冷たい雨が降っている。
東京国際女子マラソン、テレビで15キロ地点まで見てから外に出た。
平和島の折り返し点当たりにチャリを走らせると人がわんさと歩いている。相変わらずの高橋尚子人気だろう。それにしても大したものだ。植え込みの中に入ってガードレールにへばりついていると先導車がやってきていよいよと気持ちが高まってくる。
スタート地点では居並ぶ選手の笑顔が印象的だった。こんな光景も女子マラソンならではじゃないだろうか。しかしいざスタートのホイッスルがなれば笑顔は無い。こんな雨のなかでは女子マラソン特有の華やいだ雰囲気が見る側にも無い。寒さを肌で感じて見ているとよくもまあ雨を直に体にうけながらあの出で立ちで走るものだと感心する。細い身体が痛々しい。これで天気がよければ見ているほうの気持ちも和らいで、美しい女性ランナーの走りを楽しむこともできるというのに。
そして先頭ランナーは間もなく来た。
ペースメーカーのイワノワを先頭にして土佐と高橋が一団となって近づいてくる。
ほんとならば「Qちゃん頑張って!」などという声援が飛ぶところだが今日は応援の声は少なかった。誰もがどこか緊張感いっぱいで見ているようだった。声援を許さないほどピリッとした先頭の2人の表情だった。
土佐の後ろに隠れるように走っている高橋の筋肉が精悍だ。上体を微動だにせず速いピッチで走り去る高橋の後姿を見て今年も優勝は間違いないと思った。まさかこのまま失速してしまうなんて誰が思っただろうか。
一体何が起こったのだろうか。寒さも雨も充分考慮してランナーは走る。だからそれが高橋ひとりだけにマイナスに働くということは無いだろう。ふくらはぎのちょっとした故障も、去年は克服して優勝したはずだ。ペースが速かろうが遅かろうがそれも失速するほどのことは無い。彼女はそれらを全てクリアしてきたランナーなのだから。
世界の超一流ランナーをほんの一瞬目の前で見るためにぼくはここに来た。ホントにあっという間だった。通り過ぎると今の幻影を反芻しながらそこを立ち去ることになる。
今日は寒いので後続のランナーをゆっくり見る気になれなかった。
大森のヨーカ堂に入って家電売り場でその後のテレビ観戦をする。人がテレビの前に立ち尽くして一心に画面を見ている。と、コマーシャルが入って席をはずした隙に店員がチャンネルを変えてしまったらしい。ぼくが戻った時には3,4人の人がぶつくさ言いながらその場を去るところだった。その一人に訊いたら通行の邪魔だからだという。おいおい商品売り場はただの「通り」か?人に集まって欲しいからテレビをつけて展示しているんだろが。
なんと意地悪な売り場なんだ。買う人がいないから追っ払うのがヨーカ堂の商売かよ。それにしても誰も抵抗しなかったのかとがっかりしたな。
レースはその後土佐が独走し、高橋は尾崎にも抜かれて完敗した。
何といっても土佐の走りがスゴかった。世界屈指のランナー高橋にピタリと付かれてもまったく動揺せず、風よけになったままで一度も先頭を譲らず、後ろを振り向くことも無くゴールテープを切った。
見事なレースだった。

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