうが、それでも場違いなことこの上ない。
どうしたものかと考えあぐね、目的地の敷地沿いに歩いていると、外周に面した花壇に、しゃがみこんで作業をしている人物が見えた。彼女はエプロン姿で、無心で雑草を抜いていた。
下働きの女性だろうか。それならば、言伝てと共に忘れ物を託すのに都合が良い。タリウスが女性に声を掛けようとしたそのとき、彼女はふいに顔を上げ、額の汗を拭った。
二人は期せずして、目が合った。女性は立ち上がり、こちらに向けて丁寧に会釈した。タリウスが黙礼を返す。
「当校に何かご用ですか?」
想像したより堂々とした、張りのある声だった。
「少々、届けものがありまして」
「保護者の方でしたか」
「いえ、その、妻がこちらでお世話に…」
「奥様?ああ、もしかしてジョージア先生の!申し遅れました。私、院長のクレメンスです」
「い、院長先生でしたか。これはまた大変な失礼を」
まさか院長がこんなところで草むしりをしていると思わなかった。タリウスは居住いを正し、改めて名乗った。
「院長が土いじりなどするべきではないと叱られるのですが、大事な花壇を人任せにするのは何だか憚られて。ごめんなさいね、こんな格好で」
「いいえ、こちらのほうこそ突然押し掛けて、申し訳ございません」
「かまいません。それで、届け物と言うのは?私がお預かりしますよ」
「それではあまりに申し訳ない」
「良いんですよ。院長の仕事なんて殆どが雑用みたいなものです」
遠慮は無用です、と院長は笑った。
「それはそうと、ジョージア先生には驚かされました」
「はい?」
「輝くような笑顔に、あの物腰でしょう。たちまち生徒たちの人気者に」
「ああ、そうですか」
ここで言うジョージア先生がユリアのことだとわかるまでに、若干時間を要した。
「それが、授業中にああも変貌するものだから。正直なところ、初めて彼女の授業を見たときには、私も驚きました。彼女は今や当校きっての鬼教師ですわ」
「は?」
「まあ、すみません。人様の奥方を捕まえて鬼だなんて。失礼いたしました。失言です。取り消します」
「ああ、いえ。そういうことでは」
俄には信じがたい台詞に思わず聞き返したところ、院長は自分が気分を害したと思ったようだった。過剰なまでに謝り倒され、タリウスは恐縮した。
「なんと言うか、私自身はそう感じたことがないものでして」
「なるほど、士官学校では標準的な指導方法で?」
「申し訳ないのですが、おっしゃっている意味がよく…」
「今、少しお時間ございます?百聞は一見に如かずと申しますもの」
院長はタリウスを伴い、花壇に沿って歩いた。
「ここからですと、どの授業も聞き放題なんですよ。庭仕事の隠れた利点です」
確かに、開け放たれた窓からは、教師たちの声がよく聞こえてきた。
またしても、Gmailの下書き(原稿)が消える事件が…!前回の経験を生かし、難なく取り戻せましたが、めちゃくちゃ心臓に悪いので、書き上がった分からちまちまアップしていきます。
私事ですが、現状職場ストレスが半端ないため、とにかくタリウスを幸せにして憂さを晴らそう計画発動中デス。
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扉を開けようとしたところで、階段の上に本が一冊、ぽつんと置き去りにされているのが目に入った。反射的にそれを拾い上げ、彼は苦笑いを漏らした。
歴史の入門書である。今年に入ってすぐ、教科書として息子に買い与えたことは、未だ記憶に新しい。
全く何のために学校へ行っているのだろう。今頃、忘れ物をしたことを教師に見咎められ、叱責されていているだろうか。それであれば良い。だが、教師にもいろんな種類がいる。
そんなことを考えながら、頁をめくると、ふいにタリウスの目が止まった。教科書の易しい文体に似つかわしくない、細かな書き込みを発見したのだ。明らかに見覚えのある筆跡である。そう思い更に頁を繰ると、書き込みは続いた。そして、栞がしてある場所まで来て、確信する。
「そっちか…」
落とし主は息子ではなかった。
さて、どうするべきか。わざわざ届けに行くのは、流石に過保護というものだろう。だいたい要領の良いユリアのことだ。商売道具のうちひとつを忘れたとて、機転を利かせ難なく乗り切るかもしれない。
そう思う一方で、栞のある頁には今日の日付と宿題まで書かれている。そうでなくとも、教師が忘れ物とはいただけない。何より、見付けてしまった以上、このまま黙殺するのは心苦しい。今日に限って、早い時間に帰って来られたのは何かの縁かもしれない。
結局、タリウスは宿屋に入ることなく、まわれ右をして妻の元へ向かった。
ユリアの話から彼女の新しい職場が女の園であることは、疑いようがなかった。軍装をしている以上、不審者でこそないだろうが、それでも場違いなことこの上ない。
どうしたものかと考えあぐね、目的地の敷地沿いに歩いていると、外周に面した花壇に、しゃがみこんで作業をしている人物が見えた。彼女はエプロン姿で、無心で雑草を抜いていた。
下働きの女性だろうか。それならば、言伝てと共に忘れ物を託すのに都合が良い。タリウスが女性に声を掛けようとしたそのとき、彼女はふいに顔を上げ、額の汗を拭った。
二人は期せずして、目が合った。女性は立ち上がり、こちらに向けて丁寧に会釈した。タリウスが黙礼を返す。
「当校に何かご用ですか?」
想像したより堂々とした、張りのある声だった。
「少々、届けものがありまして」
「保護者の方でしたか」
「いえ、その、妻がこちらでお世話に…」
「奥様?ああ、もしかしてジョージア先生の!申し遅れました。私、院長のクレメンスです」
「い、院長先生でしたか。これはまた大変な失礼を」
まさか院長がこんなところで草むしりをしていると思わなかった。タリウスは居住いを正し、改めて名乗った。
「院長が土いじりなどするべきではないと叱られるのですが、大事な花壇を人任せにするのは何だか憚られて。ごめんなさいね、こんな格好で」
「いいえ、こちらのほうこそ突然押し掛けて、申し訳ございません」
「かまいません。それで、届け物と言うのは?私がお預かりしますよ」
「それではあまりに申し訳ない」
「良いんですよ。院長の仕事なんて殆どが雑用みたいなものです」
遠慮は無用です、と院長は笑った。
「それはそうと、ジョージア先生には驚かされました」
「はい?」
「輝くような笑顔に、あの物腰でしょう。たちまち生徒たちの人気者に」
「ああ、そうですか」
ここで言うジョージア先生がユリアのことだとわかるまでに、若干時間を要した。
「それが、授業中にああも変貌するものだから。正直なところ、初めて彼女の授業を見たときには、私も驚きました。彼女は今や当校きっての鬼教師ですわ」
「は?」
「まあ、すみません。人様の奥方を捕まえて鬼だなんて。失礼いたしました。失言です。取り消します」
「ああ、いえ。そういうことでは」
俄には信じがたい台詞に思わず聞き返したところ、院長は自分が気分を害したと思ったようだった。過剰なまでに謝り倒され、タリウスは恐縮した。
「なんと言うか、私自身はそう感じたことがないものでして」
「なるほど、士官学校では標準的な指導方法で?」
「申し訳ないのですが、おっしゃっている意味がよく…」
「今、少しお時間ございます?百聞は一見に如かずと申しますもの」
院長はタリウスを伴い、花壇に沿って歩いた。
「ここからですと、どの授業も聞き放題なんですよ。庭仕事の隠れた利点です」
確かに、開け放たれた窓からは、教師たちの声がよく聞こえてきた。
またしても、Gmailの下書き(原稿)が消える事件が…!前回の経験を生かし、難なく取り戻せましたが、めちゃくちゃ心臓に悪いので、書き上がった分からちまちまアップしていきます。
私事ですが、現状職場ストレスが半端ないため、とにかくタリウスを幸せにして憂さを晴らそう計画発動中デス。

2021/3/12 1:22
投稿者:そら
2021/3/11 20:13
投稿者:そら
Rさま
どちらかと言うとミルズ先生寄りでしたね。たぶん、タリウスが苦手なヤツw
どちらかと言うとミルズ先生寄りでしたね。たぶん、タリウスが苦手なヤツw
正解は、あんなオニ教師でした。
あともうちょっと続きますので、よろしければお付き合いくださいませ!