2021/1/13 21:58
【森】2 小説
シェールはランタンを片手に先陣を切って歩いた。時折、リュートを背負った父を振り返りながら。
森の入口付近まで来ると、俄に辺りが明るくなった。松明や手燭の炎に照らされて、知った顔がいくつも浮かび上がってくる。
「シェール?リュート!!」
シェールはその中のひとつに向かって駆け出した。
「おばさん、ごめん。リュート怪我してて、僕が悪いんだ」
「何馬鹿なこと言ってるの。そんなことあり得ないわよ。第一、あんただってボロボロじゃない」
リュートの母親である。彼女はつい数秒前まで悲壮に満ちた表情をしていた。
「母さん、ごめん」
「ごめんじゃないわよ。人様に迷惑ばっかり掛けて。本当にもうすみません」
彼女はリュートを睨み付け、それからタリウスにペコリと頭を下げた。
「足を痛めているようなので、良ければこのままお宅まで送ります」
「そんな、申し訳ない。もうどこまで馬鹿なのよ、あんたは」
「かまいません。それに、馬鹿なのはうちも同じです」
言葉とは裏腹にタリウスの表情はどこか柔らかである。だが、次の瞬間、思い直したかのように息子へ厳しい視線を向けた。
「シェール、きちんとお詫びをしなさい。皆こんな時間までお前たちを捜し回ってくれたんだぞ」
シェールははっとして、周囲の大人たちに頭を下げた。リュートもまた一旦父の背から降りて、それに倣った。
「うちの人、今夜は遅いから送ってもらって助かったわ。その上、リュートの手当てまでしてもらって」
リュートの家に着くと、父は改めて傷の具合を確認し、簡単な処置を行った。仕事柄、怪我の手当てくらい、父にとっては慣れたものなのだろう。
「あくまでも応急措置です。明日にでも医者に診てもらってください」
「出来たら泊ってってもらいたいところだけど、うちはエレインのとこみたいに広くなくて」
「それには及びません」
それから、父とふたりリュートの家から辞し、今夜の宿に向かった。本来なら今日のうちに王都へ帰り着くはずだったが、一連の騒ぎですっかり遅くなり、これでは閉門に間に合うかどうか定かではない。
「ひとつ聞かせろ」
「何?」
「お前はあの崩れた崖を一人で登れたんじゃないのか。もしそうなら、一旦お前だけ戻って助けを呼びにくれば良かったのでは?」
「それは僕も考えたけど、でも。リュートの具合が悪そうで心配だったんだよね。もしひとりにしてその間に何かあったらって思ったら、あの場を離れられなくなった。間違ってたかな」
「悪い選択だとは思わない。だが、そこまで考えられるのなら、事を起こす前にそれがどういう結果を生むか、よく考えなさい」
「ごめんなさい。ここに来る度、リュートとその、問題ばかり起こして。もうここには来ないほうが良いのかな」
毎度のことではあるが、どうも郷里の水に触れると途端にたがが外れるのだ。
「お前は諸悪の根元がリュートにあるとでも言うつもりか」
「そんなこと言ってない!ただ、リュートと一緒にいると楽しくて、つい無茶したくなるっていうのは、あるんだけど…」
「いいか、シェール。リュートのお母さんの顔を見ただろう。あれがお前のしたことだ」
シェールの脳裏に、先程見たリュートの母親の様子が映し出される。思い出しただけで胸が苦しくなった。
「とうさんも心配してくれた?」
「当たり前だ」
大きな手がくしゃくしゃと髪をかきまぜた。
「王都に戻ったらしばらくは外出禁止だ。それから、今夜は食事抜きだ」
「はい…ってことは、お仕置きしないの?」
どんなに悪いことをしたとしても、全ての罰を一度にもらうことはない。
「こんな傷だらけの状態で叩けるわけがない」
崖の登り降りを繰り返した結果、手の爪はボロボロに欠け、指先には所々血が滲んでいる。その上、頬にはいくつも擦り傷を作っている。見えない部分にも傷を負っていると容易に想像出来たのだろう。
「全く無茶ばかりして」
頬の傷のひとつに父の手がそっと触れた。
翌朝、夜明けと共に彼らは宿を出た。その際、一瞬の隙をついて、シェールはひとりリュートの家へ向かった。
いくら気心が知れているとは言え、流石にこの時間に正面から訪ねていくのは気が咎める。そこで、先程から小石を拾っては、リュートの部屋の窓にぶつけていた。
「シェール?!一体どうしたんだよ」
リュートは自分の姿をみとめると、すぐさま窓を開けてくれた。
「ごめんね、こんな朝早く。でも、どうしても言いたいことがあって」
「何?」
リュートが身構えるのがわかった。
「昨日は変なこと言ってごめん」
「昨日って、ほぼ丸一日一緒にいたじゃん。どの話?」
「あ、確かに。えーと、その、リュートが士官学校に行きたいって言ったときに、うらやましいとか言っちゃって。そんなこと言われたら、受けにくくなるよね。そうじゃなかったとしても、何か変なこと言って、ごめん」
「それ言いにわざわざこんな朝から?」
「いや、だって。とうさん仕事だし、僕も学校あるから、今出ないと間に合わなくて」
「ならこんなとこで油売ってたらヤバイんじゃないの?昨日の今日だし」
「まあそうなんだけど。でも、昨日は奇跡的にあんまり怒られないで済んだんだよね」
ふぅと、リュートが溜め息を吐いた。
「シェールはさ、あの人のことが、おじさんのことが大好きなんだね。だから、おもしろくないんだよ」
「そんなんじゃなっ…!」
シェールは思わず大きな声を上げ掛け、慌てて口を押さえた。
「おじさんがいい人なのは何となくわかった。けど、シェールには悪いけど、オレは二年間あの怒鳴り声を聞くのは無理だって思った。だから、オレも中央は受けない」
「リュート」
どこから突っ込んで良いやらかわからないが、ともかくリュートなりに自分の意を汲んでくれたようである。
「昨日あれから父さんにも怒られんだけど、正直おじさんよりマシって思った。だから、シェールも早く帰んなって」
「うん。そうする」
確かに、折角父が情けを掛けてくれたというのに、これでは元の木阿弥である。
「気を付けて帰んなよ」
「うん。リュートもお大事に。また来る!」
そこからは全力疾走である。
「シェール!一体何のつもりだ!」
思ったとおり、父はまさに怒り心頭だった。
「ごめんね、とうさん。どうしてもやり残したことがあって」
「いい加減にしろ。もっと考えて行動するよう、昨日言ったばかりだろう」
「考えたよ。考えた結果、譲れなかった。だから、ちゃんと罰は受けるよ」
「開き直る気か」
「そんなんじゃないけど…」
「もう良い。ともかく今は時間がない。その代わり帰ったら覚悟しておけ」
「うん」
先程までの威勢はどこへやら。途端に胸がきゅっとして、急激に情けない声になった。
「痛った!!」
バシンという音と共にお尻が熱くなる。あまりのことに、シェールは思わずつんのめりそうになった。間違いなくフルスイングである。
「こんなものは叩かれたうちに入らない。ほら、早くしろ」
「はい!」
ひとまず良い子に返事を返し、それから、ずんずんと進む父の背中を懸命に追った。
了 ← 打ち忘れてました
何だろう。ひたすらベタベタする父子が書きたかったのです。そして、リュートを脅すだけ脅して、息子には甘いっていう…
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森の入口付近まで来ると、俄に辺りが明るくなった。松明や手燭の炎に照らされて、知った顔がいくつも浮かび上がってくる。
「シェール?リュート!!」
シェールはその中のひとつに向かって駆け出した。
「おばさん、ごめん。リュート怪我してて、僕が悪いんだ」
「何馬鹿なこと言ってるの。そんなことあり得ないわよ。第一、あんただってボロボロじゃない」
リュートの母親である。彼女はつい数秒前まで悲壮に満ちた表情をしていた。
「母さん、ごめん」
「ごめんじゃないわよ。人様に迷惑ばっかり掛けて。本当にもうすみません」
彼女はリュートを睨み付け、それからタリウスにペコリと頭を下げた。
「足を痛めているようなので、良ければこのままお宅まで送ります」
「そんな、申し訳ない。もうどこまで馬鹿なのよ、あんたは」
「かまいません。それに、馬鹿なのはうちも同じです」
言葉とは裏腹にタリウスの表情はどこか柔らかである。だが、次の瞬間、思い直したかのように息子へ厳しい視線を向けた。
「シェール、きちんとお詫びをしなさい。皆こんな時間までお前たちを捜し回ってくれたんだぞ」
シェールははっとして、周囲の大人たちに頭を下げた。リュートもまた一旦父の背から降りて、それに倣った。
「うちの人、今夜は遅いから送ってもらって助かったわ。その上、リュートの手当てまでしてもらって」
リュートの家に着くと、父は改めて傷の具合を確認し、簡単な処置を行った。仕事柄、怪我の手当てくらい、父にとっては慣れたものなのだろう。
「あくまでも応急措置です。明日にでも医者に診てもらってください」
「出来たら泊ってってもらいたいところだけど、うちはエレインのとこみたいに広くなくて」
「それには及びません」
それから、父とふたりリュートの家から辞し、今夜の宿に向かった。本来なら今日のうちに王都へ帰り着くはずだったが、一連の騒ぎですっかり遅くなり、これでは閉門に間に合うかどうか定かではない。
「ひとつ聞かせろ」
「何?」
「お前はあの崩れた崖を一人で登れたんじゃないのか。もしそうなら、一旦お前だけ戻って助けを呼びにくれば良かったのでは?」
「それは僕も考えたけど、でも。リュートの具合が悪そうで心配だったんだよね。もしひとりにしてその間に何かあったらって思ったら、あの場を離れられなくなった。間違ってたかな」
「悪い選択だとは思わない。だが、そこまで考えられるのなら、事を起こす前にそれがどういう結果を生むか、よく考えなさい」
「ごめんなさい。ここに来る度、リュートとその、問題ばかり起こして。もうここには来ないほうが良いのかな」
毎度のことではあるが、どうも郷里の水に触れると途端にたがが外れるのだ。
「お前は諸悪の根元がリュートにあるとでも言うつもりか」
「そんなこと言ってない!ただ、リュートと一緒にいると楽しくて、つい無茶したくなるっていうのは、あるんだけど…」
「いいか、シェール。リュートのお母さんの顔を見ただろう。あれがお前のしたことだ」
シェールの脳裏に、先程見たリュートの母親の様子が映し出される。思い出しただけで胸が苦しくなった。
「とうさんも心配してくれた?」
「当たり前だ」
大きな手がくしゃくしゃと髪をかきまぜた。
「王都に戻ったらしばらくは外出禁止だ。それから、今夜は食事抜きだ」
「はい…ってことは、お仕置きしないの?」
どんなに悪いことをしたとしても、全ての罰を一度にもらうことはない。
「こんな傷だらけの状態で叩けるわけがない」
崖の登り降りを繰り返した結果、手の爪はボロボロに欠け、指先には所々血が滲んでいる。その上、頬にはいくつも擦り傷を作っている。見えない部分にも傷を負っていると容易に想像出来たのだろう。
「全く無茶ばかりして」
頬の傷のひとつに父の手がそっと触れた。
翌朝、夜明けと共に彼らは宿を出た。その際、一瞬の隙をついて、シェールはひとりリュートの家へ向かった。
いくら気心が知れているとは言え、流石にこの時間に正面から訪ねていくのは気が咎める。そこで、先程から小石を拾っては、リュートの部屋の窓にぶつけていた。
「シェール?!一体どうしたんだよ」
リュートは自分の姿をみとめると、すぐさま窓を開けてくれた。
「ごめんね、こんな朝早く。でも、どうしても言いたいことがあって」
「何?」
リュートが身構えるのがわかった。
「昨日は変なこと言ってごめん」
「昨日って、ほぼ丸一日一緒にいたじゃん。どの話?」
「あ、確かに。えーと、その、リュートが士官学校に行きたいって言ったときに、うらやましいとか言っちゃって。そんなこと言われたら、受けにくくなるよね。そうじゃなかったとしても、何か変なこと言って、ごめん」
「それ言いにわざわざこんな朝から?」
「いや、だって。とうさん仕事だし、僕も学校あるから、今出ないと間に合わなくて」
「ならこんなとこで油売ってたらヤバイんじゃないの?昨日の今日だし」
「まあそうなんだけど。でも、昨日は奇跡的にあんまり怒られないで済んだんだよね」
ふぅと、リュートが溜め息を吐いた。
「シェールはさ、あの人のことが、おじさんのことが大好きなんだね。だから、おもしろくないんだよ」
「そんなんじゃなっ…!」
シェールは思わず大きな声を上げ掛け、慌てて口を押さえた。
「おじさんがいい人なのは何となくわかった。けど、シェールには悪いけど、オレは二年間あの怒鳴り声を聞くのは無理だって思った。だから、オレも中央は受けない」
「リュート」
どこから突っ込んで良いやらかわからないが、ともかくリュートなりに自分の意を汲んでくれたようである。
「昨日あれから父さんにも怒られんだけど、正直おじさんよりマシって思った。だから、シェールも早く帰んなって」
「うん。そうする」
確かに、折角父が情けを掛けてくれたというのに、これでは元の木阿弥である。
「気を付けて帰んなよ」
「うん。リュートもお大事に。また来る!」
そこからは全力疾走である。
「シェール!一体何のつもりだ!」
思ったとおり、父はまさに怒り心頭だった。
「ごめんね、とうさん。どうしてもやり残したことがあって」
「いい加減にしろ。もっと考えて行動するよう、昨日言ったばかりだろう」
「考えたよ。考えた結果、譲れなかった。だから、ちゃんと罰は受けるよ」
「開き直る気か」
「そんなんじゃないけど…」
「もう良い。ともかく今は時間がない。その代わり帰ったら覚悟しておけ」
「うん」
先程までの威勢はどこへやら。途端に胸がきゅっとして、急激に情けない声になった。
「痛った!!」
バシンという音と共にお尻が熱くなる。あまりのことに、シェールは思わずつんのめりそうになった。間違いなくフルスイングである。
「こんなものは叩かれたうちに入らない。ほら、早くしろ」
「はい!」
ひとまず良い子に返事を返し、それから、ずんずんと進む父の背中を懸命に追った。
了 ← 打ち忘れてました

何だろう。ひたすらベタベタする父子が書きたかったのです。そして、リュートを脅すだけ脅して、息子には甘いっていう…

2021/1/15 19:34
投稿者:そら
2021/1/15 13:00
投稿者:RIE
やっぱりシェール君は思い込んだら一直線ですね。(笑)タリパパにもう一言だけリュートに言い忘れたことがあるから行かせと正直に頼んだら行かせてくれたと思うのに(^_^;)
考えた末、これですからね。もう一生こんな感じかも知れません。まあ、今回はさすがに朝早すぎてダメって言われるかもと思ったとか。でも結局行くっていう。
タリパパも気が休まるときがないよね。