2005/1/29

続き  

今日の午後、先輩から電話。
最初鳴っていることがわからずあわててかけ直す。

最初、なんの声も聞こえず、沈黙が続いた。
しかし少しずつ、泣いている先輩からたどたどしくもひとつひとつ言葉がこぼれだす。

昨日の訪問のお礼と、昨日の夜から今までの経緯、それから会社は当分休むことを伝えられた。

昨日の夜遅く、千葉の友達がかけつけてくれて今まで一緒にいてくれ病院も付き添って一緒に行ったらしい。今のままでは仕事は無理という診断書をもらい帰ってきたという。

言葉に出せるのは今のうちのような気がするから伝えたくて…、と言っていた。

でも会社の人やその他お世話になった人たちになんていっていいかわからないとも言っていた。

責任感…。
その言葉が私の頭の中に浮かぶ。

すごい責任感のかたまりのような人だ。
私は全然真似できない。
生き方を否定するわけじゃないけど、そこまでがんばらなくともいいような気がする。
でも私が東京に来て右も左もわからなかったとき、風邪気味で薬局の場所もわからなかったとき、電話したらくわしく場所を教えてくれ、ホームセンターで日常品を買うと軽トラを無料貸し出ししてもらえることも教えてくれ、手続きのための市役所や警察署や銀行などの詳細な場所、銀行は時間かかりそうだから早めに行っておいたほうが良いことも教えてくれた。
100円ショップの場所や、深夜までやっているお店も教えてくれた。

み〜んなみんな先輩に教わったこと。

これからもいっぱい教わりたかった。
これからも一緒に働きたかった。
そのうち飲みに行こうとも言っていた。
私は甘えっこなので甘えてくる私を強い責任感と親切心でいつもいやな顔することなく、導いてくれた先輩に心からお礼を言いたい。

会社に行って顔を見ると安心した。
楽しくお昼を一緒に食べていた。
もう会社に行っても顔を見ることができない。
生活の困ったことや会社のことも相談できない。
自分が本当甘えっぱなしだったことも改めて実感する。
不安です。
私は不安です。
無理してまとめ役をするために会社に残ってくれとは言えないけど、でもまだ東京に来て一ヶ月もたってないのにひとりで放り出されて大変不安です。

どうしたら良いのだろう?

…結局自分なのだ。自分が自分であること、自分で自分自身を保ってゆくことが問題なのだ。自分のことは自分で決めること、当たり前のようでいてそれができないとまず乗り切れない。

先輩は早くから仙台の会社の人にも相談していた。
けれど話しは聞いてくれるみたいだけど、最後には頑張れと励まされたという。頑張っているのに頑張れと言われてしまう…、そのことを泣きながら言う先輩。

私から言える最大の言葉、別に頑張らなくていいっすよ…。
それが私から言える最後の言葉。
鬱の病気については私も前々から知っていたので、もう遅いかもとは思いつつも繰り返した。

もう頑張る必要などないのです…。

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