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2019/12/3  0:08

鬼の本領5  小説

これといった手立てがないまま、タリウスはその日を迎えた。

騙し討ちの代償が大きいことは、先日身をもって体験している。それゆえ、ささやかな抵抗として、予科生への告知は細部に渡るまで上官に依頼した。

当の予科生たちはというと、上官がさも事もなげに伝達したせいか、大した混乱を見せなかった。もっともそれはうわべだけに過ぎず、皆一様に心中穏やかでいられないのが端からも見てとれた。何を隠そう、タリウス自身、未だ受け入れられていないのだ。

こんなときに、もしも旧友が生きていてくれたなら、何かしら助言めいたことを聞けたに違いない。それ以前に、彼女と話をするだけで、自身が何に臆しているのかわかったかもしれない。柄にもなくそんなことを思ってしまうのは弱気になっている証拠だ。

「おはよう、とうさん」

穏和な声に現実へと引き戻される。シェールである。いつの頃からか、起こさなくても時間通り目覚めるようになった。

「どうしたの?なんか顔色良くないみたいだけど」

「そうか」

まさか息子にまで気取られるとは思っていなかった。だてに日々共に過ごしているわけではないらしい。

「いいな、お前は。毎日楽しそうで」

「ねえ、なんかあった?」

いつもとは違う父親の様子に、シェールが首をかしげた。

「今日、訓練生がふたり増える」

「それって大変なこと?」

「ふたりとも女だ」

「女?でもそれって、ママとミゼットみたいなもんじゃないの?」

「いや、まさにそうだと思う」

だから問題だとは流石に言えなかった。

「ねえ、とうさん。思うんだけど、行ったらなんとかなるんじゃない」

「何故そう思う?」

「とうさんだから」

まるで答えになってない。答えにはなってないが、息子の言葉にひとまず元気をもらえた。


タリウスの予想に反して、午前中の訓練はつつがなく終わった。なるほど、上官の言ったとおり、彼女たちは何事においても秀でている。軍学の知識が豊富で、また、基礎的な訓練にも手を抜かず、むしろよくついてきている。それでいて、自分達の立場を理解しているのか、決して前に出ることはなく、悪目立ちすることもなかった。

事件は午後の実技演習の時間に起きた。

演習場には、実戦を模した数々の障害が設置されたコースが複数設けられており、訓練生たちは入校した当初から今に至るまで、そのすべてを制覇するべく、幾度となく課題に取り組んでいる。

現在、彼らが挑戦しているのは、幅の細い板の上を渡ったり、縄梯子にぶら下がったりして目的地を目指すもので、コースの下にはぬかるみがひろがっている。最初の頃こそ、体力のない訓練生たちは、途中で泥に落ちることもあったが、最近は皆精通し、落ちる者はいなかった。

それ故、梯子の三分の一ばかりいったところで、アグネスの手が梯子から外れ、落下したときにはどよめきがおき、先を行く訓練生も思わず振り返った。

だが、驚いたのはその後だ。通常、訓練生が落下した場合、出発地点まで戻り、再び障害に挑戦するのが常となっていたが、アグネスは下に降りるや否や、目的地を目指して迷いなく走り出した。彼女はぬかるみに足をとられながらも、上手にバランスをとり、一度も転ぶことなく目的地付近まで走り抜け、最後の岩場をよし登り、先頭でゴールした。

その姿にタリウスは呆気にとられた。あれはありなのか、そう言う訓練生の声にようやく我に返った。

「アグネス=ラサーク、何故途中で下に降りた」

タリウスは確信した。彼女は泥に落ちたのではなく、意図的に梯子から手を離し、下に降りたのだ。

「自分は未熟者なので、梯子を渡りきるのに時間と体力を消費してしまいます。あのまま梯子を渡り続けるより、下に降りて泥の中を走った方が早いと思ったからです」

予期せぬ返答に、すぐには言葉が出てこなかった。いつもなら構わず怒鳴り付けている局面であるが、今日は勝手が違った。

「先生」

そんな自分をアグネスが見返してくる。

「何だ」

「下に降りてはいけなかったのでしょうか」

「あ…」

当たり前だと言おうと思った。だが、タリウスが口を開きかけた瞬間、別の声に掻き消された。

「いいや、そんなことはない」

上官である。いつの間に演習場に降りてきたのか定かではないが、彼は自分と訓練生との間に涼しい顔で立っていた。

「出発点から目標地点まで最速で向かえというのが教官の指示だ。別段、すべての障害を越える必要はない」

上官の台詞にざわつく予科生達をタリウスが無言の圧で制する。

「君は思い込みにとらわれず、目前の課題に対し冷静に判断をした」

ゼインが訓練生を褒めることは稀である。特に、近年、彼が予科生を直接指導することはなく、叱ることすらも珍しかった。

「アグネス=ラサーク、よくやった」

ゼインの言葉に、その場にいた教官を含む全員がまるで凍りついたかのように動けなくなった。

「ありがとうございます!」

ただひとり、アグネスを除いては。
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