2013/6/28

バース・バンズ  イギリス

前回のブログで、ウェリントン公爵の愛馬コペンハーゲンの死因のひとつに「糖分の撮り過ぎ」があると書きました。Wikiに「スポンジ・ケーキ、バース・バンズ、チョコレート・クリームなどの美食に耽って・・・」とあり、馬がお菓子を食べたなんてビックリです!草食動物ですから、砂糖やバター、クリームの動物油脂を消化する身体にできてないはずなのに、コペンハーゲンったら甘やかされたのでしょうね。今なら栄養士がついて絶対食べさせられない気がしますけど。

彼の好物のひとつ、バース・バンズ。

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ほんのり甘い生地にカラントやその他のフルーツと大粒の砂糖が乗った、イギリスの菓子パンのレギュラーです。日本で言えばメロンパンみたいにいつでもどこにでもあります。

しかし元はその名の通り、イギリスのバースが発祥の地と言われていて、甘いもの大好きの私も元祖バース・バンズを作っている「サリー・ラン」というティー・ルームへ行って食べたことがあります。ティーと一緒にいただくケーキという扱いなのですが、元祖のは砂糖も乗ってなくて近いところではイタリアのパネトーネみたいなほんのりと甘いしっとりパン。温めてバターをつけていただきました。下の写真がサリー・ランのウインドウ。

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ところで、そのティー・ルームの創立者サリー・ランは、実はフランス人でした。ですので彼女の焼くコクのある丸いパンは、イングランドになかったものとして人気が出、コピー品も出回るようになったとのことです。

むむむ、コペンハーゲンは戦争に勝ってパリ入りし、そこで美食を知り、イギリスに帰って来てからもフランスの味が忘れられなくてバース・バンズを食べていたのでしょうか?!
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2013/6/27

コペンハーゲンの母はレディ  その他の映画・ドラマ・舞台

キャビン・プレッシャーとTTSSに出て来た詩のことを調べてたら、

詩の登場人物=フランス海軍提督とその息子

ナポレオン戦争の歴史

その一連の戦争のひとつ「コペンハーゲンの戦い」

Warhorses of Letters

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今ココです。今「いま」とタイプするつもりが一度「うま」と打ってしまいましたw
「Warhorses of Letters」とはいつもコメントくださるhedgehogさんに教えてもらったラジオドラマです。ナポレオン好きの私は、ニンジンを吊るされた馬のように飛びつきました。簡単に言うと敵同士のコマンダーの馬同士の愛の書簡集です。ドラマはシリーズ2まで発表されていますが、CDはシリーズ1しか出ていないので、私の知っているドラマの中ではまだ2頭は会ったこともなく、遠距離恋愛なのです。(コペンハーゲンがマレンゴの肖像画を見て文通が始まった。)

馬1=コペンハーゲン・・・持ち主はイギリス軍ウェリントン公爵
馬2=マレンゴ・・・持ち主はフランス軍ナポレオン

CPと同じで全部聞き取れなくても面白かったです。でも詩のブログ記事書いた時に湧き出た推測「コペンハーゲンの名前はイギリス軍が大勝した戦いに因んでいるのか」を確認したくてドラマを聞き直して、びっくり。

最初の自己紹介のところに名前の由来ででてきてたのですが、実は細部がわかってなかったのです。正しくは、「My name is Copenhagen because I am out of Lady Catherine who was in foal with me at the Battle of Copenhagen, ....」で、「僕の名前はコペンハーゲンです。レディ・キャサリンから、コペンハーゲンの戦いの時に産まれたからです・・・」私ってば「foal=雌馬が子馬を産む」という単語を「fall」と思い込み、キャサリンという貴族のお嬢さんが落馬したのでその馬をウィリントンにあげてしまったのかと思ってたらレディ・キャサリンは母馬の名前だったんですよね!

Wikiを見ると、当たり前ですが2頭の人(馬)生が色々書いてあり、特にコペンハーゲンの項目は英語サイトの方に事細かくでています。いかにイギリス人がナポレオンを破ったことを誇りに思い、司令官とその馬まで愛したかの表れだと思います。私もまだ全部を読んでいないのですが、2頭の晩年〜死後の部分が感動すぎて、このブログを書いています。その部分とは・・・

マレンゴは、「1815年のワーテルローの戦いでナポレオンが破れると戦利品としてイギリスに連れて来られた。現在、骨格がイギリスの国立陸軍博物館に収蔵されている。」・・・なんとその生涯を敵国イギリスで終えた?!

一方コペンハーゲンは、日本語では書いてないので英語を抜粋すると、「公爵は戦後もパレードや式典の折に乗った。コペンハーゲンは注目されるのが好きで、手にキスしてきたり、リンゴをこの上なく優雅に食べたと言われる。死因はケーキ、バースバンズ、チョコクリームなど美食に耽り糖分の取り過ぎだったとも言われるが主に老衰であろう。領地内で軍葬の礼とともに埋葬が公爵に見届けられた。後にthe United Services Museumから、マレンゴと並べて骨格を展示・公表できるよう亡骸を発掘して欲しいと要請されるが、公爵は断った。」

・・・・・!!!
公爵がなぜ断ったのかは「どこに埋葬されたかわからない」などと嘘の言い訳までしていて明らかになっていませんが、もし実現していたら、国立陸軍博物館で、仲良く並んだ恋(馬)人同士の2頭の骨格が見られたんだ?!世紀の恋の成就じゃないですか?!

このくだりを知って、「Warhorses of Letters」の著者が、この物語を書きたくなった気持ちがとても良くわかる気がしたのです。マレンゴだけでもいい、次回ロンドンへ行ったら陸軍博物館へ会いに行くぞーー!

そして、ドラマのシリーズ2もCD出ないかなあ!
とりあえずこの本は買ってみたが・・・

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*さらに余談

コペンハーゲンが戦争の名前なら、ロンドンの駅「ウォータールー」もそうなのか?と思って調べたら、やはりそうでした。でも駅名より先に、ワーテルローの戦いの勝利を記念して建設されたデムズ川に架かる橋「ウォータールー橋」が先にあり、その橋の最寄りに出来た駅に同じ名前がつけられたのです。

皮肉なことに、セント・パンクラス駅までユーロスターの線路が伸びるまで、ウォータールー駅は鉄道による大陸への発着駅でした。ですからフランスからユーロスターに乗ってイギリスに到着すると、フランス人にとっては屈辱の戦いの名前の駅に出迎えられたというわけですね。
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2013/6/24

フリー・ネルソン・マンデラ  イギリス

TOP OF THE POPS出演/1984


こちらの公式VPもすごくいいけどなぜか埋め込みできないのでリンク

今朝のBBCニュースで、南アフリカの元大統領ネルソン・マンデラ氏が深刻な状態と伝えていました。

マンデラ氏のことを初めて知ったのは、1990年のロンドンでした。通っていた英語学校のクラスメートのホームステイ先に遊びに行ったら、Aちゃんの大家さんは珍しくアフリカ系。おじさんは明るい気さくな人で、英語も拙い東洋人の私達とおしゃべりしてくれて、その時ついてたテレビに映っていたのがマンデラ氏。おじさんは私達に「この人知ってる?」と聞いてきて、私達が知らないと答えると、「彼は反アパルトヘイトの反逆罪で27年間投獄されていたがやっと釈放されるのだ」と目もうるうる教えてくれたのです。

それを聞いても?????だった私がピンと来たものは、続いてテレビに流れた「The Special AKA 」の曲「Free Nelson Mandela」のPV。80年代のヒット曲でよくクラブでかかっていたから知ってましたが、その時初めて、タイトルのFreeとは「自由にしろ」という動詞の命令形だったんだ?!そしてこの曲が、マンデラ氏解放へのメッセージだったと知ったのです。マンデラ氏が釈放されたのは1990年2月。27年も拘束なんて信じられない長さと思ったけれど、その時から23年の月日が流れ、法律での黒人差別は歴史上の出来事となった。


さてここから話はまたそれます。
その時のクラスメートとは、日本人の女の子で、Aちゃんともう1人、彼女の仲良しMちゃんも同じクラスで、その時も一緒に黒人のおじさんの話を聞いてました。クラスに日本人はその3人で、元から友達だったその二人組に私もよく混ぜてもらってフラットに遊びに行きました。その彼女達、会ってから1か月くらいしてアイドルグループのメンバーだと知ったのです。疎い私は工藤静香くらいしか知らなくて(今では彼女も知らない方もこのブログを読んでいらっしゃるでしょうけど)彼女達にしてみれば、私は日本人のくせに彼女達が芸能人と知らないなんて失礼だったでしょうね。すみません。

でネルソン・マンデラ氏のニュースがBBCから聞こえてくると、彼女達の記憶がセットで呼び起こされるもので、数日前にマンデラ氏の入院のニュースで、そのアイドルグループをWikiってびっくり。二人とも、今は外国人と結婚して外国に住んでいたのです。あの時のロンドン生活が発端となったのかも知れません。

別々の国に暮らしているAちゃんとMちゃんも、今、ネルソン・マンデラ氏の名前を聞いて、あの時アフリカ系のおっちゃんから聞いた話を、テレビ番組を思い出しているでしょうか。

Get Well Soon Nelson Mandela

6/25追記
今朝のニュースでも回復を願う人達の姿を見てロンドンのおじさん思い出した。
彼は国のアイコンだと若者も祈っている。

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2013/6/23

コマンダーの息子の詩  Cabin Pressure

キャビンプレッシャーのFittonを訳してて気になったけど、全文を終えるのに保留していた箇所があります。それは、ダグラスが引用してキャロリンが続きを替え歌のように返して大笑いした詩です。

CASABIANCA by: Felicia Dorothea Hemans

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“The boy stood on the burning deck / Whence all but he had fled.” 
「全員が退避した燃える甲板に少年は立っていた。」

この続きは本物では、

The flame that lit the battle's wreck / Shone round him o'er the dead.
「艦の残骸を燃やす炎が あたりの死体を照らしだしていた。」全文と訳はこちら

キャロリンの替え歌は、

“His heart was in his mouth but, lo! / His cap was on his head”! 
「少年は落ち着かなかったが、見よ!彼は帽子を着用している!」

原文のdeadとキャロリンのheadが韻を踏んで、客席から拍手が出て、この後のダグラスとキャロリンの盛り上がり方はすごかったですね。マーティンはすっかりヘソ曲げて怒っちゃうし。

この詩、どこかで聞いた気がすると思ったら、「裏切りのサーカス」でギラムがウィッチクラフト作戦の隠れ家にマイクを仕込む時に音声テストで暗唱した詩と同じでした。

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「ピーターなんか言って」「アイアイサー!・・・少年は・・・」
(とは言ってない。実際はスマイリーの壁をトントンと叩く合図だけ)

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いや〜、びっくりしました。ベネディクトさん半径1mくらいしか映画・ドラマを見てないのにかぶるなんて。最も、TTSSの詩を調べた時に、ギラム君が暗唱したようにイギリスの小学校で国語の時間に覚えさせられる有名な詩、とは覚えたのですけど、本当だったのですね。疑ってはいなかったですけども。誰もが知っている古典。日本で言ったら何でしょう?「平家物語」?

この詩はどういう詩か。文学に素養のない私にも解りやすい解説を見つけたので加筆・省略はしましたがご紹介します。(もっとご存知の方はぜひコメント欄にて教えてください。またはご訂正ください。)

この「少年」とは、ブリュイ・デガリエ François-Paul Brueys d'Aigalliers:ナイルの海戦のときのフランス艦隊司令官の10歳の息子のことだと言われています。司令官=コマンダーです。ナイルの海戦とは、当時、飛ぶ鳥を落とす勢いだったナポレオンのエジプト遠征を失敗に終わらせた戦いです。イギリス軍にとってはここで苦戦の末に地中海の制海権を得、後のトラファルガー海戦にて輝かしい勝利を得るのです。このふたつの闘いでの海軍提督がネルソンで、今でもロンドンのトラファルガー広場の柱の上で像が世界中からの観光客に勝利を誇っているのです。

そのナイルの海戦で、フランス海軍が追いつめられブリュイ本人も重傷を追い、夜の海で戦火に燃える船から彼は将校と乗組員を逃がし、自分は残った。彼の息子カサビアンカだけは、「父上は以前、司令官は船を離れるものではないとおっしゃいました」と退却命令に従わず、燃え盛る炎からイギリス軍もボートでからがら逃れた直後、船は爆発。炎上した・・・・

イギリス人にとっては、敵ながらあっぱれな最後であったと、勝利に酔いながらこの詩を愛したのでしょうか。この闘いを想像しながら、STIDでエンタープライズ号から離れるキャプテン・カークに何か言ってたジョン・ハリソンを思い出した私は狭い知識の中で堂々めぐりをするハツカネズミのようです。

あっと、話がそれまくりましたが、この詩の持つこういう背景を知ると、「業務処理要項・・・客室での煙・火災の場合の避難」を指示するマーティンを笑うダグラスとキャロリンの大笑いを理解する助けになりますね。

そして「裏切りのサーカス/TTSS」では、たった1人で息子と船に残る司令官の姿が、スマイリーとギラムの組織での位置の暗喩になっていると思うのは考え過ぎかなあ。





*余談 

ネルソン提督が勝利したナポレオンとの戦いの中に、1801年の「コペンハーゲンの海戦」というのがある。これはイギリス軍の大勝だったから、後、1815年ワーテルローの戦いで勝利したウェリントンの馬の名前はそれに肖っていたのかな?!逆にナポレオンがヨーロッパでの地位を確立したのは1800年のマレンゴの戦いでのフランスの大勝。
ああ、hedgehogさんに教えてもらった「Warhorses of Letters」がまた聞きたくなってきました。





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2013/6/22

ブラウンソース  Cabin Pressure

このソースのことは、キャビン・プレッシャー0106Fittonに入れたかったのですが、和訳の記事はそれでなくても長いので、別にしました。

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ダグラスが奥さんのために、わざわざギリシャから入手してきたというプレゼントがこのブラウンソース。あ、奥さんのお気に入りがこのブランドかは不明ですが、このHPソースは醤油で言えばキッコーマンのような代表的なブランドです。日本のソースにブルドッグの顔がついてるのも妙ですが、こちらはビッグ・ベン!国会議事堂がマークですよ?!

これが、イギリスの、いわゆる代表的なソースと言えましょう。
日本の一般的な食堂のテーブルに乗っているものが「醤油」と「ソース」であるように、イギリスの食堂には、ケチャップとこのブラウンソースが常備されています。

クリックすると元のサイズで表示しますほら!

写真は、イングリッシュ・ブレクファストでしょう。目玉焼きにベーコンに、ふお〜朝からチップス!そして紅茶がちゃんと並んでいますね。でも、イギリスの食堂では朝食が1日中注文できるところが多いです。ほぼ「イングリッシュ・ブレクファスト」というメニューなんですね。w

ですから、シャーロックとジョンが、バスカヴィルでデヴォンのB&B兼カフェで、犬の正体が解けた後に、事件を振り返って話すシーンの台詞がとっても「普通」でおかしいのですよね。「あの時研究室では何が起きたんだ?」と話題が自分の都合の悪い方向に進んだ時に、ソースのカゴに伸びるシャーロックの手。

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チークボーンにコートの襟を立てて歩くヒーローが、「ソース欲しい?」

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「ケチャップ?それとも、ブラウン?」

マインド・パレスから帰って来て、犬と人が死んでるのに、こんな当たり前過ぎるイギリスの食卓のギャップ・・・・・

このカゴには、ジョンが「化学物質が入ってるって言ってたナ」と気づいた砂糖も入っていたに違いありません。w

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