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2021/1/27  0:01

手紙1  小説

階段の途中で想い人の影を見付け、ユリアは軽い足取りで玄関まで迎えに出た。

「ミス・シンフォリスティ」

反射的に返事を返しながら、ユリアはその目をぱちりと瞬いた。もう二度と、少なくとも彼からは、その名を呼ばれることはないと思っていたからだ。

「こちらをあなたに渡すよう懇願されました。中身は極めて個人的なものだそうです」

「それはそれは、ご面倒をお掛けいたしました」

なるほど、手紙の表書きは確かにミス・シンフォリスティである。その若い筆跡から、差出人は恐らく教え子の誰かだろうと思った。鬼教官と称される男に私信を託すとは、なかなか命知らずだ。そんなことを考えながら、彼女は手紙の裏を返した。そして、ハッと息を飲んだ。

「ヒース=ターナー!ここで開けても?」

「もちろん構いませんが」

在職中、教え子から手紙をもらうことは決して少なくなかった。その殆どが淡い恋心を綴ったものだが、今手中にあるのは少なくともそういった類いのものではない。はやる気持ちを抑え、彼女は手紙の封を切った。

ユリアの目が忙しく左右に揺れる。そうしているうちに、目尻が下がり、反対に口角が上がった。

「最高の出来だわ。こんなことをしている場合ではないでしょうけれど」

「それが何か尋ねても?」

「ええ」

彼女はクスリと笑い、ほんの一瞬、手紙の端をめくって見せた。手紙は異国語で書かれているようだった。

「話せば長くなりますから、よろしければ私の部屋へいらっしゃいませんか」

ユリアは手紙を封筒に納めると、嬉しそうに笑った。


話は、今から一月ほど前へ遡る。

その日は、ユリア=シンフォリスティにとって、名目上、最後の出勤日だった。

予定されている訓練や授業はすべて終了し、成績も付け終わった後である。いつもは分単位のスケジュールに追われているここでも、この時ばかりは幾分ゆったりとした空気が漂っていた。

ユリアが教官室へ入室してきたのは、丁度朝礼が終わったタイミングだった。彼女は臨時雇の講師であり、また一般人であることから、朝礼への出席は義務付けられていない。

しかし、いつもなら、殊に午前中から授業を行う場合には、朝礼にも姿を見せるのが常である。このため、その場に居合わせていた教官たちは、珍しいこともあるとは思ったが、別段それ以上は気に止めなかった。

「おはようございます」

彼女はいつもと寸分違(たが)わぬ優美な所作で、この日も見る者を魅了した。一瞬、そんな彼女の額に玉の汗を見たような気がしたが、すぐさま思い過ごしと受け流した。

いついかなるときも涼しげな笑みを浮かべ、羽のように軽やかにたち振る舞う。それがミス・シンフォリスティがミス・シンフォリスティたる所以である。


「これから先日の課題を返却します。今回は評定とは別に、個別に評価を書いたものを手渡します。この時間を使って、各自評価を読み解いてください」

「読み…解く?」

前方の少年が呟くと、ユリアは待ってましたとばかり、満面の笑みを浮かべた。

「評価は異国語です。辞書や教科書を見てもかまいません。お隣と静かに相談しても結構ですが、私から皆さんに対する激励、簡単に言えばラブレターのようなものですから、そこは充分注意してください」

ラブレターのくだりで、教室内にどよめきが起こる。だが、ユリアがそのほっそりとした人差し指を唇に当てると、途端に潮が引いたように静寂が訪れた。

「おい、評価何だった?」

少年のひとりがこそこそと隣を窺った。

「それが、まさかの良!」

「うっそだろ!って、オレも良だった。手紙は?何書いてあった?」

「そんなの内緒だよ。てか、まだ一行も読めてないんだ。邪魔すんなよ」

似たようなやりとりが教室内の随所で行われる中、ヒース=ターナーは誰とも交わらず、ひとり沈痛な面持ちで座っていた。

級友たちがひとりまたひとりと教師に呼ばれる。しかし、ヒースには一向に声が掛からない。彼には、その理由を容易に推測することが出来た。

教師は一番最後にヒースを呼んだ。

「ミスター・ターナー。これがもし、過去の優秀なレポートを一字一句間違えず書き写すというものなら、間違いなく優です」

「ミス・シンフォリスティ、これは…」

「ですが、あなたも知ってのとおりそうではありません。したがって、評価は可です」

教師は弁解する言葉を遮り、淡々と先を続けた。

「可…?不可ではないんですか」

「あなたのこれまでの授業態度とこれからに期待した結果です。たとえ一行でも自分自身の言葉で書いてくれさえすれば、もっと良い評価を付けられただけに残念です」

「すみません、ミス・シンフォリスティ。本当に…」

ヒースが思わず声を上げかけるのを、シッと教師が制した。一瞬、周囲の視線を集め掛けたが、彼女が微笑み事なきを得る。

「もう結構です。魔が差したのでしょう。それからこれを。時間を作って読んでみて」

教師は他の訓練生にしたのと同じように、ヒースにも封書を手渡した。評価などしようもないというのに。


「その返事がこの手紙ですか」

「ええ、と言っても中身は学期末の課題ですけど。ラブレターだと思いました?」

ユリアがクスクスと笑った。

「いえ、他の者ならともかく、ターナーに限ってそれは」

「そうだとしても、よくあなたに渡しましたね。信頼されている証だとは思いますが」

「是が非でもあなたに届けたかったのでしょう。そこはターナーらしいが、不正については、正直意外でした。普段のターナーはかなりの完璧主義です」

「完璧主義ゆえです。適当に書いて適当に出すということが出来なかったのでしょう。そこにたまたま誘惑があった」

「盗まれたレポートの出所に心当たりが?」

「エッガーでしょうね」

ユリアはこともなげに言ってのけた。

「何故そう思ったんですか」

「何故って、例のレポートのオリジナルを書いたのがエッガーの兄だからです」

ユリアはタリウスが着任する前から中央士官学校で教鞭を執っている。どうやら彼女がエッガー家の人間と接触するのは、今回が初めてではないらしい。

「いろいろと問題のある兄弟ですが、語学には堪能です。実際、些かお節介な兄が送ったレポートを、弟、カーンは使わなかった。使う必要がなかったのでしょう。兄に劣るとも勝らない良いレポートを書いていましたよ。ターナーとエッガーは親しいですか?」

「仲は悪くないと思います。それに二人は同じ居室です」

「そうですか。いずれにしても、すべては私の記憶の中での話です。裏はとれていませんので、そのおつもりで」

「あなたが決着を着けたのなら、今更深追いをするつもりはありません」

ユリアのお陰で、なかなか興味深い話が聞けた。それだけで充分だった。


まずは前半、お仕事パートから。

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