2011/7/31  7:49

しっぽ通信 Vol.52  しっぽ通信

緊急事態発生、緊急事態発生 救急車

私のところにギックリさんがやってきました。

朝、椅子に座りながら落ちた物を拾おうと手を伸ばしたら
腰にものすごい痛みが走り、そのまま前かがみに。
一瞬の出来事。

もしやこれが ギックリ腰 ってやつ 

ここから数日間におよぶ孤独な闘いが幕を開けたのでございます。

足を一歩出すと腰にものすごい痛み。
それでもこの日、やらなければいけない仕事があったので
無理して会社に行ったものの、
(よく歩いて出勤したな・・・と思います。)
椅子に座っているのも痛く、
歩こうと思っても足が前に出ない。
耐え切れず昼過ぎに早退。

タクシーで家に帰り、着替えて寝ようと思っても
腰が不安定で着替えをするのもキツイ。
何かに寄りかかっていないと腰が支えられない。
横になるのも起き上がるのも痛い。
動くと激痛が走るので、寝返りもうてない。
痛いなんてもんじゃなく骨折という2文字が頭をよぎりました。

こりゃダメだと思い、10年くらい通っているカイロプラクティックの
先生へ電話をして緊急事態を告げ、翌日行くことにしました。

明日起きて、もし腰が立たなかったらタクシーの配車を頼むか、
もし腰が立って歩けるようならあそこまで歩いてタクシーをひろって
あの辺りでおろしてもらえば歩けそうかな・・・
頭の中でいろんなことをシュミレーションしては不安になり。

こういう時、多少遠くても私の骨格を知り尽くした先生がいい、
信頼している先生がいい
一人でも信頼している人がいた方がいい
そう思いましたね。

翌朝、前かがみながら立って歩けたので
気合で歩き、タクシーをひろいました。

運転手さんに地図を見せ、
「この辺でおろしてください。」
と告げると車が動き出した反動で腰を支えきれず
背もたれの方ににドォ〜ンと倒れました ´Д` たはぁ〜、痛い
運転手さんは事情など知るはずもないから・・・許すぞ。

ようやく先生の所にたどり着き、
顔も体もトトロにそっくりな先生の顔を見た瞬間

これで治る、私は治るんだぁ〜 

と安心感でどっと疲れが。

「先生・・・腰がこんなに大事だとは思いませんでした。」

というと

先生「腰は大事ですよ。
   腰という漢字は“要”(かなめ)という字が入っているでしょ。
   体の要です。」

そいう言われてみれば ¬_¬ 納得
疲れきった私を見て先生はかなりウケていました。
笑うなトトロ、私は必死だったんだ。 @〜@ がるる

ちなみに・・・
患部を冷やすといいそうです。
氷などで少し冷やしてはずすと、冷やした所に周りから血が集まってきて
どうとか言っていました。

つねづね先生はスゴイと思っていましたが
2時間ほどの治療で歩いて帰れるまでになりました。

ただ・・・
持っていた傘を杖代わりにしてみたものの
傘の先を地面にコツンとつくだけで痛い。
後ろから風が吹いてくるだけで痛い。
大した風でもないのに押されて足腰がカクッとなりそう。
普通の歩幅と速度で歩くと腰が支えきれず転んでしまいそうで
ゆっくり歩いていたのですが、
横断歩道を時間内に渡りきれるかという不安も。

腰がダメだと大変です。

3日間仕事をお休みし、前かがみの生活を送り、
そろそろ一回行っとくかと出勤すると
頼んでおいた仕事はめちゃくちゃで大変なことに。
これ以上休むとさらに大変なことになると思い、
歩いても椅子に座っていても痛いけれど、その後は毎日出勤。
「頼んでおいたじゃん ムカッ
という怒りを原動力にその後は毎日仕事をやっつけております。

鈍い痛みが残るものの、一日一日快方に向かっております。

今まで腰痛に悩まされたこともなかったし
ギックリ腰なんて自分には無縁だと思っていたので
まさか私が  ◎o◎
とビックリしました。

考えてみると2足歩行をしている時点で腰には上半身がドンとのっかっていて
曲げたり伸ばしたりしているのですから、
普段から相当な負荷はかかっていますよ、そりゃね。

先日2度目のギックリ腰を体験した職場の男子は
シャワーを浴びていて排水溝のつまりが気になったので
手を伸ばしてゴミを取ろうとしたらギックリいっちゃったそうです。

ギックリ腰だというと皆決まって

「重たい物でも持っちゃったの

と言うのですが、重たい荷物を持ち上げなくても、
ほんの些細な、当たり前と思われる動きで突然なるんですよ。

皆さん、物を拾う時は膝をついて拾ってくださいませ。
子どもを抱きあげる時はしっかり腰をいれて持ち上げてください。
排水溝のつまりが気になっても・・・放っておいて大丈夫です。(笑)

人に支えられている

という以前に、人は腰に支えられているのだと実感。

泣く子のところには なまはげさん が
夜いつまでも寝ない子のところには ガォーさんがやって来ますが

腰を大事にしない子のところには ギックリさんがやってきます。

ギックリさんは、ある日突然、何の前ぶれもなくやってきます。
皆様のすぐ近くにもしのび寄っているかもしれませんので
くれぐれもご注意ください。

貴重な夏休みが腰痛治療で終わらないことを願いながら
体をいたわり、仕事にはげみたいと思っております。
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2011/7/18  11:12

そこに在ること  しっぽコラム/エッセイ

朝、四ツ谷駅前を通ると強烈な草の匂いが鼻をついた。
どこかで草刈りをしたのだろう。

バッサリとカットされ、そこから出た匂いの成分が
夏の強い日差しと気温の高さに触発され、晴れ
辺り一面にツ〜ンと鼻をつくような匂いを振りまいている。

ピュアで少しせつない朝の空気がその匂いに拍車をかけ胸をしめつける。
子どもの頃、原っぱで感じた匂い。
むせ返るような強い緑の匂いにキ〜ンと頭痛がしそうだ。@〜@

四ツ谷駅前は緑豊かな場所ではあるけれど、
この強い匂いがどこから匂ってくるのかがさっぱりわからない。
ただ間違いなく、彼らはそこに在る。
自分の存在を主張するかのような強い匂いがそうおしえていた。

仕事帰り、四ツ谷駅に着き、電車の扉が開くと 
ふわぁ〜っと草の匂いが漂う。
涼しい夜の風に朝とは違う穏やかな草原の匂い。

ビルに囲まれたジャングル、夕日
せわしない時が流れる大都会の中でホッとする瞬間。
彼らはいつもそこにいて、癒してくれる。


梅雨が明け、街中の紫陽花はくたびれて、茶色く変色し、
ピーク時の美しさはどこにもない。
その姿にはどこか
生きた証
のような美しさを感じるけれど、
今となっては彼らに目にとめる人はいない。

少し前まで彼らがそこで美しく咲き誇っていたことも
今彼らがそこに在ることも
そこを通る人たちの意識から消えてしまった。

1年が過ぎ、また新しい花が色をつける頃、ふと思い出す。
そこに彼らがいたことを。

1年間、目を向けられることもなくそこで生き続け
時が来たら、また美しい色で私たちを癒し、
時がたてば、忘れられていく、
その繰り返し。

ピークが過ぎれば記憶から消えていく。
流行、廃りの中で生きている人間の意識なんてそんなものだ。


仕事帰り、職場近くの診療所に寄った。
待合室に座ると、隣りに親子連れが座っていた。
3歳くらいの男の子。
軽いぜんそくのような咳をしている。
髪にはほんの少しの寝ぐせ。
お家で寝ていたのだろう。

お母さんはそっと抱き上げ、膝の上にのせると
小さな声で話しかけながら、彼の背中をゆっくりさすり始めた。

男の子はお母さんにもたれかかり、ぴったり体をくっつけ、
咳をしながら、私のことをジィ〜っと見つめている。
苦しいながらもお母さんという安心感の中にいるのだろう。
お母さんに身をあずける彼の姿を見ていればすぐわかる。

背中をさするお母さんの手と彼の服がこすれる音が
待合室に流れるオルゴールミュージックのテンポと
ミョ〜に合って、心地よく、
隣りに座る私も見知らぬお母さんに身をあずけたくなった。

名前が呼ばれお母さんの膝からおりた彼は
お腹をポリポリかきながら、ちょこちょこんと歩いて
診察室へと入っていた。

あの男の子にとって、お母さんがそこにいてくれることが大事なのだ。

見えなくても
当たり前と思われることでも、

在り続ける

そこに何か意味がありそうだ。
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タグ: 四谷 紫陽花 匂い

2011/7/10  21:54

於岩稲荷(田宮神社)  四谷

週末、用事を済ませた帰り道 須賀神社 へ立ち寄りました。

須賀神社は四谷の鎮守様なので年に数回はお参りをしています。

一年の半分を無事過ごせたことに感謝し
残りの半分を無事過ごせますようにと手を合わせ 拍手´_`

次に向かった先は・・・

須賀さんのすぐ近くには田宮さんがいらっしゃいます。

今回は田宮さんのお話。

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於岩稲荷田宮神社 

四谷といいますと、ふと頭に浮かぶのが 四谷怪談

あの「お岩さん」ゆかりの神社です。

小学生の頃、友人たちと調べ物に来た時、
「お岩ゆかりの地」と書かれた柱を見つけました。
「ゆかり」という意味がわかっていなかった私は家に帰り、

「あのねぇ、お岩さんてねぇ、ゆかりさんていう名前なんだって」

「ゆかり」というのはそういう意味じゃないと
母と祖母に完全否定されたのが昨日のことのようでございます。´_`
「ゆかり」が名前なら「お岩」は苗字かってな話になりますわね。

「四谷怪談」をドラマ、映画、舞台でやる時には出演者、スタッフが
無事の完成を祈りこの神社に参拝します。

閑静な住宅街にひっそりたたずむ小さな神社。
風が吹くと赤いのぼりの竹がしなり、
女性のすすり泣く声のように聞こえます。 ちょっとドキっとします。
昼も夜も人通りがほとんどなく、
ましてや夜は暗いのでかなり迫力がございます。

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しかし・・・
私は声を大にして言いたいのでございます。

四谷怪談は鶴屋南北が創作したお話。

四谷に住んでいたお岩さんは健気で
それは素晴らしい女性だったということを。

江戸時代初期、場所は四谷左門町。
お岩さんは徳川家の御家人・田宮又左衛門の娘で
夫の田宮伊右衛門とは仲のいい夫婦でした。

しかし台所はいつも火の車。
そこでお岩さんは家計を支えるため商家へ奉公に出ました。
彼女が田宮家の庭にあった屋敷社(やしきがみ)を信仰していたおかげもあってか
蓄えも増え田宮家は復活。

その話は江戸でも評判となり、近所の人たちもこの幸運にあやかろうと
「お岩稲荷」と呼んで信仰し、江戸でも人気を集めるようになりました。

お岩さんが亡くなって200年後、江戸時代後期。
いまだに根強い人気がある彼女に注目した歌舞伎の作者・鶴屋南北が
台本を書き始めました。
「お岩」という名前を使い、江戸で起こった様々な事件を盛り込んで
脚色して作ったお話、それが「四谷怪談」。

当時、武家の奥さんが奉公に出るなんて恥ずかしいことであったと
思われますが、お岩さんは家のために一生懸命働いたわけです。
嫁は働き者が一番!!

そりゃ怪談話は刺激的で面白いですから、
その作品がひとり歩きして現在にいたっておりますが、
実在のお岩さんは怨念なんて言葉は似合わない素晴らしい女性だったのです。

この神社はとっても良心的でして、
何が良心的かって、お賽銭箱の下にいろんな物が置いてありましてね、

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お願い事がある人はこの紙に書いてお賽銭箱に入れておくと
ご祈祷してくれたり、

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お言葉が書かれた紙が置いてあって
今自分の気持ちに一番合う言葉を選んで持ち帰ることができます。
すごくいい言葉が書かれているんです。
これはお守りなのでお財布に入れたりして身につけておくと
いいそうです。

このお言葉にはすごく不思議なことがございまして・・・

ある日のこと、仕事でそりゃ腹の立つことがあり、`へ´
気を静めるためにもと参拝をしました。
重なったお札から1枚だけピロっと飛び出しているものがあったんです。
それを取ると

とらわれず こだわらず さからわず

という言葉が書かれていました。
「おぉぉ〜、おっしゃる通り」
と納得しながらも
試しに他のお札を見てみたけれど心にしっくりくるものがありません。

別の日、「もう少し自分の感性を磨かねば」なんて思っていたら
一番上に置いてあったお札に

すぐれた人間へ 力と勇気と信念と

という言葉が書かれていました。
またまた「おぉぉ〜」と納得しながらも
試しに他のお札を見てみたけれど心にしっくりくるものがありません。

もしやこの神社は次に誰が参拝に来るかわかっているのではないか
そう思うようになりました。

今回は「自分というものをしっかり持って精神的にもちゃんとせねば」
なんて思っていたら

自己の魂をしっかりつかみ磨いていく

という言葉が出ました、
試しに他のお札を見てみたけれど心にしっくりくるものがありません。

いつ行ってもその時、その人の心に合った言葉を用意して待っていてくれるんです。

信じるか信じないかはあなた次第です・・・No.1!
ってな感じでしょうか。

素晴らしき女性、お岩さんは四谷の誇りなのでございます。
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