2020/12/8 22:01
続石の記憶6 小説
「シェールくんはお母さんの言ったことをちゃんと覚えていて偉いわ」
言って、ユリアは小さく笑った。本当は話すのも辛いだろうに、一体何故そんなことが出来るのだろう。見ているだけの自分ですら、こんなにも苦しいというのに。
シェールは泣きたくなるのを懸命に堪えて、ユリアの傍に寄った。
「ついさっきまで全然覚えてなかったんだけど、サソリを見た途端、急に思い出して。もしかしたら、ママが助けてくれようとしたのかも」
「私のことを?」
「だって、初めにおねえちゃんが僕のことを助けてくれたから」
一歩間違えば、自分がこうなっていたのだ。そうだとすれば、ユリアの苦しみは本来自分のものだ。
シェールは心の中で、ユリアを救ってくれるよう母に懇願した。他でもない自分の頼みである。母なら聞き届けてくれるかもしれないと思った。
それからもうひとり、いつだって自分の願いを叶えてくれる人がいる。
「おねえちゃん、とうさんに任せておけば、必ずなんとかしてくれるから。だから大丈夫だよ」
「ええ、そうね。私もそう思うわ」
言い終わるや否や、ユリアは目を閉じた。
勢いよく宿を出たものの、タリウスには自分がどこへ向かうべきなのか、直ちに判断がつかなかった。だが、ともかく行動しなければ何も始まらない。
通りに出て方々を見回すうちに、旅行者向けの店の看板には、こちらの言葉と共に母国語が表記されていることに気付いた。それならば、医者か薬屋の看板を探せば良いと思ったが、これがなかなか見付からない。
辛うじて、薬を扱っているとおぼしき店はあったが、品物を見ただけでは何が何だかわからない。試しに店主に話し掛けてみるも、想像した通り、まるで言葉が通じない。こんなことなら、異国語のひとつも覚えてくるべきだった、などと今更言っても始まらない。
タリウスは身振り手振りを交え、どうにか伝えようとするが、店主は首を傾げるばかりである。しかし、ここで諦めたらまた振り出しである。
一瞬、どうせ振り出しに戻るなら、一旦宿へ戻り必要な単語を教わってこようかとも考えたが、事態は急を要するに上に、今もユリアに明確な意識があるとは限らない。
だいたいそのユリアですら、現地の言葉は半分も理解出来ないと昨日聞いたばかりである。だが、彼女はこうも言っていた。あちらは売りたいし、こちらは買いたい。それ故、どうにかして伝えようとするし、わかろうとする。
「蠍に刺された。医者か薬師を呼んで欲しい。蠍、これだ」
そのとき、店先に並んだ生薬の中に、偶然蠍の干したものを見付けた。タリウスは蠍の干物を指差し、自分の腕を刺す真似をした。
途端に、店主の顔色が変わった。店主は、先程までとはうって変わって、早口で何事かを喚き立てる。察するにこちらの言いたいことは通じたようだが、今度はあちらの言っていることがわからない。
困り果てていると、突然店主が背中を押してきた。タリウスは驚いて振り返った。そして、直感的に思った。ついて来いと言っているのだと。
店主は隣の店に向かって何かを叫び、それから小走りで店を出た。タリウスも後を追った。
ところが、日没を前にして俄に客足が増えたのか、人混みにまみれて身動きが取れなくなった。その間に、薬屋の店主を見失った。必死に目を凝らすが、一向に見付からない。
心の中を不安と焦りが侵食してくる。そもそも男は付いて来いなどとは言っていなかったのかもしれない。厄介事は御免だとばかり、体よく撒かれたのだとしたら。雑踏の中、タリウスはひとり絶望的な気持ちになった。
そのとき、視線の先に見知った顔を見付けた。周囲から頭ひとつ分抜きん出ているその男は、遠目からでもわかる。三日月の刺青がある男である。
タリウスは無我夢中で男を追い掛け、正面に回った。
「お前は…!」
刺青の男は一瞬面食らった。
「つけていたのか?一体何のつもりだ?!答えようによっては斬り殺す」
だが、タリウスを認識するなり、男は興奮して腰の剣を抜いた。とても話が出来る状況ではないが、こちらも後には引けない。
「昼間の無礼は謝る。事情をよく知りもしないのに、突然不躾なことを聞いたりして申し訳なかった」
「お前たちは何者だ。何のためにここに来た」
「細かい事情を話している暇はない。ただ、息子の母親が、翼の刺青をもつ部族の出だと知って、息子に一目故郷を見せてやりたいと思った。それだけだ」
道行く人が好奇の目向ける。町中で剣を抜く大男に、異国語を話す旅人だ。無理もない。
「母親?あの女か」
「違う。彼女は今、蠍に刺され意識が朦朧としている。こんなことを頼めた義理ではないとわかっているが、他に頼れるあてがいない。どうか助けて欲しい。後生だ」
「無理だ」
男はにべもなく言い捨てた。予想はしていたものの、タリウスは頭を殴られたような衝撃を感じた。
「蠍と一口で言っても種類はごまんといる。何に刺されたかわからなければ手の施しようがない」
「それならば問題ない。実物を取ってある」
刺青の男は無言で腰の物を収めた。
「ガイドを引き受けてやっても良いが、報酬ははずんでもらう」
「ガイド?」
そこでタリウスは、刺青の男の目線が自分を通り越して後ろに注がれていることに気付いた。
「薬屋の…」
振り返った彼が見たのは、先程の薬屋の店主ともうひとり。年老いた男だった。
「治療は医者の仕事だ」
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言って、ユリアは小さく笑った。本当は話すのも辛いだろうに、一体何故そんなことが出来るのだろう。見ているだけの自分ですら、こんなにも苦しいというのに。
シェールは泣きたくなるのを懸命に堪えて、ユリアの傍に寄った。
「ついさっきまで全然覚えてなかったんだけど、サソリを見た途端、急に思い出して。もしかしたら、ママが助けてくれようとしたのかも」
「私のことを?」
「だって、初めにおねえちゃんが僕のことを助けてくれたから」
一歩間違えば、自分がこうなっていたのだ。そうだとすれば、ユリアの苦しみは本来自分のものだ。
シェールは心の中で、ユリアを救ってくれるよう母に懇願した。他でもない自分の頼みである。母なら聞き届けてくれるかもしれないと思った。
それからもうひとり、いつだって自分の願いを叶えてくれる人がいる。
「おねえちゃん、とうさんに任せておけば、必ずなんとかしてくれるから。だから大丈夫だよ」
「ええ、そうね。私もそう思うわ」
言い終わるや否や、ユリアは目を閉じた。
勢いよく宿を出たものの、タリウスには自分がどこへ向かうべきなのか、直ちに判断がつかなかった。だが、ともかく行動しなければ何も始まらない。
通りに出て方々を見回すうちに、旅行者向けの店の看板には、こちらの言葉と共に母国語が表記されていることに気付いた。それならば、医者か薬屋の看板を探せば良いと思ったが、これがなかなか見付からない。
辛うじて、薬を扱っているとおぼしき店はあったが、品物を見ただけでは何が何だかわからない。試しに店主に話し掛けてみるも、想像した通り、まるで言葉が通じない。こんなことなら、異国語のひとつも覚えてくるべきだった、などと今更言っても始まらない。
タリウスは身振り手振りを交え、どうにか伝えようとするが、店主は首を傾げるばかりである。しかし、ここで諦めたらまた振り出しである。
一瞬、どうせ振り出しに戻るなら、一旦宿へ戻り必要な単語を教わってこようかとも考えたが、事態は急を要するに上に、今もユリアに明確な意識があるとは限らない。
だいたいそのユリアですら、現地の言葉は半分も理解出来ないと昨日聞いたばかりである。だが、彼女はこうも言っていた。あちらは売りたいし、こちらは買いたい。それ故、どうにかして伝えようとするし、わかろうとする。
「蠍に刺された。医者か薬師を呼んで欲しい。蠍、これだ」
そのとき、店先に並んだ生薬の中に、偶然蠍の干したものを見付けた。タリウスは蠍の干物を指差し、自分の腕を刺す真似をした。
途端に、店主の顔色が変わった。店主は、先程までとはうって変わって、早口で何事かを喚き立てる。察するにこちらの言いたいことは通じたようだが、今度はあちらの言っていることがわからない。
困り果てていると、突然店主が背中を押してきた。タリウスは驚いて振り返った。そして、直感的に思った。ついて来いと言っているのだと。
店主は隣の店に向かって何かを叫び、それから小走りで店を出た。タリウスも後を追った。
ところが、日没を前にして俄に客足が増えたのか、人混みにまみれて身動きが取れなくなった。その間に、薬屋の店主を見失った。必死に目を凝らすが、一向に見付からない。
心の中を不安と焦りが侵食してくる。そもそも男は付いて来いなどとは言っていなかったのかもしれない。厄介事は御免だとばかり、体よく撒かれたのだとしたら。雑踏の中、タリウスはひとり絶望的な気持ちになった。
そのとき、視線の先に見知った顔を見付けた。周囲から頭ひとつ分抜きん出ているその男は、遠目からでもわかる。三日月の刺青がある男である。
タリウスは無我夢中で男を追い掛け、正面に回った。
「お前は…!」
刺青の男は一瞬面食らった。
「つけていたのか?一体何のつもりだ?!答えようによっては斬り殺す」
だが、タリウスを認識するなり、男は興奮して腰の剣を抜いた。とても話が出来る状況ではないが、こちらも後には引けない。
「昼間の無礼は謝る。事情をよく知りもしないのに、突然不躾なことを聞いたりして申し訳なかった」
「お前たちは何者だ。何のためにここに来た」
「細かい事情を話している暇はない。ただ、息子の母親が、翼の刺青をもつ部族の出だと知って、息子に一目故郷を見せてやりたいと思った。それだけだ」
道行く人が好奇の目向ける。町中で剣を抜く大男に、異国語を話す旅人だ。無理もない。
「母親?あの女か」
「違う。彼女は今、蠍に刺され意識が朦朧としている。こんなことを頼めた義理ではないとわかっているが、他に頼れるあてがいない。どうか助けて欲しい。後生だ」
「無理だ」
男はにべもなく言い捨てた。予想はしていたものの、タリウスは頭を殴られたような衝撃を感じた。
「蠍と一口で言っても種類はごまんといる。何に刺されたかわからなければ手の施しようがない」
「それならば問題ない。実物を取ってある」
刺青の男は無言で腰の物を収めた。
「ガイドを引き受けてやっても良いが、報酬ははずんでもらう」
「ガイド?」
そこでタリウスは、刺青の男の目線が自分を通り越して後ろに注がれていることに気付いた。
「薬屋の…」
振り返った彼が見たのは、先程の薬屋の店主ともうひとり。年老いた男だった。
「治療は医者の仕事だ」

2020/12/13 21:49
投稿者:そら
2020/12/13 0:09
投稿者:ともろー
読んでるこちらもハラハラしました。。!薬屋さんがいい人でよかったです。
今回は、書くのも読むのも疲れますよねw
そして、タリパパはもっと(合掌)。
あともうちょいお付き合いくださいませ。