『野獣死すべし』 1959年東宝
監督 須川栄三
脚色 白坂依志夫
原作 大藪春彦
撮影 小泉福造
美術 浜上兵衛
音楽 黛敏郎
伊達邦彦:仲代達矢 真杉刑事:小泉博 桑島刑事:東野英治郎 岡田刑事:瀬良明 杉村教授:中村伸郎 楠見妙子:団令子 辻:白坂依志夫 峯洋子:白川由美 手塚:武内亨 演説の学生:桐野洋雄 記者遠藤:滝田裕介 アパートの管理人:谷晃 花売りの老婆:三好栄子
現代版の机竜之介を目指した映画である。
人の狂気というものが本来的に持っている生得的なものか、後天的な事情で起こるものかという問いを含んでいる。
優秀な学生である伊達が同時に狂気にあふれた存在であるということを描くにあたって、狂気というものが日常のだれにでもある些細な出来事に現れるという恐怖感をうまく出している。
バーの片隅で花売りの老婆を愚弄し醜態を演じさせる場面の恐ろしさは見るに忍びないほど現実感があふれている。こういう場面こそこの男の狂気の在りどころをよく現わしている。だれもが想像できる範囲での、「普通」とは違った位相での狂気なのだ。
それこそが普通の人間にとっての計り知れない心のズレなのだ。つまりそれは病的ではなく、そうだとすればそれは社会的な病理なのだ。
いうなれば人間の生理としての狂気であり想像ができる範囲での病理なのだ。だから病的な状態としてこの男の行為を判断することができない。ハッキリとした目的意識の行為なのだ。
しかしこのバーでの花売り老女を多くの客の面前で愚弄したことが、彼の犯罪の失策であった。しかしそうだと分かっていても彼はやっただろう、そういう男なのだ。
なかなかの力作であり、当時としては出色の映画だと思う。
恩師を殺し、母校の金を盗み、最後はまんまと飛行機で日本を脱出していく男である。まったく観客に迎合することのない、自信に満ちた映画なのだ。
『野獣死すべし』 1980年角川・東映
監督: 村川透
原作: 大藪春彦」
脚本: 丸山昇一
撮影: 仙元誠三
音楽: たかしまあきひこ
出演: 松田優作:伊達邦彦 小林麻美:華田令子 室田日出男:柏木秀行 根岸季衣:原雪絵 風間杜夫:乃木 岩城滉一:結城 泉谷しげる:小林 前野曜子:沙羅 佐藤慶:遠藤 青木義朗:岡田 鹿賀丈史:真田徹夫
同じ原作とは思えないほど違う映画になっている。逆にそれで成功した映画ともいえる。確かにインパクトと美しさではこの方が上かもしれない。しかしハードボイルドという映画としては仲代のほうが当たっている。
こっちはベトナムの戦争後遺症としての心的病態の人間を描いているからだ。その謎を最後の洞穴で言ってしまったことで、この映画のスタイルがガラリを変わってしまった。俗っぽくなってしまったのだ。それまでの洒落た、どこか捉えどころのない男というイメージがすっかり消えてしまったのだ。なんだい、ただの戦争後遺症患者かよ、という具合にである。
つまり哲学書を読みいつも静かなたたずまいを旨としている男という意味がなくなってしまったのだ。単なる添え物としてのクラシック音楽鑑賞になってしまったのだ。なぜあの理由なき犯罪の根源を人間の深淵ととらえずに、病気だったなどという浅ましい結末にしてしまったのだろうか。
これでは「大菩薩」の机竜之介をこえることはできない。もちろんこの映画の前作(仲代達矢主演)をも越えられないだろう。
もちろん超える必要などない。これはまったく違う映画なのだから。

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