≪イタリア − オーストラリア≫
相変わらずトップに放り込んでゴール前のパワープレイだ。オーストラリアの戦法は徹底している。ところが今日のイタリアはそれに付き合ってしまった。リッピ監督は何を考えていたんだろう。
これに加えてまた変な審判のジャッジだ。突然のレッドでイタリアは一人減った。じわじわと4年前の亡霊がイタリアを幻惑する。どんどん自分たちのプレーを忘れていき、トップに放り込むサッカーばかりををやり始める。中盤でタメをつくる人間がいない。
もうヒディングの術中だ。
放り込むサッカーではオーストラリアが上、まるでサッカーを見ていてラグビーの試合に来ている錯覚を覚える。ボールをもった相手を徹底してつぶす、ゴール前にあげたボールに一斉に走りこんでのパワープレイ、これはラグビーだ。
オーストラリアは見事なディフェンスも見せる。これは見ものだった。やはりこのディフェンスがあってのパワープレイなのだ。
それにしてもヒディングという監督は世界でも珍しく「美学」を持たない監督だと思う。試合に勝つという事だけを追求する。まるで傭兵を指揮するように。
後半になってますますイタリアは攻撃を忘れ、守り一辺倒になる。クリアボールがことごとく黄色いジャージの選手の足元に納まってしまう。もう延長は確実のように思え、意気上がるオーストラリアの得点は時間の問題となった。
交代カードを3枚残しているヒディングの読みが当たったと思った。さすが請負人である。
イタリアは残すカードは一枚。トッティかインザーギか。中盤にタメをつくるか、前線でかっさらってきめるストライカーか。どっちを使うか。
と、やはりトッティだ。
しかし、因縁のトッティである。4年前の悲劇の王子様である。どうなるだろうか。悪夢再びか、雪辱を果たすか。正直言ってぼくは悲劇の方を予想した。
(注・4年前の悲劇とは、ヒディング率いるコリアとの試合で、トッティが倒されたがなぜか審判はシュミレーションと判定し、彼は退場になりイタリアは負けた。)
彼が入ってからイタリアの中盤から(トッティから)前線にピンポイントのパスが通る。しかしそれを決める肝心のインザーギがいないじゃないか!
ぼくの予想は相変わらず「悲劇」のほうだった。
すでに後半もロスタイム、悲劇は近づいてくる。
そこで起こったのが「事件」だった。悲劇の主人公になるはずのトッティがペナルティエリアで倒された。一瞬「どっちか」と思ったが、審判の手はPKを示していた。悪夢は繰り返されなかった。
それにしても、同じシチュエイションとは!
ぼくならばファウルとは思えないがこの審判なら出すしかないだろう、それまで出したカードを覚えているならば。
そしてついにトッティはあの亡霊を振り払ったのだった。
退屈な試合は最後にドラマを生んで生き返った。悲しいことに伝説になるのはえてして試合そのものではなく、こんな「ドラマ」なのだ。
これもサッカーなのだろう。
≪訂正≫
倒された選手は、トッティでなくグロッソでした。PKを決めたのはトッティ。

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