2019/12/13 22:39
鬼の本領8 小説
「どうするのよ。二人とも身分証を取られちゃって。なんだってイサベルまで教官に逆らったりしたのよ」
「ごめん。でも、あの一回でいきなり身分証を取るなんておかしくない?だったらあいつらはなんなのよ」
あの後、彼女たちはろくに事情を聞かれることもなく、退出を命じられた。まもなく消灯時間であるが、あれから今まで何の音沙汰もない。
「あいつらは表向き何もしてないもの。ああ、なのに、なんだってあんな挑発に乗っちゃったんだろう」
「しょうがないよ。むしろよく耐えたって。いつものアグネスならもう五回くらいキレてる」
「それを言うなら、いつものあんただったら、ああいうとき、だんまりじゃないの」
「だって」
「とにかくなんとかしなきゃ」
このまま二人で言い合っていても埒があかない。
「なんとかって言ったって」
「忘れたの?明日の午後には先生が来る。ひょっとしたら統括だって来るかもしれない。絶対失敗出来ない日なのに、そもそも二人とも訓練にも出られないなんて」
「怒られるなんてもんじゃすまないよね」
最も恐れていたシナリオである。これでは統括も教官も、遠路遙々わざわざ恥をかきに来るようなものだ。
「二度と北部の地を踏めないかも。ううん、むしろ、逆にこのまま連れ戻されたりして」
「そんなの絶対嫌!」
最後の台詞は二人して絶叫した。確かに現状はお世辞にも良いとは言いがたいが、それでもこんな中途半端なところで故郷に帰るわけにはいかなかった。
「ねえ、イサベル。身分証を取り返しに行こう」
「は?そんなことできるわけ…」
「何も盗みだそうって話じゃない。事情を話して、返してもらえるよう頼んでみよう」
「無理だって。相手はあの教官だよ?話なんて通じるわけないって。返り討ちに遇って終わりだよ」
「でも、このままほっといたら、明日になっちゃう。どのみち怒られるんだったら、後悔しないほうが良くない?」
「そうかもしれないけど」
「もういい。一人で行く」
刻一刻とタイムリミットが近付いてきている。煮え切らないイサベルを待っている余裕はもはやない。
「待ってよ!わかった、私も一緒に行く。でも、とりあえずは謝りに行くってていにしない?」
先程の一件以来、イサベルはタリウスが恐ろしくてたまらないのだ。
教官室の扉を叩きながら、二人とも心臓が飛び出しそうだった。この中には今夜の当直であるタリウス=ジョージアがいる。
「何の用だ」
教官は書類の作成をしているらしく、一瞬二人のほうに目をやったが、すぐにまた書きかけの書類に視線を落とした。
「昼間のことをあやまりにきました」
「ほう」
アグネスが言うと、教官はコトリとペンを置いた。
「申し訳ありませんでした」
揃って頭を下げるも、教官は顔色ひとつ変えなかった。
「もう良い。下がれ」
「先生っ!」
イサベルが食い下がる。相変わらず、負傷した指をもう片方の手で覆っている。
「おい、お前。手をどうした」
「え?あ、これは何でもないです」
「俺にはそう見えないが」
教官が立ち上がって、こちらに近付いて来る。
「あ!や、痛っ!」
無理矢理腕を取られ、イサベルが悲鳴をあげた。
「どういうことだ」
親指の付け根が腫れ上がり熱をもっている。一見して昼間より悪化している。
「昼間、基礎訓練のときに…」
「何故放っておいた」
「み、水で冷やしました」
「お前は馬鹿か!すぐに手当てを受けろ」
普段なら別段大騒ぎするような怪我ではないが、いかんせん彼女は余所からの預かりものだ。万に一つのことがあれば責任問題になる。
「先生、あの…」
「何だ」
戸口まで行き掛けたイサベルがこちらを振り返った。
「身分証を持っていなくても、医務室は使えますか」
「当たり前だ。早く行け!」
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「ごめん。でも、あの一回でいきなり身分証を取るなんておかしくない?だったらあいつらはなんなのよ」
あの後、彼女たちはろくに事情を聞かれることもなく、退出を命じられた。まもなく消灯時間であるが、あれから今まで何の音沙汰もない。
「あいつらは表向き何もしてないもの。ああ、なのに、なんだってあんな挑発に乗っちゃったんだろう」
「しょうがないよ。むしろよく耐えたって。いつものアグネスならもう五回くらいキレてる」
「それを言うなら、いつものあんただったら、ああいうとき、だんまりじゃないの」
「だって」
「とにかくなんとかしなきゃ」
このまま二人で言い合っていても埒があかない。
「なんとかって言ったって」
「忘れたの?明日の午後には先生が来る。ひょっとしたら統括だって来るかもしれない。絶対失敗出来ない日なのに、そもそも二人とも訓練にも出られないなんて」
「怒られるなんてもんじゃすまないよね」
最も恐れていたシナリオである。これでは統括も教官も、遠路遙々わざわざ恥をかきに来るようなものだ。
「二度と北部の地を踏めないかも。ううん、むしろ、逆にこのまま連れ戻されたりして」
「そんなの絶対嫌!」
最後の台詞は二人して絶叫した。確かに現状はお世辞にも良いとは言いがたいが、それでもこんな中途半端なところで故郷に帰るわけにはいかなかった。
「ねえ、イサベル。身分証を取り返しに行こう」
「は?そんなことできるわけ…」
「何も盗みだそうって話じゃない。事情を話して、返してもらえるよう頼んでみよう」
「無理だって。相手はあの教官だよ?話なんて通じるわけないって。返り討ちに遇って終わりだよ」
「でも、このままほっといたら、明日になっちゃう。どのみち怒られるんだったら、後悔しないほうが良くない?」
「そうかもしれないけど」
「もういい。一人で行く」
刻一刻とタイムリミットが近付いてきている。煮え切らないイサベルを待っている余裕はもはやない。
「待ってよ!わかった、私も一緒に行く。でも、とりあえずは謝りに行くってていにしない?」
先程の一件以来、イサベルはタリウスが恐ろしくてたまらないのだ。
教官室の扉を叩きながら、二人とも心臓が飛び出しそうだった。この中には今夜の当直であるタリウス=ジョージアがいる。
「何の用だ」
教官は書類の作成をしているらしく、一瞬二人のほうに目をやったが、すぐにまた書きかけの書類に視線を落とした。
「昼間のことをあやまりにきました」
「ほう」
アグネスが言うと、教官はコトリとペンを置いた。
「申し訳ありませんでした」
揃って頭を下げるも、教官は顔色ひとつ変えなかった。
「もう良い。下がれ」
「先生っ!」
イサベルが食い下がる。相変わらず、負傷した指をもう片方の手で覆っている。
「おい、お前。手をどうした」
「え?あ、これは何でもないです」
「俺にはそう見えないが」
教官が立ち上がって、こちらに近付いて来る。
「あ!や、痛っ!」
無理矢理腕を取られ、イサベルが悲鳴をあげた。
「どういうことだ」
親指の付け根が腫れ上がり熱をもっている。一見して昼間より悪化している。
「昼間、基礎訓練のときに…」
「何故放っておいた」
「み、水で冷やしました」
「お前は馬鹿か!すぐに手当てを受けろ」
普段なら別段大騒ぎするような怪我ではないが、いかんせん彼女は余所からの預かりものだ。万に一つのことがあれば責任問題になる。
「先生、あの…」
「何だ」
戸口まで行き掛けたイサベルがこちらを振り返った。
「身分証を持っていなくても、医務室は使えますか」
「当たり前だ。早く行け!」
