『カラバッジョ 灼熱の生涯』 デズモンド・スアード著(白水社)
カラバッジオはバロックの巨匠といわれている。
しかし本当の姿はもっと世俗的な男だったらしい。ルネサンスの絵画を思いっきり「地上」に下ろしてしまった革命的な画家である。
カラバッジオはよく男色家とか人殺しとか言われるが、この本はそんなセンセイショナルな言葉に惑わされずに、事実を追求した上でなるべく面白く書きたいという著者の思いがよく伝わってくる。何が本当で何が風評だったのだろうか、と。だからあまりハッタリは無いし、かといって退屈でもない。なかなか良い出来の本だと思った。
カラバッジオの絵はリアリズムである。
彼はどうも絵空事を描くのが好きではなかったようだ。自分でも「絵画とはいかに現実を写し取るかということだ」というようなことを言っている。
にもかかわらず面白いことに題材はほとんどが聖書物語やギリシャ神話という、ま、「絵空事」を描いているのである。その当時の「絵画における現実」とはそれ以外にはなかったのである。
しかし彼の絵からはリアリズムしか感じられない。
だからからか、あまり中空に浮かんでいる天使がいない。他の画家が好んで宙に浮いたような形でキリストやマリアを描いているがカラバッジオはそう描かない。彼の人物はいかにも体重が感じられて宙に浮くには重すぎるのだ。その意味でも彼の描く人物はリアリズムなのだ。
驚いたことに彼はその「リアリズム」を自分の体験として描いたようなのだ。これにはちょっと説明を要する。
彼は激情型の人だった。語呂合わせではないが劇場型でもある。
彼の日常は波乱にとんだものだった。というよりも自分からそう仕向けて生きていった。
いつも周りとの軋轢を絶やさなかった。なぜかそうやっていつも回りといざこざを作り出していく。日常的に剣を携えて歩き人を襲ったり襲われたりしていたのだ。まるでゴロツキのように過ごしていく。
その頃巷では決闘が日常的に行われていたという。彼はそういうことをしたかどで何回も牢獄につながれている。2年間に11回も囚われたこともある。彼の精神は絵を描くことでその無謀な生き方と釣り合いを保っていたらしい。
巨匠といわれる画家にはどうも変人が多いが、彼のようにいつも喧嘩や決闘騒ぎを起こして歩き、それと同時にあの敬虔な絵画を描くという画家も珍しい。今のわれわれには曲芸まがいとしか言えない。
その中であのようなリアリズム絵画が生まれたのだろうか。いつも彼の絵は「夜の絵」だ。そしてそこに明るい光が当たり、あの「カラバッジオイズム」の絵画が生まれたのだろうか。それはまるで劇場で見る光景のようだ。
この強い光と暗闇という絵柄はたくさんの追随者をつくった。それほど彼の絵は見るものに訴える力を持っていた。過剰なほどに。
そうなのである。彼の絵は過剰なのだ、すべてが。表情といい光といい影といい構図といい、まるで現実を切り取ってそこに置いたような絵なのだ。
彼は予め構図を作ることをしないのだろう。思うままに「現実」を作って切り取っていくのだ。彼の絵の劇的な場面は、それは彼にとっては現実の姿そのものだったのかもしれない。
カラバッジオの絵を写実的という人もいるがそれは違う。彼の絵はリアリズムなのだ。写実にドラマはない。機械的に現実を写しとったような写実は彼には描けない。彼の生き様はいつもドラマチックなものを求めているからだ。
だからそれはリアリズムでなければならない。したがって彼の絵はまるで芝居の一場面のように描かれる。あたかもそこには生身の人間がいるようである。
だから悪くするとカラバッジオの絵は精神性の欠如した、看板絵のように見える時さえあるのである。
かしこまった美しさや思わせぶりな精神性などクソ食らえといった開き直りが感じられる。
それにしても放浪と逃亡の中でいつ彼はあのようにたくさんの絵を描けたのだろう。アトリエで十分な時間を与えられて描いたという生活ではなかった。しかもそんな生活では弟子や工房という手助けは無かったに違いないのだ。要するに彼の絵は端から端まですべて一人で描いたということなのだ。
そうであればこれは驚くべきことではないだろうか。たった39年の生涯であれだけの作品を残すとなるといったいどんな早描きをしたのだろう。
しかもその画法はバロック絵画のさきがけといわれるほどの衝撃を与え、追従者を多く出した。彼に影響された絵はその後数多く描かれた。劇場型の絵画がここから生まれたのである。
ついに彼は殺人のかど(少なくとも二人は殺したらしい)で刺客に追われる身となり逃亡先で客死したのだが、その間にもいくつかの絵をものにしたという。トンデモなやつだったのだ。
こういう目で彼の絵を見るとまた違った感慨があると思う。

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