アイガー北壁を世界で初めて登攀したという記録を読んだ。
『アイガー北壁の初登攀』というハインリヒ・ハラーの書いた本だ。
1938年ハラーを含む4人の男がアイガーヴァントと言われるアイガーの北壁に挑んだ。何人もの挑戦を退け命を呑み込んだこの難所は、麓のホテルから望遠鏡で眺めることができるらしい。だから人々はその登山者をハラハラしながら覗き見ることができる。それは日本のわれわれにとって想像を絶する事柄だが実際今でもそうらしい。だからその時に起こる「事故」も目撃できることになる。なにか不思議な気分だが。
そのほぼ垂直に延びた岩壁で、先行の2人は3晩、後発の2人は2晩をビバークする。こういった岩壁でのビバークはこの類の登攀にはつきものだが、ぼくは何回読んでも実感が湧かない。氷の世界での吹きっさらしの壁にぶる下がって、である。どうみても想像を超えた行為だ。
降り続く雪が雪崩となって襲いかかり、氷のつぶてが頭をかすめる。すっかり雲に覆われた彼らの岩壁を見て下界の人間は遭難確実とみて下山コースに捜査隊を送る。
しかし彼らは見事に4人とも初登攀を達成し、生還するのである。
で、その初登頂に成功した4人の男とはハインリヒ・ハラーのほかルードヴィヒ・フェルク、フリッツ・カスパレク、そしてリーダーのアンデルル・ヘックマイヤーである。
オヤ、と思った。ヘックマイヤーという名はきいたことがある。本をひっくり返してみたら同じノンフィックション全集に彼の著作があった。それは『アルプスの北壁』という題だったがまさしくこの同じアイガーの初登攀を描いているものだった。
同じ登頂を2人の人間が書いているのだ。これは面白いともう1回読み比べてみた。
山の中で初めて出会った人間が短い時間の中でお互いの力量を見定め、瞬時に役割分担をしてしまう見事さ。どこかチームを組んだ途端に息が通じてしまう超一流のサッカー選手をほうふつとさせる。
で、『アイガー北壁の初登攀』の解説を読んでいたら、このハラーという人(オーストリア人)はのちに第二次世界大戦中にインドでイギリス軍の捕虜になり、脱走を企ててチベットに入り7年間過ごしたという。それがあの『チベットの7年(セブンイヤーズイン・チベット)』の主人公その人だったわけだ。
にやけ者のブラッド・ピットが主演しているものだからつい見逃してしまったが、さっそく文庫本を買って読もうと思ってる。
その脱走譚が面白い。脱走後どこへ逃げようかと思った時に白い山があるから迷わずチベットに決めたという。
どうしようもなく冒険者、登山家なのだった。

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