『その夜の妻』1930年松竹蒲田
小津安二郎 監督
野田高梧 脚本
茂原英雄 撮影
岡田時彦、八雲恵美子、市村美津子、山本冬郷、斉藤達雄、笠智衆
初期の小津はアメリカ映画の影響でこんなものを作っていた。
子供の医者代を稼げず拳銃強盗をして警官に追われる。ビルの陰に隠れて身を隠す逃走場面が長い。妻は子供の看病をし医者は今晩が峠だというが、子供は泣き叫んだりしてどうも重病には見えないのがミスである。妙に甘やかしなのである。
逃走中に医者に電話をしてわが子の様態を訊ねたりするが、これも非現実である。
タクシーで家に戻ったが、妻は勘づいて夫が泥棒をしたことを知る。ところがその運転手が刑事だった。しかも家に入ってしばらくして部屋に入ってくるなど全くリアリティがない。
またその刑事が情にほだされて朝まで逮捕しなかったり、タヌキ寝入りをして犯人を逃亡させようとしたり、ありえないことばかりで興ざめだ。
結局朝になって娘の様態も落ち着き、逃亡もあきらめて刑事とともに警察へ出頭するのだった。
まったく雑な展開である。こんな脚本を野田が書いたのかと、唖然とした。タイトルの『その夜の妻』というのもいただけない。すべてがよくない。
『風の中の雌鶏』1948年松竹
小津安二郎 脚本、監督
斉藤良輔 脚本
田中絹代、佐野周二、三宅邦子、笠智衆、村田知栄子、坂本武
小津にしては珍しいお涙ちょうだい映画。これでもかという女の不幸と忍耐だが、これを小津が作ると何か絵になるから不思議だ。
戦争に行った夫を待つ妻と子供。貧しさのために着物を売って生活の糧にしている。そんな時に子供が腸カタルを起こして入院することになった。
もう当てのない彼女はついに知り合いの女を通じて身を売って金の算段をする。しかし子供の病気は回復し日常に戻った嬉しさに加えて、夫が元気で復員してきた。
これで一家は幸せになるはずだった。
喜びの夜、夫が妻をねぎらって苦労しただろう留守の間のことを話題にする。子供が病気をしたのよと言ったついでに、入院までしたことを話すと夫は、その金はどうしたのかと問う。
借りたの、だれに?とここまで言った妻は口ごもってしまう。
その不自然さを見てとった夫が、誰に借りたんだ、言えないのか、言えないような金なのかとしつこく問い詰めるのだ。ここにおいてナイスガイの佐野周二が豹変する。
身を売るということが必要以上に不道徳と思われていた時代の、いやな男の典型になってしまうのだ。
その後は「苦しむ夫」と「まちがいをおかした妻」というなんだかアナクロニズムな関係を描くのだが、これはぼくにとっては心外である。
小津がこんなありきたりの構図を描くということがだ。あくまでも女の過ちで、ついには男が暴力をふるってしまい、なんと女は階段から突き落とされてしまうのだ。
びっこをひきひきやはり謝るのは女というのでは、当時でさえとんでもない女性軽視の映画と映っただろう。
とにかく失敗作である。

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