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2020/12/3  17:46

続石の記憶4  小説

交渉の末、彼らは無事に今夜の宿を得た。大人二人で話し合った結果、安全面を考慮し、三人まとめて部屋を取ることで合意した。少々手狭だが背に腹は変えられない。

それと言うのも、念入りに宿を選んだつもりだったが、いざ割り当てられた部屋に入ってみると、窓枠が歪んでおり完全には木戸が閉まらない。防犯以前に、まずもって夜中に雨でも吹込んだら厄介だと思ったが、ユリア曰く、この地方では一年を通して殆ど雨が降らないとのことだった。

「何から何まで頼りきりで申し訳ない」

「いえいえ。私のほうこそ、背中の心配をしなくて良い旅がこんなにも快適だとは思いませんでした」

ようやく緊張が解け、二人は小声で言葉を交わした。シェールはと言えば、少し前に力尽き、今はベッドの端でスヤスヤと寝息を立てている。

「でも、明日からはガイドを雇ったほうが良いかもしれませんね」

言いながら、ユリアは自ら持参した地図に視線を落とした。よく見ると、随所に手書きの書き込みがある。

「ガイドをですか?」

「この後の過ごし方にもよりますが、部族に接触を図るのでしたら、私の似非(えせ)東方語では心もとありません。片言以上のアステリカ語が話せて、この辺りの地理に詳しい方が望ましいですが、そううまくいくかどうか」

ユリアの口から溜め息が漏れた。その間も目は忙しく動いている。びっしりと書き込まれた地図を見るに、彼女がここへ来るまで一体どれほどの時間を費やしたのか、うかがい知ることが出来た。

「すみません、ここまでしていただいて」

「いいえ。乗りかかった船とでも言いましょうか。調べ始めたらつい楽しくなってしまって。折角なら、シェールくんにお母さんが見ていた景色を見せてあげられたらと」

「お気持ちはありがたいですが、良いところで休んでください。疲れたでしょう」

相変わらず地図にかじりついているユリアを見て、タリウスには彼女のこれまでの寝坊と遅刻の理由が改めてわかった気がした。

「意外とまだ元気です。タリウス、あなたが絶えず気を配ってくださったから」

「私は何も…」

「ひとり旅をしていたときは、その辺りのことは本当にもう散々でしたから。詳細はあえて省きますが」

「くれぐれも無茶だけはしないでください」

想像するだけで心臓に悪い。改めて釘を刺すと、ユリアがクスリと笑った。

「本当に心配症なんですね」

「な…!」

「静かにしないと、シェールくんが起きてしまいますよ?」

思わず声を上げそうになったところをシーッとユリアに制される。

「おやすみなさい」

次の瞬間、ユリアは空いているベッドに滑り込むと、涼やかに言った。一方、残されたタリウスは溜め息と共に口の中でおやすみと呟いた。

どこからどう見ても、いつものユリアである。そのことがかえってタリウスを混乱させた。


翌日は、ユリアの提案で朝から旅人向けの案内所へ向かった。案内所では、ガイドと共に馬やラクダが借り受けられる仕組みになっているようだが、行き先は主要都市や代表的な観光地に限られているように見受けられた。

「この地図のこのあたりへ行きたいのですが、連れて行っていただけませんか?ええ、勿論そちらも素敵な場所でしょうけれど、でも私はここに行きたいんです」

ユリアが異国語を交えながら根気よく説明するが、カウンターの向こう側にいる男は渋い表情のままだ。何を言っているかまではわからないが、とにかく難色を示していることだけは、タリウスにもわかった。

「だめですね。そこは何もないから行くべきではないと言っています」

ユリアはすぐ後ろに控えていたタリウスに小声で伝えた。

「どうしますか?直接ここに行くのは諦めて、近くまで案内してもらいますか」

「そうですね…」

確かにこのままここで粘っても事態が好転するとも思えない。徒に時間が過ぎていくだけだ。タリウスは考えを巡らせながら、ふと表で待たせていた息子に目をやった。

息子は、案内所の前で束の間の自由時間を満喫している。常にこちらの視界に入る位置にいるよう言い付けてあるが、ともすれば見失いかねない。

すると、息子が突然二歩三歩と後ずさった。何事かと出入口に注視すると、身の丈の大きな男が大股で案内所に入ってきた。見たこともないような大男に驚いて道を開けたのだろう。

男は案内所に入り、カウンターに向かって某かを言った。

「タリウス」

そのとき、ふいに後ろから肩を叩かれた。

「あの男性の首に、刺青があるのがわかりますか」

振り返ると、耳元でユリアが囁いた。言われて、タリウスはそれとわからぬよう男に視線を向けた。確かに男の首筋には三日月状の刺青がある。

「だが、あの模様は…」

「シェールくんのお母さんのものと同じではありませんが、時代的には確か一緒だった筈です。同じ地域かあるいは近い地域かもしれません」

言うが早い、ユリアは男に向かって話し掛けた。男は怪訝そうにこちらを見やり、言った。

「何だ」

久方ぶりに聞く母国語に彼らは顔を見合わせた。

「翼の文様をもつ部族を探しています」

「ツバサ?」

「鳥の羽根のような…これです。ご存知ありませんか」

ユリアは鞄から小さな紙を取り出し、男に見せた。いつぞやタリウスが石の入った袋から書き写したものだ。

「探してどうする」

「お会いしたいと思います。もし、場所をご存知でしたら、ガイドをお願い出来ませんか」

「知らないな」

男は食い気味に答えた。明らかに不自然だが、ユリアはそれには気を止めず更に続けた。

「そうですか。それでしたら、他の部族のところでも構いません。例えば、月の文様の部族とか」

「つ…!!」

刹那、男の瞳孔が開く。

「お前ら何者だ?!本当の狙いは何だ!!」

男は激昂した。

「ただの旅行者です。他意はありません」

「旅行者が何で刺青のことを知っているんだ!」

「それは文献で…」

「ユリア、これ以上はよそう」

ユリアはなおも応酬しようとするが、タリウスが止めに入る。

あくまで冷静な彼女とは対照的に、男のほうは目が血走り、今にも暴れ出しそうだった。このままでは確実に厄介なことになる。実際、カウンターの男はおろおろと狼狽え始め、離れたところにいる息子もまたこちらの異変に気付いた。

「でも」

「不躾なことを聞いて申し訳なかった。もう失礼しよう」

ユリアは未だ諦めきれない様子だったが、強引に腕を取ると、男に向かって黙礼した。

「とうさん!おねえちゃん?大丈夫?」

「ええ、何でもないわ」

「大丈夫だ。それより待たせたな。ひとまずお前の好きなところに行こう」

万にひとつも男が追いかけてきたらどうしようかと思ったが、幸いその心配はなさそうだった。
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