『翼の凱歌』 1942年東宝
後援: 陸軍航空本部・航空局
監督: 山本薩夫
脚本: 外山凡平・黒澤明
撮影: 完倉泰一
特殊撮影: 円谷英二
音楽: 服部良一
助監督: 谷口千吉
大川雄吉:岡譲二(少年期):杉裕之
大川喬:月田一郎(少年期):杉幸彦
大川伸子:入江たか子
河津清三郎 大川平八郎 清川荘司 清水将夫 進藤英太郎 花井蘭子
戦意高揚映画なのだが、戦闘場面は最後の数分だけ。ほとんどが母の面影に生きる、航空兵の兄弟の葛藤と、長々と映される訓練飛行の風景である。これは航空オタク映画なのだ。
だから敢えて戦意高揚というよりも日本の航空機ハヤブサを設計し運転した者たちのすばらしさを描いた映画なのである。だから軍国主義の嫌なところがまったくないのである。
あるのは兄弟のお互いの軋轢と、母を思う心の迷いなのだ。日本人はこういうちょっとした不幸があればこそ己を殺して誰かのために生きたい(死にたい)と思う民族らしい。
この国はそれをうまく利用してきたのだ。戦意高揚にもこういう手があったか、とかえって感心してしまうのだ。
実はこの二人の青年は本当の兄弟ではない。冒頭に水上機で崖に突っ込んで死亡する二人の男が写されるが、この一方の男の妻が、同乗していた男の子供を引き取って自分の子同様にして育て上げた青年なのだ。歳を経てその事実を知ったという翳りのある兄弟が「母」を慕い、航空機に憧れて、晴れて陸軍の航空機に乗り込む兵士となる。
そこでハヤブサという秀逸な飛行機に出会いお互いに切磋琢磨してこの飛行機をより高い性能のものにするという、「戦争の舞台裏」での国策映画だ。
兄の岡譲二が母を思い弟を思って成長する、が、母は病で死んでしまう。兄弟は母の遺志を継いで立派な航空兵になろうとしていた。
ところが弟がハヤブサの飛行訓練中に着陸に失敗して大けがを負ってしまう。弟の腕を考えるとなにか機体に不信があるが、それを当の弟も兄も決して口にしない。何事も他人のせいにしないという潔癖な軍人というタテマエだ。
兄は上層部には弟の失敗であると報告し、弟は怪我が癒えたら再び自分が操縦するというが、まさにこういう、物事をはっきりさせずに個人の責任に帰するところがいかにも日本人の性向なのだ。そしてそれが潔しという倫理観なのである。今でもそうでしょ?オリンピックなどを見てもね。
この一件に関しては、歯切れの良い決断をもって銃後のハヤブサ設計士たちを護り、間違いは己にあると兄は宣言し、弟の回復を待つまでもなく自らがハヤブサの訓練飛行を行うのだった。
そして結果はいかなることに、というスリルである。ところがやはり着陸態勢にはいると機体は自由が利かなくなって林に墜落してしまう。陸上でどうなることかと見ていた男たちが一斉に駆け寄っていく。このシーンはうまい。十分に時間をかけているために今起こっている深刻な事態と「男の友情」を見事に現わしているのだ。
だが彼は無傷で生還した。誤りはやはり機体の整備不良だった。確信を持ってそれを報告し、弟に落ち度はなかったことを証明したのだ。
周りをかばい己に厳しくということがこの映画の目的だったらしい。
日本ではこれが戦意高揚になるのであるが、もちろん山本薩夫としては含むところがあっただろう。けっこう母もの映画としてもよくできている。この時期にしてこの映画、ちょっとした驚きだ。
とにかく脚本に黒澤明、助監督に谷口仟吉と、すごいメンバーがいるもの。
この二人がタッグを組んだこれまたスゴイ映画が『銀嶺の果て』というやつだ。

0