2018/11/8

ボヘミアン・ラプソディ見た感想  その他の映画・ドラマ・舞台

前夜上映行ってまいりました。最先端のTOHOシネマズ日比谷の1番大きなビルボードになってます。感無量。彼の物語です。

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これって、今、21世紀、2018年、性的指向や人種差別、の問題が解決されないまでも日常のニュースとしてお茶の間に届くくらいオープンになった今だから、こうして堂々と登場できている・・・と歴史を感じざるをえません。

クイーン結成前の1970年からライブエイドの1985年までを2時間15分に収めてます。しかも曲がかかる時間も長い(1曲6分ですから!)ので物語に使える時間はさらに短いのです。

下3枚の写真はIMDbより
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この、上の写真(生き残ったクイーン/ギタリストのブライアン・メイとドラマーのロジャー・テイラーとクイーンを演じた4人の俳優)がとっても本作を表しているなあと思ったのでまずこの1枚。

なぜなら、企画スタートから監督や主演俳優が何度も変わったのはなぜかというと、それはこのクイーンのふたり、私の推測では主にブライアンが、この映画をファミリー向けに作りたかったために、それに賛成しないスタッフ&キャストをクビにしまくったからではと思うのです。

おそらく、フレディの生涯で1部の人々の関心を引くのはNYやロンドンのゲイ・コミュニティや、どうしても避けて通れないエイズのことかと思います。

しかし、たったの2時間15分の中にどれだけそういう要素を詰め込むのか。つまり焦点をどこに当てるか。

フレディの物語だけれどそれはもちろんクイーンの物語でもある。伝記映画であるから、ブライアンにとっては世界に向けての長い長い半生記みたいなもの。それはやはり、子供や孫に語って後世に残したいから語ってるわけです。監督や俳優の才能よりも、やはりクイーンがブライアンにとって正しく後世に伝わることが最も重要だった。

リアタイの人やすでに本などでいろいろ知っている人だけでなく、「曲はいくつか知ってるよ」くらいの人にも「フレディとはこう生きた人だったよ、僕らの曲はこうしてできたんだよ」と新しい世代を含めた人たちに知って欲しかったのね、博士。

なぜこう思うかというと、今夜ひとりで見た結果、娘も連れて行こうと思ったからです。娘も曲は知ってて興味を示していましたが(なんてったって一緒に武道館ライブに行きましたから)、それはやっぱり、いくら17歳なら大人向けの映画を見てもOKなお年頃とはいえ、やはりあまりきわどい夜のシーンはフレディの親御さんでなくても親子で行くにはなんだかなあ、じゃないですか。

でもゲイクラブのシーンやフレディの恋愛にまつわるシーンは、家族で映画館に行けるラインで仕上がっているのがアポイントです。

細かい台詞やシーンが笑いを誘うのも、楽しいことが大好きなフレディらしいし、深刻な状況でジョークを飛ばしあうのもインテリイギリス人らしくていいところ。

私が「いいじゃないの幸せならば」と思ったニャンコを抱っこしたフレディよろしく、全編に猫たちが登場してるし、フレディの家には日本のアンティークが飾られてました。

ジム・ハットンも出会いに脚色はあってもちゃんとリスペクトされて描かれていたのに好感が持てました。

クズとして登場しても仕方のない裏切り方をしたパーソナル・アシスタントのポール・プレンターはアラン・リーチが演じたので好感度が高かった。アラン・リーチに見えないハードゲイっぷりでした。

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メアリーは70年代ロンドンの伝説のブティックBIBAの店員だったので、60-70年代イギリスの伝説のデザイナー、オジー・クラークの服を着ています。このプリントが伝説のテキスタイルデザイナー、セリア・バートウェルの物です。

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このシーンには見覚えがないんですよね〜。でもお店の名前見るとドイツ語っぽいのでミュンヘンのシーンですね。レコード屋さんのウィンドウ、右の方にはブライアン・フェリー、中央下にはフレディのソロ、ミスター・バッドガイ、そして左手にはクイーンのグレイティスト・ヒッツ。
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