2004/9/23

理由 〜ウツッキーの根源〜  

ウツ(鬱)ッキーに入ったわりにはなんとか最悪の状態は抑えられているようです。考え方は暗いけど、涙が止まらないということはない。自分がどんな状態かをとつとつと考えていた。
 今日はまったく授業のほうはダメでした。眠くて眠くてしょうがない。考え事もなかなか頭から離れない。ぼんやりしてるうちに一瞬眠ってたらしく目は画面を見ていたが頬杖をついていた左手によだれがたらりと垂れた。
やばっ!!!幸い誰も見てないし先生も気づいていないけど、なんかこんな自分がかわいく思えたのはなぜだろう…。ふと思った。これでいいんじゃ…?これが自分なのでは…?
今回の鬱は自分の中に自分じゃないものを取り入れ、それを自分のように見せようとしていたせいがあるんじゃないかと思う。
理想とか、こうなりたいとかってそのために努力するのはすごくいいことだと思うけど、その理想像が極端に今の自分とかけ離れていたり、自分の器に入りきらないくらいの形、大きさだとそれに対応しきれなくって直接体に影響が出たりするんじゃないのかな?努力をすることをやめる必要はないと思うけど、努力の仕方やペースってあると思う。頭で考えるだけの無理な理想像、人のためにこうなりたいという理由から、自分自身はひとまずおいといて人に尽くすとか(自分不在、滅私奉公?)。無理なものは無理なのだ。
楽しく愉快に生きていきたい。理想のために苦痛苦痛の毎日は送りたくない。自分に合った生活のペースがあるはず。
つまり私の鬱は頭で考える自分と実際の自分との差が大きく開きすぎたときに起こったものなのではないかと思う。引き裂かれるような感覚。自分というものが一瞬わからなくなる。
若い頃よりはあたまでっかちではないのだけど、他人がからんだりするとまだまだ自分を御しきれないな、と思った秋の真夜中…。
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