2017/5/31

Paula 01  トム・ヒューズ

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トム・ヒューズがプリンス・アルバートを演じる「ヴィクトリア」が晴れてNHKで放送というニュースにウキウキしていたら、地元BBCは「Paula」というミニシリーズ(全3話だったかな)でもトム・ヒューズを出してきてびっくりです!

転職活動で忙しかったからでしょうか、寝耳に水だったので期待値の上がるヒマもなく鑑賞し始めましたよ♪

BBCがあげてるキーワードは「one-night stand」「thriller」。
one-night standは一夜限りの関係ですね。

舞台はアイルランドのダブリンという設定ですが、北アイルランドの方のベルファーストで撮影されたと公式にはありました。

ダブリンと言えば、コリン・モーガンが出ていたので見た「The Fall」。
あのドラマよりは英語がわかりやすかったような。

そして主人公のPaula/ポーラは、Tha Fallで医者の役で出ていたのです。それにナショナル・シアター・ライブでも公開予定になっている舞台「Angels in America」にも出演している俳優さんです。


さて「ヴィクトリア」では王子がぴったりなトム・ヒューズでしたが、なんとこちらではチェックのネルシャツにジャージをはいた man with a van なんですよぅ!

handyman = 便利屋さんという、まあフリーランスですが日雇いと言いますか、キャビン・プレッシャーのマーティンからパイロット職を抜いた部分ですね。ですから「力仕事なんでも引き受けます屋さん」ですね。

役の名前はジェイムズなんですが、彼はなんと2人の女性と子供たち(最低3人はいるみたいです)と暮らしていて、力仕事から帰宅したら子供にご飯食べさせたり、夜泣きしたらあやしに起きる子煩悩ぶりです。

しかし狭いアパートに女性が2人で、そのどっちにもそれなりに愛想よくしていて・・・ってどうしたらそんなことに。やはりあれほどのいい男だとそれでも我慢する女性がいるのだろうか???

さらにジェイムズにはホームに入っている認知症か何かを患っているお母さんもいて、女性や子供たちの世話を一生懸命しているのです。

一方、ポーラは中学校の理科の先生ですので、便利屋さんよりは安定しているとはいえ、まあ普通のしっかりした女性でしょう。

しかし勤務先の体育の既婚男性と不倫をしていたようで、またこの男が結構しつこくて、ポーラはもう終わりにしようとしているのに、ふざけた下ネタカードを学校で渡してきたりしていい迷惑です。

ポーラはただの学校の先生だけどダブリンの古いつながった家に住んでいて羨ましい。ロンドンでは物価が高くでなかなか一人暮らしでは手に入らないかも。あのタイプの家には結構大きな地下室があることが多く、だいたい物置として使われます。部屋に置いておきたくない不要なものの保管場所として広いのでいいんですよ。

ところが、そういう場所ですので、ネズミが出現するのもまたよくあることなんですね。

それで「便利屋さん」のチラシを個人宅のポストに配ってたジェイムズを見つけ、ネズミ退治を頼んだのが運の尽きでした。

ネズミを一発で仕留めたジェイムズと、お互いの話(ジェイムズは自分の女たちのことを「いとこ」だと嘘ついてましたが)をしてワインを飲んでいるうちに・・・one night standへとなだれ込んでしまったのでした。

いやあジェイムズの話し方は、肉体労働者ぽくなくジェントルで低い声で、嘘はうまいし、家に2人も女がいるというのに美人教師ともなんて・・・ちょっとスケールは違うけど、ナイト・マネージャーのトムヒにも引けを取らない妖しさです。

しかし、いくらいい男でも便利屋さんでは収入も追いつかない。彼は女子供を養うお金に困っているので、ポーラの家で、あのイヤラシイ体育教師のカードを発見し、それで恐喝をしてしまいます。

そしてそれが殺人へと発展してしまい・・・・

BBCの作品紹介にはサイコパスと書いてありましたが、嘘も巧けりゃ逆上して人殺しとは・・・ヴァンの運転中に恐ろしい形相の少女の幻覚も見ていたし、彼には何かまだ裏がありそうな気配。

あと2回で何が出てくるのか・・・怖いけど、楽しみ!

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2017/5/30


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ルイがオランダとの戦争に自ら赴いている間に、ベルサイユは大変なことになっています。

摂政に任命された王妃は真面目なクリスチャンで、宮廷を教会のような場所に、弟のフィリップ曰く納骨所のようなつまらない場所にしてしまったと嘆いています。

トルコのサルタンが公式訪問するも、王の側近が王のいぬ間に私腹を肥やそうとフィリップに王のフリをさせ(初対面だから顔がわれてなかったのですね)サインをさせようとするし、

王からの使いが勝ち戦の知らせをもたらすと、フィリップと彼の愛人、王の愛人など遊び人は「お祝い」を口実に乱行パーティーに耽る体たらく・・・

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これでルイのものすごい集中力、カリスマ性、王=神への執着が戦場のとりつかれたような真剣さと、彼以外の骨のなさの対比がよ〜く見えました。

しかしルイがどんなに頑張っても、彼のエネルギッシュすぎる性格(多分粘着質気質だね、あれは)ゆえか意外に人を見る目がなく身近にスパイがいることに気づきません。

そのためフランス側の作戦が筒抜けとなり、まんまとオランダ王ウィリアムの罠にかかってしまいました・・・!

うーぬ!
今回はちょっとベルサイユの噴水の馬鹿騒ぎとか、戦場の美しいテントや馬、衣装の様式美など、ヨーロッパの様式美とデカダンが目に美味しいエピでした。

ルイは太陽王としてフランスに栄華をもたらすとわかっていて後世の私たちは見ていても、でも自ら率いるフランス軍はどうなるのか・・・

ルイよ、カリスマ性があっても人を見抜く目には恵まれてないので、本当に忠実な側近に恵まれますように・・・

と、早くも「ダウントン・アビー」のようにキャラクター達に近い気持ちになってしまいました。ファンのナニー化かしら?



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2017/5/26


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I'm the king of my own land
私はこの自分の地の王
Facing tempests of dust, I'll fight until the end
塵の嵐に向かい、最後まで戦うことになる
Creatures of my dreams raise up and dance with me!
夢に見た怪物たちが起き上がって私と踊る!
Now and forever, I'm your king!
今もこれからもずっと、お前たちの王は私だ!

上のオープニングタイトルに合わせてテーマソング「Outro by M83」がかかります。エレクトロポップです。

多くのCMや映像作品に愛され、映画「クラウドアトラス」にも使われたようですが、記憶にありませんです。

しかし、この歌詞は誰よりもルイにぴったり!


このエピ5でも、ルイは宮殿に潜む毒殺者に怯え眠れぬ日々を過ごします。

毒はか弱い女性にも操れる殺人兵器としてこの時代の人気商品?
今回は、王妃付きの僧侶が毒殺されて自殺に仕立て上げられます。

そのやり方がまた心憎いんですよ。犯人は僧侶に手紙を代筆を願いに来て、王妃に宛てた思わせぶりなメッセージを書かせ、この花も天国のような香りがするから添えて欲しいと百合を差し出します。僧侶が思わずその香りを嗅ぎながら「遺書のつもりではないだろうね?」ときくと、「私のではありません」という返事のセリフが終わるのを待たずに、僧侶の鼻から血が滴り落ち、罠にかかったと気がつくも時すでに遅し床でもがきながら最後を迎えます。

それに、ジジイと結婚させられた孤児の若妻が復讐に毒を買いに行くと、2種類の瓶を選ぶよう見せられます。1つは結果が出るまで時間がかかるもの。もう1つは即効性のあるもの。彼女が迷っていると薬屋が「苦しむのか即死か」とアドバイスすると若妻は迷わず「苦しむ方」を頼みました。ひとくちに毒と言っても効果も様々だったようで・・・ブルブル

しかし今週は拷問シーンがなかった、ほっ=3

外交では、ルイはオランダとの戦争に、弟のフィリップを司令官として送ることにしていました。フィリップと王は久しぶりに敵に対して一致団結した兄弟になったかのようだったのですが、家臣の会話を立ち聞きして自分が戦地に出向いた方が栄光を得るのに得策と判断します。

ヤル気満々だったフィリップは当然カンカンに激おこ。な、なんかこの兄弟、ソー&ロキっぽいw

しかもルイは自分の留守中の摂政に王妃を命ずるのでした。
・・・なるほどー考えたな。王妃に全権を預けておけば、自分以外の男が留守中に台等してくるのを防げるというわけですかな?!

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コレ、王の執務室と家臣の部屋の間のドアで、王の目が太陽の目にぴったり重なってるんです〜〜 これを作らせたルイすごい。
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2017/5/25

いちげんさん  異文化

ネトフリが最近あまり見れてないのでちょっと契約を休んだのですが、その前に見逃しがないかとざっと作品リストを眺めていて見つけたのがこちらでした。

原作はスイス出身のデビッド・ゾペティの小説で、90年代に話題になったらしいし、当時の人気女優鈴木保奈美がヒロインなのだけど、私は小説も映画も全く知りませんでした。

「異文化」というブログのカテゴリーを持つうちとしては、これは見て感想を書かねばいけないような使命感に襲われたので頑張ります!(笑)


物語:

舞台は1989~90年の京都。スイス人の主人公は、日本の古都で常にガイジン扱いを受けるフラストレーションを抱えながら大学で日本文学を専攻していた。対面朗読のボランティアで知り合った盲目の若い女性/京子と恋に落ちたり、夏の暑さに耐えかねヒッチハイクで北海道に行ったり、通訳でヤクザと刺青の世界を見たりと日本の表裏を日本人よりも見る機会に恵まれつつも、大学では教授からトンチンカンな評価しかもらえず・・・


感想:

日本文学専攻の学生が朗読をするということで、森鴎外、安部公房、それにドフォルジュの背徳の手帖などが出てきて、それが違和感のない1990年代と言うよりも50年代までの日本文学や映画が持っていたような美しい日本語のセリフが主人公の口から語られる。

しかも、それがイギリス人俳優エドワード・アタートンによって。

まずここから私は混乱しました。映画の冒頭で主人公はスイス育ちで、家の外ではフランス語、家では英語とドイツ語を話していた、とありました。

すると3ヶ国語を話す人の耳は子音の聞き分けが自分の操る言語にある数だけできるはず。エドワード・アタートンはすごーく頑張ったと思う。だって一人称「僕」で綴られる話なので日本語のセリフの量がハンパない。

頑張ったけど、やっぱり英語訛りが入ってしまいました。もしフランス語ネイティブのキャスティングだったら違ってたと思うんです。フランス語の人の日本語発音の自然なことと言ったら、少しの間なら外国人だとわからないくらいの発音ですもの。

だけど本当に頑張りも評価します。よくある英語ネイティブの日本語アクセントやイントネーションは出さないように随分訓練されたと思われます。

スタッフにも、撮影は非日本人、それ以外にも日本以外で仕事をしたことのある人を入れて、客観的な(つまり主人公の)視点で日本を映像化するのに頑張ったのだな、と思う。

それで淡々と木々や桜などの日本の自然や家屋、銭湯、ヤクザの世界を絵のように切り取った映像が印象に残るように作れたのですね。絵と絵の間に真っ暗になる1秒の間をとったのもいい演出でした。

実際には狭い畳のアパート、ラーメン屋さん、カラオケ、一緒に写真を撮りたがる日本人、フィリピンパブ、大学の学生や教授(全員が敵のように見えた)などのごちゃごちゃした日常も出てくるのですが、美しい方の映像は見ている人も引き込んで共有できるように見せているのに比べ、ごちゃごちゃの方は外国人の目で見た世界という感じで出てくるので私にはあまり印象に残りませんでした。

原作は外国人による日本語の文学作品ですので、フラストレーションは感じながらも基本的に日本への大きな愛があるので、映画もそういう風に作ったのだと想像します。

脚本も原作に忠実にしたのだな、とは「1匹の兎、そして5人の学生と」という独白でも感じます。日本語ネイティブだと「兎1匹、そして学生5人と」という語順になりがちだからです。もっとも明治の日本文学だと翻訳調という文体もあるしその両方の雰囲気が感じられるかも。


さてさて、ではそろそろ内容へツッコミたいと思います(笑)。

美しい物語で映画なので、その分リアリティがありません。

だってね、ヒロイン京子は盲目、しかも電気が消えたりついたりしても反応がない全盲らしき。その彼女はどうも母一人娘一人で、お母さんも美人で綺麗に髪をまとめて着物を着ているんです。このお母さんは何者?!職業もお父さんはどうなったとかの説明はありません。

この母娘は東京から引っ越してきたとのことですが、古い一軒家に住んでいます。お母さんはお金持ちの内縁の妻なのかしら?着物の着こなしが自然だし高級芸者だったのかしら?

そしてなぜ京子がいくら小さい頃から盲目で慣れているとはいえ、「今まで娘が外国人と会ったこともないから留学生によるボランティアは友達を作る機会にもなる」と年ごろの一人娘を外国人の男とわざわざ友達になるよう仕向けたのか?

お母さんが2泊3日もひとり娘を残して外出するなんて放置しすぎじゃないでしょうか?

しかも娘とその男がテーブルを挟んでキスしそうになっているところに西瓜持って現れるんですね、絶対その状況に気づかないわけないですよ〜!

とにかくそのお母さんの存在が私は気になって気になって、主人公にとっては目の見えない美しい京子が妖精のような存在だったかもしれないけれど、私にはお母さんの方がよっぽど妖精のように見えました。シェイクスピアの、恋のいたずらをするような。

そして私なりの本題です。

「王様の為のホログラム」だ。

西洋人の男が人生で壁にぶち当たり、異文化圏で異邦人として、現地の人にもとざされてるような世界も外国人だという特権で興味深い体験をする。しかし所詮は異文化圏に一体化はできない。そこへ異文化を受け入れる強さと賢さのある美女が現れ恋愛をする。

その彼女たちは好奇心旺盛だから異文化を受け入れるのだけれど、恋愛にもとても積極的。西洋人の男は美女を受け入れるだけでいいんです。これならば彼女と別れて自分の国に帰ってしまっても「蝶々夫人」にはならないでしょう?って声が聞こえちゃう。

男の美しいロマンだよね〜と思いました。

あと、物語が1989年、明治の純文学の空気をギリギリ出せた最後の時代だったのじゃないでしょうか。

独白にも出てくるように、「まだドイツが二つ、ソ連も存在し、ネルソン・マンデラがまだ投獄されてた時」なんですね。(主人公はテレビでベルリンの壁が崩されるのをソワソワと見ていました。スイス近いもんね。ちなみに私はその頃ロンドンにいました)あの時代はまだPCもインターネットもなくて、大学の卒論が手書きです。(でもワープロはあったよね?あれは学生は使わなかったのかしら?私は卒論を書いたことがないのでわかりませんが)

あれから30年近く経って、この物語も古典のような香りがすでにするのです。鴎外のロンドンみたいな。




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2017/5/22


ルイの弟オルレアン公フィリップ(中央)、フィリップの愛人Chevalier(左)、2番目の妻Palatine

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今回のエピではフィリップの身辺に変化が。2番目の妃Palatineはドイツのお姫様なのに、最初の妻でルイの愛人となったアンリエットに比べるとどうも魅力に乏しく、金髪なのに庶民ぽく、新婚初夜もフィリップには相手にされませんでした。

フィリップが再婚してベルサイユに戻ると、新妻とだけでなく愛人のChevalierとの仲も冷えてきています。この王の弟はほとほと面白いやつで、兄への嫉妬から性格がひねたのか、誰にも優しくないんですよね。おしゃれさんで女装が好きなのは史実で、それでChevalierと気が合うのかも。しかしChevalierの浪費癖がいよいよ加速、衣装代もフィリップ払いで随分と使ってましたが、ついにフィリップに冷たくされてる憂さ晴らしに賭け事に手を出し、フィリップの年棒の1/3もの大負けして彼をカンカンに怒らせます。

そのフィリップは今はどうも親戚の若い男の子に気があるようです。

ルイは相変わらずモンテスパン夫人を愛人にしていて、彼女の生んだ自分の子が病死した時には一目置いてた宮医も解雇したほど彼女と子供を愛してました。

が、同時に正妻のマリー・テレーズのことも嫌いではなく気がむくと彼女の部屋で夜を過ごしてました。

この頃オランダと戦争を始めましたし、肝心のベルサイユ宮殿もまだ完成してないし、内外忙しいはずなのに、よくあちこちの女性や子供のことも考えたものだなあ〜というのが正直な感想です。

でも王様の務めは皆同じで、それができた人が後世に偉大な王といわれるのですよね。

このルイ十四世、そしてイギリスのヴィクトリア女王しかり。

ところでルイは、お気に入りの宮殿庭師の死のことも本気でショックを受けてました。なぜなら、宮殿に潜む殺人者の存在がまた露わになったからですよね。家来の中にいる裏切り者を見つけるために繰り返される拷問。

愛欲と、病死と暗殺と、戦争と宮殿建設。

太陽王はずっと太陽だったわけではないのね、ってところが改めて面白いルイ十四世です。


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