15日を過ぎて、幾分落ち着いてきて、胸の痛みも傷む箇所もはっきりとしてきた。
実は二月の初めに肋骨を骨折してしまったのだ。以下その始末。
この日は篠ノ井線で松本から長野へ出る。駅まで従姉のH子ちゃんの車で送られたが、そろそろ彼女も車には見切りを付けたほうが良いなと感じたのは、しゃべりながら運転していると信号を見落としたり、突然道を替えたりするのだ。危ないことだ。(お互いに)もう年なのである。
長野には行くたびに外国人が増えているのを見る。妙高行きの列車にもスキーやボードを担いだ大柄の白人が多くいた。外にはチャリンコを輪行してきた白人が二名いて話しかけると嬉しそうに手を振って走り去っていった。
妙高高原駅にはSさんが迎えに来てくれていた。連山荘で一服して池の平ゲレンデに行くとレストハウスにNさんと、その友人のOさんという同い年の多摩美出身の人がいた。この人もゆったりとして落ち着いた人でいい感じだ。ぼくをマトモな人と見破ったのだから良い人である。他人の性急な話もじっと聞ける人で話し相手としては申し分ない人だ。Nさんは相変わらず迷いなく自分を通す人で、黙ってすべきことをしている。
落ち着きに欠くというところではやはりぼくが一番である。
ゲレンデに入って三人で二回ほど滑ったあと、ぼくはなんだか滑り方を忘れちまったような感触におそわれた。なんだかうまく滑れないのである。だがぼくは性急にも、あとは上に行きたいと言ってNさんと二人リフトで上に上がった。天気がよくまったく降雪の気配はなく、圧雪された雪の面は堅かった。ちょっと期待外れだ。ボコボコの端を滑っても表面が溶けていて滑りにくかった。
そしてコースは霧が覆いつくしてほとんど視界がない。それで急なコースをやみくもに回転しようとしてエッジが引っかかって転んだ。その時にストックの握りが胸に挟まって、ミシッといって骨折痛が走った。ああやっちまったと思う間もなく激痛が襲ってきて胸が苦しくなり息がつまってしまった。
これは大変なことになったと感じた。すぐに肋骨の骨折を確信した。へたをすると二カ所、それも完全に折れてしまっていると思われた。震えがきて腕に力が入らない。ああこれまでか、と救急隊の人をNさんに頼んだ。
彼はすぐ上からくるスキーヤーをつかまえて、レスキューの人を頼むと言ってくれたが、今居るこの地点をうまく伝えられないので困った。するとさらに上から来た人が、このゲレンデの通だったのでその人に頼んで連絡してもらう。
スノーバイクがライトをつけて上がってくるのを見つけてほっとした。そのバイクでぼくは下まで運ばれていったのだが、彼の親切丁寧なこと、最近の若者はこうも礼儀正しいと感心する。ゆっくりゆっくりと降りてくれたので肋骨の痛みもなくレストハウスの所に着く。と同時に救急車が到着してぼくはその車の中に入った。救急車は二度目だろうか、かつて滋賀県の朽木村で大腿二頭筋を断裂した時を思い出す。
まだアドレナリンが出ていて痛みはそれほど感じなかったし、傷みどころをなでられてもあまり痛くはない。それでレントゲンを撮り画像を見て彼らは首をかしげているふうなのでどうしたかと思うとどうも骨折はないようですと言う。そんなはずはないとぼくは考えた。症状がそう言っているからだ。だが確かにはっきりした骨折線が見えないのだ。ぼくはおかしいと思う一方でホッとした。これでもう肺に損傷が及ぶことはないのだと。レントゲン写真の骨はきれいに揃っている。しかし骨の中の縦に見える影はなんだ?と思った。そして、骨折にズレが生じていなければこのゴルゴルッという音は何なんだろうか。骨のこすれる音と思っていたがそうではないらしいが、それでは軟部組織の断裂の部分の音なのか?
圧痛は打撃のあった第5肋骨の軟骨に近い部分とわきの下に一点はっきりした圧痛のあるのが判る。ここにも不全骨折があるに違いないのだ。
とにかく医者は痛み止めを出しときましょうと言った。
ぼくとしてもそれに同意するし傷みさえ減じれば何もすることはないと思った。
ところが連山荘に戻ってもその痛みは変わらずかえって緊張が取れただけ痛みは大きくなった感がある。そして三人揃ってSさんと話をしながら買ってきた食料を食いコーヒーを作った。こうして話しているうちはまったく苦痛はないのだが、いざ動いたり咳をしたり鼻をかんだりするときにやはり肋骨が耐えがたく痛いのをぼくは不審に感じたのである。
小さな咳ができることや、コホンという咳払いがどれほど気管の入り口を掃除してくれていたかを痛感した。これができないので気道の中で痰がごろごろというのである。うっかりすると吸気時にその痰がストンと気管の中にはいって行きそうになるのだった。これはやばい、70歳男性肺炎で入院。
ともあれ二人は再び午後にゲレンデへ行った。ぼくは一人で加川良の未だ聴いたことがない曲を見つけて聴きながら薪ストーブの前に座っていた。こういう時間も良いなあと思いながら。

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