2014/6/2

大西厚樹の部屋  大西厚樹

ずっと探していた、「大西さんの葉山の部屋」が掲載された1992年の雑誌ananをオークションで発見しました。私も午前中からの取材のために前日からこのマンションに泊まったので印象深い仕事でした。

大西さんはインテリアが大好きで、ここ以外の住まいもファッション雑誌に掲載されていました。私が見せてもらったどの住まいもキチンとしていました。不要な物を徹底して排除していたのだと思います。好きな物をたくさん集めても、全体像に合わないものは、そこにありませんでした。女性は全体よりも個々の物に愛着を感じて、部屋に物が溢れてしまいますが、大西さんの潔さは男性的なセンスだなと思っていました。

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22年前の雑誌状況は、まだオンラインもなかったので、記録として残ってません。
私のごった煮ブログで申し訳ないですが、興味のある方が見つけてくれたら嬉しいです。

私が退職した時は、大西さんもその会社との契約を終えた時だったのですが、大西さんのデザイナーとしてのキャリアが始まった「キャトルセゾン」というブランドからの数年に渡るプレス資料(雑誌などのスクラップ、カタログ、ショー記録、ノベルティなど)はプレスルームに残されました。その後、デザイナーの不在でそれらがどこへ行ったのかが気がかりです。どこかに無事に保管され、アーカイブとしてデジタル保存されることを願っています。
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2012/12/23

もっと知りたい!アツキ・オオニシのこと  大西厚樹

1985年の中古雑誌「Oliveオリーブ」をオークションで見つけました。
特集は「危険なことしたい!!」と「アツキ・オオニシ」です。
これは入手して写真を(技術もないのにのう)・・・と、久々のupです。

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目次で世相がわかりますね。マドンナのファッション・ページ見たら、十字架ネックレスに、短いジャケット、重ね着でした。髪型はバナナラマ風。ふおお!エイティーズ!(←その時代の雑誌なんだから)

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ファッションはヒョウ柄。写真の下には詩が。詩の流行は70年代のはずだから、この場合童話モチーフが得意な大西さんへのオマージュですね。

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大西さんの自宅と趣味・仕事のソース。

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「炎のランナー」「宝島」「悲しみよこんにちは」医療棚にコレクションしてるのは兵隊人形。
さすが元上司である。元部下もぶれてないぞ!

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右下、自転車通勤の大西サン。時代の先を行っていた?ではなく車の免許がなかったのです

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「メアリー・ポピンズ」と「料理人」のモチーフ。この料理人って、つまり「使用人」のことですよね。今調べたら、メアリー・ポピンズのお話は、1910年!おおお!ダウントン・アビー、Parade's Endと同じ!!しかもメアリーを雇う奥様は婦人参政権運動家ですよ。今の私にはピンと来ますよ。ダウントンの3女のお嬢さんやParade's Endのヴァレンタインちゃんですよ。

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オリーブ読者さんへのプレゼント。デザイン画、アンティークの水兵さん人形、アリスの兎の時計、メアリー・ポピンズのブローチなど。このアクリルの型抜きのジュエリーは今でも新しい感じ。

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この号の「BOOK」のページでは、長沢 節さんが紹介されプルーストやロットマンを紹介しています。80年代の「オリーブ」、品のある少女ファッション誌でした。
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2012/9/5

Rupert カタログ後日談  大西厚樹

ひとつ前の「ルパート/Rupert」カタログを見てくれた友人とテキスト・メッセージで話をしていて、すごいことを発見してしまいました!!あまりにびっくりして盛り上がったので、おまけのブログを書くことにしました。

このコレクションのスターは、当時のスーパーモデル、イヴァン(前の記事の一番上の写真)だったのですが、実は、私はもうひとりのザックというモデルくんがお気に入りだったのです。↓ この人

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前回のブログに貼らなかった写真もこの際アップしま〜す顔アップが残ってないのが悔やまれます。かろうじて言えば前記事のグレイのベスト着てるソロ写真もザックです。

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ブルーのJKにくっついてるのは鳥。(ゴミじゃないですよ〜)彼のキャラがかわいいのは大西さんもわかってて、小鳥で飾りたくなってしまったのです。

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ハイ、このザックくんと、なんと友人も仕事をしたことがあり、お食事まで一緒にしたと言うじゃないですか!!さらに人生相談まで話は深まったと。。。な、な、なんだ?!ええ〜〜?!97年と言えば、じ、じゅうご年も昔の話!友人と私はその頃すでに友人だったのに、もっと有名なモデル君達の話は今までも何度もしたことあったのに、今の今までお互いに知らなかった事実でした。それだけでも驚いたのに、

さらに友人からのテキスト「そう言えば、彼、カンバーバッチさんに似てない?
わわわーーーーー?!
実は、実は!生まれて初めてドラマ「SHERLOCK」の写真をネットで見た時の印象が
「このシャーロック、ザックに似てる。見てみたいな」だったんです!!

私、ドラマって国内も海外もんもほとんど見なくて、DVDだってわざわざ買ってまで見ない人だったんですけど、以上の理由により、ロンドンから来た友達にUK版を運んでもらって見たのがきっかけでこんなこと(ファン)になってしまったんですよ^^; そう!もとはと言えばザックのせい!!

本当はこの話を前回の記事の中で書こうかな、とも思いましたが、今シャーロックの顔に見慣れてから改めてこのカタログを発掘した時には「やっぱり似てないな〜。初めて見た写真の写りがたまたまチョット似てただけなのかも。。。」と思い直して書かなかったんです。でも、第三者の客観的な目で見ても、「似ている」!と!聞いたからには書かずにいられなくなってしまいました!!
まあ、そっくりとは言えませんが、全世界の顔を30パターンに分けるとしますと、きっと同じカテゴリー入りするんじゃないでしょうか。(異議は受け付けます)このことを友人にもテキストで伝えましたら、「でもザックに直接会った人ならそう思うよ」という斬新な意見が。そうか、実物の残像記憶ってインパクト強いですもんね。実際、私はこのカタログをつい先月までもう10年くらい見てなかったわけですから、シャーロックの顔の印象は記憶に頼っていた、と。

このルパート・コレクションは、実を言うと、ウィメンズ・ブランドの「ALICE by ATSUKI ONISHI 」と同時に発表されました。つまり女の子のモデルも同じくらいの数がいて、当時変わり種スーパーモデルとして人気のあった、日系アメリカ人のジェニー清水ちゃんも出ていたんです。プレスとしては、出版社の方々に最大限に気を使わなければいけないショー当日、モデルの楽屋でもみんな大丈夫かと気を使い、「ザックくんがかわいい」と内心思っていても忙しくてその気持ちも忘れていたことに、友人の話を聞いて気がつきました。大西さんにイヴァンと写真撮ってもらって喜んでた自分!おい!ああ!あの時仕事を忘れて10分でもいいからザックとお話できたらいい思い出になっただろうに。15年後の後悔ってものもあるんですね。。。(ショー当日のプレス担当者はハイパーです。自分の感情に気づいてるヒマもないんです。マシーン化してたな。。。)

寿命の短いメンズモデル界。ザックくんは今ごろどこでどうしているんだろう。
彼のせいでドラマや俳優さんを追っかけるブログ記事も着実に増えております。
誰かご存じないでしょうか。




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2012/9/2

Rupert 97AW カタログ  大西厚樹

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こちらはポストカード。この帽子、今はWaterstonesという本屋になってるロンドンPiccadillyにあった老舗の紳士服店Simpsonsの本物のBowler hatでした。私が取り寄せたから、覚えてるw

実家にて、大西厚樹さんのメンズブランド「ルパート/Rupert」のカタログを、1部発見しました。転職活動用のポートフォリオに入っていたのです。1部とは言え、ゼロよりは嬉しい!抜粋でiPhone写真撮ってきました。

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↑ ボーダーのニットは男の子が着ると本当にかわいい。余談ですけど、
このブログに「ジョン・ワトソン」「しましま」の検索語句で来られる方がいらっしゃいます。ええ、とっても申し訳ないと思ってはおります。ボーダーニットをかわゆく着ているジョンのファンが多いとは存じておりますが、私はもう何年も前から「しましま」なのです〜〜〜期待はずれでごめんなさい〜〜


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↑ school scarfと呼ばれるマフラーもかわいいですよね。上の大きな写真でも使われています。そして白いシャツの襟となんてまあ相性がいいんでしょう。

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↑ またまたスクールシリーズ、cricket jumperことチルデン・セーター(って言う?今でも?)とアーガイル・ニット。右はモデルさんが大人っぽかったのでシャツなしでちょっとセクシーにしたのです。2体ともカラフルな帽子で崩しを入れました。

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↑ チェックのパンツの2体。左は一番上の写真と同じ「R」のイニシャル入りJK、右は襟に刺繍入りのショートコート。

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↑ 丈違いのダッフル・コート、このピンク色はメンズでは珍しい。この甘い色をシックに着るために、それ以外は正統派のコーデです。左の帽子はツイード。

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↑ 左はストライプが部屋着のローブっぽいんだけど、ダッフル・コートなのですね。黄色とグレーのグラデーションのストライプなのでマフラーも黄色、色がはじけてるから黒ブチ眼鏡で引き締めてます。右はオール赤、コートは圧縮ニットでチロル風だった。

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↑ ツイードのスーツとコートのシリーズ。大西さんの作品の中ではシックで普通っぽいんだけどスクール・ユニフォーム風のアイテムが多いコレクションにこういうアイテムできちんと入れることで少年っぽさを押さえた。でもワイドパンツだったりしてシルエットはおしゃれなんですよ。右の人映画「アメイジング・グレイス」の主役の人に似てる。今見ると。

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↑ ショーの最後にはモデル全員に白シャツ+グレイのベストとパンツを着せたので、わはは、やっぱりスクール・ユニフォームが大好きなんですぅ、という大西さんの叫びが聞こえます。私もこの上半身が細身のニットに太めのパンツというシルエットは大大大好き。白シャツも大好き。ズラーーっと並んだフィナーレは壮観でした



この仕事をしていた私の名詞には、「企画部/販売促進課」と書いてありまして、
ファッション業界ではプレスと呼ばれる宣伝、それからこの写真が載ってるカタログやカードなどを作る業務です。でもショーの時期になると、大西さんと一緒にモデルに着せる服のコーデを考える仕事もしておりました。モデルのキャスティングは宣伝担当として当然デザイナーに立ち会いますが、そこで選んだお気に入りのお兄さん達に着せる服を考えるのは、通常、外部のスタイリストに依頼するらしいのですが、大西さんはこのコーディネイトが大好きでしたから全て自分で決めていました。その時に、なぜか私がいると何やら調子が出るということで、ショーの前というのはプレス業務だけでも忙しいのに、徹夜でお手伝いをしたのです。

なぜ私がいると調子が出たか?・・・たぶん私のイメージ・ストックが大西さんの世界観に近かったから。
Rupertカタログを見つけた実家の私の本棚には、このコレクションならスクール&カレッジの世界「炎のランナー」「アナザー・カントリー」「モーリス」のパンフレットが入ってました。コレクションの服が揃うと私の目の前には映画の風景が広がるわけです。かつミーハーにミュージシャンやクラバーもチェックしておりましたから、私の頭の中には新旧オシャレ・ボーイズカタログができてた。それで大西さんが表現したいイメージを話してるとパパパっと取り出せるので話が通じた・・・んだと思います。

おかげで、自分達で選んだきれいなモデルさん達に、「これが似合うわよ!」「そうよね〜♪」と服を見繕っていく楽しい作業ができました。ふたつ前のブログの画像「Parade's End着せ替え」と基本的には一緒かもw



下のカードもポートフォリオに入っていたのですが、半袖シャツ。。。
上の'97AWとはシーズン違いますけど、かわいいのでw
タイがしましまだ。これもジョン・ワトソンと同じだなーー

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2012/6/26

大西厚樹のQuote  大西厚樹

「しましまさん、お金で手に入らないものがこの世にみっつあるの。」

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大西さんに言われて印象的だった言葉の中のひとつです。

そのみっつとは何かと言いますと、

1. 車の免許
2. 恋人/愛
3. 英語力


聞いた当時まだ20代だった私ですので、フ〜ンと思いながらも
なんとなく忘れられないでいたのでした。

今、これを発言した大西さんの年齢を自分が越えてみて、
あのリストは、当時若くして成功して名声やお金を手にして、
そして欲しいけど手に入らないものだったのかと思います。

1.の「免許」、実は大西さんは車を先に買って(確かminiだった)
それから、教習所に通ったんです。同僚から聞きました。
そして試験に落ちてそれ以上は頑張らなかったのですね。あっさりと。
でも、まあ、お金で運転手を雇えるのだから、必要ないと思うんですけどネ。

クリックすると元のサイズで表示しますでもこういうの欲しい気持ちはわかります

2. は、聞いた当時は、「でもお金で買えるジゴロとかいるのに!」と思った私ですが、
う〜ん、きっとその発言した時、大西さん、失恋でもしていたのかな。
素敵なプレゼントを買ってあげても、おしゃれなデートを演出しても、
フラれることのひとつやふたつやみっつはありますよね!人生。
これは、本当のところ私にはいまだに解けない謎です。
だって、お金持ちになったことがないから、わからない!!

そして最後、3.の「英語力」。
1990年、大西さんも、1年ほどロンドンに住んでいました。
そして、メイフェアの一等地にある、授業料の高いすてきな英語学校に入りました。

クリックすると元のサイズで表示します現在は移転してコベントガーデン

私は「せっかくロンドンに住んでるうちに、会っておきたい」と思いました。
それで、日本のATSUKI ONISHIのスタッフの友人から教えてもらった番号に
電話を何度かかけたのですけど、全然つながらないのです。
大西さんがもうすぐ日本に帰国してしまう、とスタッフから聞いた私はあせって、
直接訪問という奇襲攻撃に出ました。
イギリスでは、住所さえあれば「A to Z」を見てどこにでもたどり着けますから。

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ジーーーーッ!ジーーーーッ! ←これ、イギリスのインターホンの音。

果たして、大西さんは、そこにいたのです・・・!!

お茶とビスケットでもてなしてくれました。

本当にもう帰国だということが、部屋に積まれた荷物からわかりました。
引越業者のイギリス人のお兄ちゃん達も出入りしていました。

翌日、大西さんと私はキングス・ロードの古着屋さんなどにお買い物に出かけ、
その次の日も、荷造りしきれなかったモノをゆずってもらいにまた大西さん宅へ。

後から日本のスタッフから聞いた話ですが、
大西さんは、英語学校は早々に嫌になり(運転免許と同じであきらめが早い)
よって英語は上達せず、電話も英語が恐くて出なかったらしいのです。
高級な学校だって、行かなきゃ、そりゃ、できるようにはならないよね。。。

その数ヶ月後のことでした。
日本のATSUKI ONISHIの会社から手紙をいただきました。
「プレス・スタッフを探していて、私に帰国の意思がないか」と・・・
なんとお仕事オファーだったのです?!

こちらも入社してから聞いた話なんですが、
大西さんが私をスタッフにしてもいいと思った理由は、なんと、
あの荷造りにもれたガラクタ雑貨や使いかけの食品まで
すべていただいて行ったからだとのこと・・・・ええっ?!なんで?!

モノを大切にする人だとの評価だったのかな?
貧乏学生でしたから、封を開けたビスケットだってありがたかったですもの!!


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