「料理ってのはねぇ、だれに教わるってことじゃないのよ、教えるのは事実なの、事実。」
この言葉がまだ耳に残っている。
料理家の辰巳芳子が言った言葉だ。どこかのテレビで見たが、この謂いを聞いて、これは「本物だなぁ」と思った。ぼくの感がどれだけ当を得ているかどうかわからないが、そう思った。
同じ番組の中で彼女のお母さんがやはり料理家で、当時病気あがりの芳子さんに家庭での料理を教えたという。
そのお母さん料理家の名を辰巳浜子という。明治37年生まれで、もうこの世にはいない。
芳子さんに先の言葉を言わせるほどだから、お母さんの浜子さんはどれ程の人だろうかという興味が湧いた。
でその人の書いた本を探していたがなかなか見つからずに忘れていたが、ひょんなことである古本屋でそれを見つけたのだ。
『料理歳時記』中公文庫(辰巳浜子著)
何のことはないありきたりの題名だ。
なるほど面白い。この人は通りいっぺんの定番てやつを嫌うね。だれも思いつかないことをやってみてそんなのを紹介している。
ジャガイモ料理編などをみると、端からぬかみそ漬けなんてのが出てくる。ほんとかよと思う。また、千六本に切ってさっと熱湯をかけてシャリシャリと食うとか、ポテトチップなどはカレーライスの上にのっけて食うとこれが意外といけるとか、そんなことが書いてあった。
どうもへそが曲がっていて、やはりこの人は只者じゃないと思った。
つまりそんな事はぼくらはするがいっぱしの料理家たるものがするのか!ということである。
本草学というのがあるが、この人のは本草料理だ。要するに、料理が台所や買い物からではなく、野外から始まっているのだ。
大豆が青から黄へそして黒へと移り変わるにつれてサテどう料理するか、ということだ。枝豆、乾物の青や黄大豆、黒豆などという後からつけたジャンル分けはない。それが全てただの「大豆」なのだ。
この人の料理には気品も野卑もある。
どうだろうか。

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