『朝(あした)の並木道>』 1936年PCL
監督 脚本 成瀬巳喜男
音楽 伊藤昇
撮影 鈴木博
千代:千葉早智子 小川:大川平八郎 久子(店での呼び名・茂代):赤木蘭子 マダム:清川玉枝
伊達里子、三島雅夫、御橋公、 山口ミサヲ、清川虹子、夏目初子、佐伯秀男
田舎から東京に出てきた娘の不安が、それとなく夢になって現れたという、成瀬作品においては破格な映画である。つまりドラマらしいドラマが語られているのだ。
しかし成瀬という人は小津のようには踏み外すことはない。どんなものを撮ってもやはりそれは成瀬然としている。
小品というにふさわしい、ある女の人生の一瞬のエピソードを切り取ったという感じだ。
田舎の生活にはうんざりした若い女(千代)が、心配そうな両親を後にして東京行くわと言って出ていく。東京で何とかやっているという知り合いの女性に会いに行くと、そこはカフェだった。そして彼女はカフェの女給だったのである。東京に仕事なんてありはしなかったのだ。この店に来る客たちの世界を垣間見ていると、千代は東京という都会に何か恐ろしさを感じるのだった。
カフェの女給たちの雑魚寝状態の住まいを宿にして暮らしながら千代は職を探すことになる。しかしなかなか仕事は見つからない。ある日カフェに来て酔っぱらった青年の介抱をすると、この人はほかの客とは一味違う清潔さを持っていた。そしてお茶を飲んだり職の世話を頼んだりして、青年と親しくなっていく。
しかし仕事は決まらず、彼女は結局この店で女給をすることになる。青年は彼女に会いに足しげく通ってくるうちに親しみは一層増してくる。ある晩一緒に店で酒を飲んでいると、楽しくてつい飲み過ぎてしまった。
ここで突然この二人は車中の人になり、しかも恋人同士として旅をしている場面になる。ついに二人はそんな仲になったというわけである。
しかし彼はどうにも落ち着かない様子。車内でも宿でもまわりを気にしてばかり。すると警察官がこの青年を追っていることが示される。彼は会社の金を横領してお尋ね者になっていたのだ。
彼は汽車を降り、車を捨ててついに彼女を引っ張って山に逃げはじめるのである。そしてぼくは君と心中するために来たのだというではないか。
彼女は、私は死にたくないというが彼はそれを許さない。警察はついに山に入って追いかけてくる。
そこで、目が覚めるのだ。
彼女は飲み過ぎて酔っ払い、宿舎で寝ていたのである。なんだい、こんな小細工をするなんて、らしくない!とぼくは思った。
ところが翌朝になると、その青年が別れの挨拶に来る。彼は出張で遠くへ行く別れを言いに来たのだ。どうにも白々しい感じで、これでお別れですと言い、出張は栄転なんですともいう。ここが何ともわざとらしい言葉なのだ。そして出張先の住所を紙に書いて彼女に渡す。
ここがサイコなのだ。彼の言うことは本当なのだろうか、そして別れがなぜこれほどたどたどしいのだろうか。しかし彼女にはどこかピンとくるものがあったらしい。あの夢のせいなのかどうか、それが何かはわからないし、成瀬もはっきりと表わさないのだ。
彼と出会った橋のたもとで、彼女は手渡された紙を静かに流れに投じるのだ。終幕は決して暗くはなく、かえって明るい色調で撮っている。
やはり彼女は田舎の素朴な生活に帰ることだろう。
同郷の茂ちゃんも小川という男も、都会の生活は寂しいと言っていたことを思い出せば、都会のやるせなさを感じて、精神的に疲れた男女を描いたということでもある。
でも妙な映画である。

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