夜中にさあ寝ようかというあたりでこの映画がテレビに映った。それでつい、見てしまったのである。腰を落ち着けてこの映画をみるのは初めてだった。
とにかく怖い映画である。往年の淀川長治さんなら「コワイですねー、コワイですねー」と何回も言っただろう。
今で言えばアルコール依存症の映画ということになるが、それでは味も素っ気もない。やはりここはアル中映画と言おう。
レイ・ミランドという二枚目役者がその酔いどれを演じるのだが、この二枚目が酒を飲むうちに情けない中年オヤジに成り下がっていくさまが凄い。
怖いのは人間がつい安きに流れて現実から逃避してしまう様子が、まるで他人事ではないかのようにせまってくるからなのである。
夢ばかりが先行して現実がついてこない状況ってのは誰にでもあるものだ。それを直視できずにそれから逃げるということは、これも誰にでもあることだ。その実態を酒に走ってしまう男として描き出す。
だから、酒を飲まないぼくにでもリアルに感じる事が出来るのである。「酒に溺れる他人事」とは思えないので怖いのだ。これを酒飲みが見たらさぞ背筋が寒かろう。
映画の一場面。ある日オペラを見ていて役者たちが舞台でグラスをかたむける場面に出会う。すると彼はもう居てもたってもいられなくなり外へ出る。もちろん酒を飲むためである。受付に預けてあるコートにはポケット瓶が入っている。
しかし、預け札とコートのナンバーがどうしたことか合わずに女物のコートを手渡されてしまうのだ。仕方なく彼は芝居が終わるまでそこで待つことになる。観客がどっと出てきて足早に帰ってしまうと、やはり間違って男物コートを手渡された女がそこに現れる。コートを交換したあとにその女に誘われるのだが彼は断ってしまう。今の彼にはとにかくポケットに入っている酒にしか頭が回らないのである。そしてそのコートを肩にかけたとたんウイスキー瓶はポケットをすり抜けて道路に・・。カシャーン!情けない。
それで彼はどうするかというと、その女の後を追って酒にありつこうとする。そのいぎたなさが痛々しい。
そしてついに金が底をつき、金を盗み、只酒を請い、ついに幻覚を見、精神病棟に入れられ、と堕ちていくのだ。
しかし彼は女にもてる。彼にとっては酒のためだけの女なのに、女たちはその男を見限ることをしない。この映画のただひとつの救い。
最後はさすがに1945年時代の映画としてはこう終わらねばならなかったのだろう。ハッピーエンド風にはなっているが、見るもの誰もがハッピーエンドとは思えないだろう。そういう風に終わっている。
とにかく凄い映画である。酔っ払い映画の金字塔である。しかしこんな悲惨な金字塔もないな。
怖いです。

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