『東京行進曲』 1929年日活太秦(サイレント)
監督:溝口健二
脚色:木村千疋男
原作:菊池寛
道代(折枝):夏川静江
藤本良樹:一木礼三 藤本の父:高木永二 佐久間雄吉:小杉勇 澄江(るり子):滝花久子 ピアニスト山野:神田俊二
東京行進曲の歌詞に乗って(といっても無声なので歌詞が示されるだけだが、当時はこの歌詞を見るだけで歌が聞こえてくるのだ)東京の街が映し出される。
家族のために芸妓にならざるを得なくなった道代は茶屋の評判娘。ある日高台にあるテニスコートで金持ちの男女がテニスをしていると、ボールが下にある貧しい家々の前に落ちてしまう。そこから出てきた娘が芸妓の道代である。一目見てテニスの男性二人は彼女に惚れてしまう。頭を撫でつけたこの男二人の気味悪さは相当なものだが、映画ではまっとうな男たちとして描かれている。
あるときこの男たちがカフェで飲んでいると、そこに偶然にも道代が勤めていることを知って、二人は恋の競争をすることになる。
それとは別に、この片方の男の父が道代を妾にしようと金をちらつかせて迫るが道代は逃げて帰ってしまう。そのとき道代が置き忘れた指輪を見てこのおじさんが愕然とする。それは亡き妻の指輪だったのだ。ということはこの芸妓は実の娘?と愕然としたのだ。
それは息子がこの娘と兄妹であることを示す。しかし息子がこの娘に惚れて結婚したいと言い出したので困った。そしてついに事実を打ち明ける。
けっきょく息子は道代を恋敵である友人に譲り、自分は海外に出ていくことにした。
何ともあっけないストーリーだが、これが当時のデモクラシーの盛り上がりのなかで作られたことを考えると、まんざら捨て去るわけにもいかないのだ。階層社会に対しての異議申し立てになるような映画なのである。
『マリアのお雪』 1935年松竹キネマ
監督:溝口健二
原作:川口松太郎(舞台劇・乗合馬車)|脚本:高島達之助|撮影:三木稔|
山田五十鈴 お雪|原駒子 おきん|夏川大二郎 官軍・朝倉晋吾|中野英治 佐土原健介|歌川絹枝 通子|大泉慶治 おちえ|根岸東一郎 権田惣兵衛|滝沢静子 お勢|小泉嘉輔 儀助|鳥居正 官軍大佐
時は西南戦争のころ、芸者風情の女二人(姉さんのお雪・山田五十鈴とおきん・原駒子)が戦場になってしまった店から食料を持って逃げる。
官軍に占拠された町から馬車で逃げるがついに馬車が壊れてしまって官軍の一隊につかまってしまう。
馬車には芸者二人と貧乏人の馬丁、お高くとまった士族たちとがいた。馬車のなかで芸者のお雪とおきんは士族たちに露骨に差別扱いされる身分だったが、食うものがなくて困っていた士族たちにお雪は持ってきた食料を与えてしまう。
それだけでなく、士族のおぼこが将校にちょっと来いと呼ばれた時にも、彼女をかばって二人の芸者が身代わりになろうとするのだった。身の安泰を図るために士族の男たちは自分可愛さで娘を差し出そうとする、その理不尽に我慢がならなかったのである。きっぷのいい人情者の彼女らに比べ、なんと情けない男たちだろうか。
しかしこの官軍将校はなかなかの男気のあるやつで、彼女たちに無頼をはたらくでもない。二人は士族たちの人非人ぶりを経験したあとだけに、この男の人柄に惚れてしまうのだった。
再び進軍ラッパが鳴り官軍の一隊が出ていき、解放されたかれらは士族の迎えの船が出る船着き場にたどり着くが、なんということか士族たちはそれまでの恩を忘れて自分たちだけが乗船し彼女たち二人の芸者を置き去りにしてしまうのだった。
二人は戦火で荒れ果てたもとの店に帰っていくしかなかった。
ところがその店に、戦場で傷ついたかの将校が追っ手を逃れて隠れていたのだ。彼女たちはいったんはその将校を巡って、嫉妬心からいがみ合うが、同じ男に惚れた縁ということで二人して彼を船で沖に逃がすのだった。
とにかくきっぷのいい二人の女と、救いようのない士族たちの姿を極端に描いている。よほど溝口は士族とか男たちに恨みがあったようである。相変わらず男たちの影は薄く女たちが光った映画だ。
18歳の山田五十鈴とべらんめえ調の原駒子が鮮烈な女気を演じている。

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