『銀嶺の果て』 1947年東宝
監督:谷口千吉
原作、脚本:黒澤明
撮影:瀬川順一
音楽:伊福部昭
美術:川島泰三
江島:三船敏郎 野尻 : 志村喬 高杉:小杉義男 本田:河野秋武 春坊:若山セツ子 スキー小屋の爺:高堂国典 署長:深見泰三
日本初の気合の入った山岳映画じゃなかろうか。雪山での撮影はかなりのもので、今でもこれを撮るのは難しいかもしれない。当時の重い撮影機器を深い雪の中に設定するのはどれだけ大変なことかと思う。(この前、尾道の映画資料館に行って撮影機の実物を見た。正に鉄の塊なのだ。)
主役は志村喬であって三船敏郎はただの非人間的な悪い奴、という設定なのだ。そして型通りの悪人として死んでしまう。また三船の演技もただの不機嫌な怒鳴り散らすばかりの素人芝居なのである。しかしこの俳優は存在感はピカイチで黒沢がのちに彼を使って名作を作ったことによって稀有な国際俳優となったのだ。
銀行の強奪犯人が三人、北アルプス山中に逃げ込んだという設定である。
山麓にある鹿の湯という旅館に身を隠したがそこは警察の知るところとなり、彼らは山中に逃げていく。森林小屋を見つけてそこでひと夜を明かした彼らは金を山分けしてそれからは個人行動に移ることにした。
翌日、遅れた一人の男(小杉義男)が追っ手に向かい拳銃を撃ったことによって雪崩が発生して彼はその犠牲になる。ここからはまさに深い雪の中での迫真の撮影になる。残った二人、三船敏郎と志村喬は新雪をかき分けながら逃避行を続けるが、ふと一本のスキーが通った跡を見つけるのだ。この跡をたどれば山小屋に出ると確信した二人はそれに従って登っていくと、一軒の山小屋を発見する。
寒さの中を這いあがってきた彼らには一筋の明かりだが、不安でもある。しかしその山小屋の娘(若山セツ子)が二人を見つけてヤッホーっと叫んだので、その明るい声に惹かれて彼らはその山小屋に逗留した。この娘は人を疑うことを知らないような生娘なのだった。
そこには娘のほか小屋の主の老人(高堂国典)と、雪崩で足止めを食らった一人の心優しい山男(河野秋武)がいた。
若い三船はここでの接待に感謝するでもなく、捕まる不安からかいつも不機嫌でしかも横暴な態度で怒鳴り散らすばかりだ。そしてついに外で一人山の景色を眺めていた河野に拳銃をちらつかせて峠越えの先導をするよう強制するのだ。
次の朝早くまだ皆が眠っているうちに彼ら二人は河野を先導役にして山に入って行った。河野はこうなれば一蓮托生ですねと言いながら三人にザイルをつなげた。
初めに志村が滑落したがザイルによって引き上げられた。二度目はもう峠に差し掛かる岩場で二人が落ちた。今度も河野のザイルさばきによって二人が助かったが、当の河野の腕は二人の重みでザイルに巻かれて折れてしまう。彼は意識もうろうとして二人を救った。
しかし三船はもうこの先はこいつを置いてさっさと行こう、とザイルを外し、そして河野のザイルまで奪おうとする。だが、年長の志村は二度までも命を救ってくれた河野をこのままおいていく気にはなれなかった。
仲間割れした二人は取っ組み合いになるのだが、そのとき足元の雪庇が崩れて二人はがけ下に転落する。しかしまだザイルの繋がっていた志村はとっさの河野の判断によって確保されてまた命を救われたのだ。しかし骨折の上に拳銃によって負傷した河野はもう動くことはできなかった。三船は死に、生き残った二人もこのままでは、やはり命はないところまで来たのだ。
そこで志村が決断したことは河野に教えられて彼をザイルで背負い下降のやり方を教えられるままに実行することだった。
下山した志村はかけつけた警察に投降して山を後にする列車の人となる。彼は窓から山を見たいといって手錠のまま曇った窓のしずくをぬぐうとそこに雄大な北アルプスの峰々がそびえていたのだった。
岩と氷の斜面をザイルひとつでつながった三人のアクションはすごい迫力である。このシーンを今再現する技術と度量が映画界にあるだろうかと思ってしまう。
そしてこのドラマには音楽が重要な役を果たしているのだ。小屋の娘がいつも聞いていたクラシックを口ずさむが、これに呼応するように志村がその心根にほだされていくようにして柔和な顔つきになる。それはあの『生きる』において志村が一人公園で雪降るブランコに揺られながら歌う「恋せよ乙女」をほうふつとさせるのだ。黒沢の一貫した趣味である。
またこれが初出演の三船の演技だが、不機嫌な野獣のような男、という設定も後の『白痴』での赤間にそっくりだ。しかしその演技の上達には目をみはるものがある。
若山セツ子もまだふっくらとした少女である。
志村と三船の共演もこの作品から始まったのだ。谷口千吉監督デビュー作、すべてが初めて尽くしの映画である。
テレビの懐かしの映画、寅さんばかりじゃなくこういう骨太な映画をやってほしい。運よく「山の日」にちなんで映画専門チャネルでやっと観れたのでした。

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