哲学の本というと何か難しい本をイメージするが一様ではない。いろいろな顔がある。
例えばソクラテスの本、もちろんソクラテスは本を書かなかったがその分プラトンがソクラテスに成り代わって大いに本を書きまくっている。因みにあの分厚い本が実はパピルスに書かれた断片を集めたものだと知るとそれは感慨深いものがある。
そしてプラトン作のソクラテス本はこれまた哲学書というよりもまるで戯曲を読んでいるようなもので、すべて会話である。舞台装置としてのその場の情景なども書かれているし、題名を伏せて読めばこれが哲学書とは思えないほどだ。われわれがギリシャ哲学といっているものは会話態で書かれたこんな本なのだった。
アリストテレスなどはまさに博物学者であって今のぼくにはこれもまた哲学者と思えない。
ローマの哲学書はどちらかというと、政治家であり弁論術に長けているごたくオヤジの書いた本のようだ。
あいだを空けて一気にニーチェにいくとこれは詩人である。彼の書き方は哲学というより「文学」である。
つまりぼくらが考えている「哲学書らしさ」を探すと近代に入ってからの百家争鳴の時期だけなのだ。
ぼくもはじめは哲学書の解説書やデカルトとかカントとかをひも解いてはみたがまるで手に負えない代物だ。とにかく難しい。なぜかというと哲学用語の意味がイメージできないからだ。解説書を読んでも何も解かることはできなかった。
それですべての元とされるソクラテス(つまりプラトンの書)を読むとそれだけで哲学の地平が一気にひらけてきたのだ。プラトンはちっとも哲学「らしくない」のである。ちょっとしたカルチャーショックである。
ものごとの元はそれほどムズカシイもんじゃない。その後に出てくる人がああでもないこうでもないと議論をし始めると難しくなる。
胸に手を当てて考えるとそれはアタリマエのことかもしれない。料理書にしても作り方の本は簡単だけれどその料理についてああでもないこうでもないと議論し始めると難しくなる。事のはじまりは難しいわけがないのだった。
そして難しくなってしまった哲学を解説した本はさらに難しくなる。料理の本だって解説すればコムズカシイものになるに違いない。
コトはそういうものだとわかって、ぼくは気が楽になった。それで何かを知りたいと思うならまず元の書をひもとくことに、なるべくしている。
で、プラトンの書いた『国家』だけど、プラトンの最高峰という本だ。どこが最高なのか知りたかったので読んだわけだ。
思えばぼくらの知っているソクラテスはみなこのプラトンが書いたソクラテスなのだった。要するにプラトンが解釈したソクラテスをぼくらはソクラテスとして読んでいるのだ。
そしてこの本も一人称でソクラテスがしゃべっている。
読んでいておやっと思った。プラトンはソクラテスの口を借りて「真似(ミメーシス)はいけない」と言わせているのだ。真似という中には書くことも含まれている。著述方式を他人の言葉で語ること(つまり模倣だから)はいけないと。つまり会話形式でその人になったつもりで書くことは「真似」であり、良くないというのだ。
あれ?それじゃこの本もプラトンがソクラテスの語りで著述しているからだめじゃん!、と思ったのである。
この矛盾をこれからどう解いていくのだろうか。
ついでだけど、ここには人真似を書くと(つまり悲劇・喜劇をさして言っている)面白い文が書けるが、いけないことだとも言っている。
アリストパネスやソフォクレスに対しての揶揄らしい。それを言ったらホメロスの『イリアス』も『オデッセイア』も否定されちゃうのね。そして味も素っ気もない文、単純な文が良いのだとも言う。プラトンさん、まったく矛盾していると思うがどうなのだろう。
ま、ソクラテス(を書いたプラトン)は皮肉屋だし逆説や隠喩も多いのでまともに読んではいけない、とは思うが。
しかし、絵画、彫刻を論ずるところになるとそうも言ってられない。なぜかというとプラトンはこういった芸術までも事実を写したものだから真似だ模倣だといって、理想国家からは追放すべきだという「暴論」を吐くのである。
なぜそうなるかと言えば、彼は「イデア」といういわば妄想みたいなものを奉ってしまいそれに反するものは価値がないと言わんばかりなのだ。
ま、これではまるでプラトンがあまりにも無粋な奴と思われるかも知れないが、そう受け止められても仕方ないほどの言説がたっぷりとある。
にもかかわらず後のち、新プラトン主義の栄えたルネサンスでは芸術が花を開くのである。いったいこれは何なんだと思うだろう。だから面白い。
また、国家の在りかたを5つに分けて一番良悪いものを僭主(せんしゅ)独裁国家としその次に民主国家とおいているのが面白い。民主国家は下から二番目なのだ。民主国家はその特徴を「自由」としてその弊害を説いているのだが、その謂いがまさにその通りというほかないほど日本の現状に当たっているので驚くほどだ。
結局プラトンに抱いたぼくの疑問は解決されずに本は終わってしまう。面白かったけどちょっと不満。だからなおさら興味がわく。

0