2012/12/30

下田の変な友人  異文化

下田のペリー・ロードに臨むマリーナ
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クリスマスに下田へ行った時、電車の駅ふたつ離れた所に住む、Jの友人に会いました。
そのDさんは、キウイランド人で、山の中で古い日本家屋に住み、PC以外ほとんど家電を使わず自給自足の生活をしている、と聞いていました。つまり農業を主とし、そういう原始的な生活術を伝授すべく東京でセミナーを開催もしているんだそうです。

Dさんが連れて行ってくれた珈琲店「邪宗門」は空間そのものがヴィンテージで、ペリーも開国をせまった港町にちなんだ船に関する古道具や、古い電車や汽車の駅名標識などでいっぱいです。

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これは、「グラスゴーの造船所製」と書いてあるのでイギリスの船にいていたのでしょうね。

Dさんの生活は1日のうちほどんどが、ご飯の支度で終わるそうです。ガスや電子レンジを使わず昔ながらのかまどなどで調理するからです。

むむむ、そういうの聞くと、ふた昔くらい前のニュー・エイジを思い出します。イギリス人でインドとかバリとかオーストラリアとかフラフラしてコミューン作って、国に帰ったらグラストンベリー詣でして、という反西洋文化態度の若者達。私の友達にもいたけれど、所持してはいけないもの見つかって日本の刑務所入って日本が嫌いになったり(逆恨みというものです)、結婚して子供もでき就職してしっかりビジネスマンになってたり、とその反骨精神を昇華して新しい道を開拓した話は聞きません。

その後時代も下って、今や環境に優しい暮らしはおしゃれですらありますが、そのDさんの暮らしは、隙間風の入る古い木造家屋で暖房もなし、と、おしゃれとは縁のなさそうなものです。私は東京の家の寒さだけでもこりごりなのに、JがDさんに感化されて「山奥に住む」とでも言い出したら(奴の場合は葡萄作りとかで言い出しかねない)困る、と実はDさんの話を聞くだびにビクビクしていました。Dさんには日本人の奥さんがいらして、出会いはNYだったとか。究極の都会から下田の山に籠れる日本人女性っていったいどんな悟りを開いた方なのか。私には無理ですよ。悟りも山も。

と思って初対面したDさん、ふーむ、どんなクマ男が現れるかと思ったら、長身で細身のなかなかのイケメンだったのです。キウイ訛りも聞き取れない、奇麗な話し方で、静かな物腰、知的。農作業して木をすり合わせて火を起こしてるような生活しているようにはとても見えない白くて長い指。奥さんが引越に同意した理由は顔かな...と邪推しつつJとの会話を聞いていると、話題は「猪狩り」。猪を狩って出荷しようと目論んでいる。仕留めるには首のナナメ後45度から矢を打たなくては・・・って、調度「ロード・オブ・ザ・リング」で原始的な弓矢を見た後だけに頭の中が中世にタイムワープです。して聞いているJの方も、東京での卸先を検討すると言っている。確かにイタリアでは猪肉は肉屋にもレストランにもあるし、イギリスにも伝統的なゲーム(野生の動物肉)料理がありますからね。

今までDさんの話を聞くたびに心の中で「やめてくれー」と叫んでいた、私の牽制心が、Dさんの穏やかな人柄を見て消えたことは、このコーヒー・ミーティングの効能でした。生活から余計なストレスが減ることはいいことです。^^

お土産にいただいたDさん自家製「栗のシロップ漬け」はとても美味しかったです。もうひとつの「胡桃のピクルス」は微妙な味でまだ冷蔵庫に残ってます。早く食べてね、J。

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珈琲店の不思議なテーブルまわり
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