『ノックは無用』 1952年アメリカ
ロイ・ベイカー監督
マリリン・モンロー、リチャード・ウィドマーク
マリリン・モンロー主演でタイトルが『ノックは無用』とくれば誰もがある情景を思い描くに違いない。男と女の愛の駆け引きである。
ところがこの映画、まったくそんな映画じゃなかった。びっくりした。サイコミステリーだったのだ。だいたいモンローが精神を病んだ陰気な若い女を演じていたなんてことは全く知らなかった。とにかくモンローがいちども笑顔を見せない映画なのだった。
彼女あんがいと演技派なのだったということを初めて知った。
あるホテルが舞台。女にふられた男が軽い気持ちで向かいに部屋をとっている美人に声をかけると、何とも意外にもOKの返事。男は浮気心を刺激されてその女の部屋に行く。うまい具合にことは進むがどうもこの女の仕草がおかしいのだ。自分を過去の恋人だと思っているらしいのだ。はじめはこれは都合がいいと思っていたがその女の真剣さがだんだん不気味に感じてくる。
実はこの女は雇われて子守をしている最中なのだった。その子供に対する女の冷たさが怖ろしい雰囲気を増長する。気付くと女の手首には剃刀の痕。男はこれはまずいことになりそうだと部屋を出ていこうとするが、運悪くそこに子守の様子を見に、女の伯父が来てしまう。あわてて隠れる男。
女の病気を知っていて仕事を勧めた伯父は、部屋のありさまを見て精神異常が再発したと気付く。そして部屋を家探ししようとする。女は隠れている男のドアを開けようとする伯父の頭に一発くらわせてしまう。そのうち子供が泣き出し、女はその子を縛ってさるぐつわをしてしまう。
恐怖に取りつかれてどんどんエスカレートする女の仕草が空恐ろしいほどである。
気弱で薄幸の女をモンローがよく演じている。驚いた。
ついに事態は深刻の度を深めていきホテル中が大混乱、女は追い詰められてホテルのカウンターまで来て、またも剃刀で自傷行為をしようとする。そこへ件の男があらわれ女を説得して思いとどまらせ、女は病院へと連れて行かれてしまう。
ここで突然にも男を振った女が来て、彼の他人思いに気づいてヨリが戻った、というなんとも能天気な結末なのである。結局気のふれた女はまた精神病院に送られてしまったという悲惨な最後。これじゃモンローがかわいそう。落ちも何もありゃしない最後だった。
途中までは「ヒッチコック」だったのになぁ。つまり、これは言ってみれば落ちのないヒッチコック映画である。
余談だが、あのひしゃげ顔のウィドマーク、若いころはいい男だったのである。
そしてこの時代にはサイコスリラーを作るのに容赦なく精神を病んだ人間を使うということが何のためらいもなく行われていたのである。思えば『サイコ』もその例に漏れない。

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