2021/7/8

ルートヴィヒ/神々の黄昏  その他の映画・ドラマ・舞台

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オーストリア皇后エリザベートを描く映画「Cosage」予習のため(?)1972年の「ルートヴィヒ」を見ました。40年前の日本公開時には約3時間でしたが現在の完全版は4時間の大作です。

エリザベートはルートヴィヒの従姉妹で8歳年上、登場回数は多かったです。

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彼女は映画の始めの頃19歳で戴冠したルートウィヒに結婚話をし「自分は16歳だった」と言ってました。でもルートヴィヒはエリザベートが大好きなんですよね〜。彼女以外の女性には興味がなく、一旦は王の務めとしてエリザベートに勧められた彼女の妹ゾフィーと婚約します。この辺までは自分の趣味より義務を優先させる理性が働いたんですね、それがのちにどうしてもゾフィーに何の興味もないことから婚約破棄してしまう。それが彼の中で公務よりオタク活動を優先させた転機に見えました。

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4時間の間、カメラは淡々と、淡々と喋る人たちを映していきます。初めはそれが今のテンポの良いストーリー展開に慣れた私には辛くて、「すべてを台詞で語る日本製映画みたいじゃん・・・」とまで思ったんですが、語ってる人たちはドイツの本物の宮殿で喋ってるわけで、実はそれを観れるということが、本物の貴族どころか王族の生活を観れることに意味がある、とのちのち王が発狂したとされ退位させられ移った先の簡素な家(と言っても屋敷)の白い壁を見て実感しました。

王族の暮らす室内といえば金箔と濃い色はベルベットの深い光を吸い込む布。もうNetflixのザ・クラウンが軽〜く見えますからね、ドイツの本気!

そういう部屋で子供の頃から神話のオタクだった王様が、敬愛したとされるルイ14世のように王としてうまく生きられなかったのは何故かしらと考えてみたら・・・

大の女好きだったルイは何人も愛人をとっかえひっかえしても、お金いっぱい使って田舎に大宮殿建てても許されたのに・・・まあ政治をちゃんとしてたのが1番ですけど、

ルートウィヒと神父の会話に「罪と愛」が出てきて、キリスト教の愛とは結婚して子供をもうけること、それが神の示した道だとされて、一方罪とはそれをしないこと・・・映画ではっきり言われないですが、美男子趣味に罪の意識を持つことで、自己肯定感が持てず、現実逃避への道〜狂気〜自滅へと至り太陽光とは正反対の狂った王として歴史にその魂を残した王に、同じ趣味を持つヴィスコンティ監督はいたく共感、自己投影してこの作品を撮ったのかな・・・と思いました。

エリザベートの予習にはちっともならず、最初はヘルムート・バーガーも王様に似てるけどそんなに好きにもなれず、しかし見てるうちにどんな時もエレガントな王様にけっこう肩入れしてヴィスコンティの思惑にまんまと・・・

監督に関しては「ベニスに死す」のビョルンの証言などで私の中でセクハラ&パワハラの人になってるので昔のようにただひれ伏すことはないのですが、才能を否定することもまた出来ないのだなと。

ところでアマプラで見たんですが、イタリア語なんですよ〜、なんでドイツ語版じゃないの〜
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