2015/11/8

NTLive 「ハムレット」字幕なし先行上映  ベネディクト・カンバーバッチ

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8月にバービカンで見た時には、生「ハムレット」も初めてなら、舞台で演技するベネさんも初めだったための緊張と興奮で冷静に見られなかったので、この映画館上映がとても楽しみでした。

先行を優先し、異例の字幕なし。でも逆に私にとっては、落ち着いて生のベネさんに舞い上がらずに、日本語時幕を読む必要もなく、演劇と音響照明セットに集中できるいいチャンスで嬉しかったです。

それでも生の時は音声が聞きにくくて英語のわからないところが多くて辛かったので、今度は英語原作も読んで(間に合わなくて前半だけでその時が来てしまいましたが!)望んだので、もはや趣味の娯楽を越えて、受ける必要もない試験の勉強を自分に課したようなものでした。高校の定期試験前のような追いつめられた数日間、はい、それはもう逃避もしましたし、ヤマをかけるようにローゼンクランツや劇中劇の台詞は飛ばしてハムレットとオフィーリア、母王妃のの台詞だけ読んだり・・・(笑)

いざ、上映が始まってみたら、音響の違いで、まったく聞こえ方が違ってかなり聞き取りやすくなってました!生声は劇場内で拡散されたり反響するのかわかりませんが、とにかく録音された音声のありがたみよ!

さらに、NTLiveはアップの表情もばんばん映してくれるので、ベネさんの表情もよ〜くわかってありがたかった(涙)。

台詞のない芝居=バレエをよく見に行ってた時も、「1番いい席は真ん中の後の方」とされているにもかかわらず、私はダンサーの筋肉や顔の演技がよく見える1番前の席が好きだったので、やはり同じなんだな・・・好みでしょうけど、私は細部が見えれば見えるほど作品が理解できるような気がします。

そして細部がもっと見えたのと、プレビューからの変更もあり、やっとのことでベネさんのハムレット像が私なりにわかってきました。

実は見る前、ハムレットは悲劇なのだからと、ベネディクトのこれまでのキャリアを見渡して、暗く影のあるシリアスな人物像を期待していました。ところがフタを開けてみたら、正反対・・・ど、どちらかと言うとチューリングさんくらいすっとぼけていたりする・・・なんだろなんだろ・・・

「かわいらしく純真なハムレット」という声をよく耳にしても、素直に同調できないわだかまりがありました。どうもそれでも1人の人格として統合されてないような・・・

それが、やっと腑に落ちてきた。
というのは、ベネさんはハムレットを演じるにあたり、ハムレットの行動を彼が理解・共感できるように解釈したのじゃないかとやっと気づいたからです。ベネさんって現実的でとってもいい人だと思うから、シャーロックやカーンのようなキャラを演じる時は、彼なりの様式を自分で作ってそこに入るんだと思います。それは極端なのでわかりやすい。

でもハムレットって行動に意味不明の部分が多いキャラでもあるので、そこを埋めて行くのに、自分ならこういう気持ちならこの台詞を言うだろうと、作り上げる部分よりも内省して見つけた人格があのハムレットだったのか、と思ったらものすごくスッキリしました。

と私が思ったきっかけは、最初のシーンで(上の写真)死んだ父王に想いを寄せている姿を見ていて、ベネディクトの実のお父さんの顔が浮かんでしまったからです。成人した男性の父への想い、って想像しにくかったのですが、ベネさんがプロモーション仕事中に父ティモシーさんに携帯で電話して嬉しそうにしていたり、シャーロックでも仲良く親子3人でお仕事されてる図を思い出したら、もしも、ベネさんがお父様を亡くしたら、それはそれはハムレットのように嘆くんだろうし、父と仲よかった母があっという間に再婚などしたら、お母さんどうしちゃったの?って聞くだろう、と想像できました。

そうだよ、ハムレットはベネさんのような人だったらこの話が成り立つぞ!とキャラクターに一貫性が見えました。あ〜私にとってこの道程長かった・・・・

いい成人男性が何を・・・と思うとハムレットの話には感情移入できなかったのですが、いい成人男子がこんなかわいいよ的ないつもの目線でよかったのか。なんだ。
そう思うと、こんなに隙だらけのキャラクターを書いてくれてありがとうシェイクスピア、と生まれて初めて思えたりもするのでした。ケネス・ブラナー版を、シェイクスピアを恨む全ての人に見せてあげたいとも思う、歴史的な解釈じゃないですか。
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