2007/12/27

カフェと冬空  

世は年末年始のイベントごとにやら年末の仕事の追い込みやらで気ぜわしいなか、わたくしはゆうゆうとというより自宅でうつうつと過ごす日々。

そんなときは素敵なカフェで読書でも

そんなことを思いつつ、憂鬱を吹き飛ばすかのようにドライビングアゴーゴー⇒
来たるは紅茶専門店「notre chambre」。
わたくし目が生涯で初めてガレットを食べたカフェでやんす。
住宅街にひっそりたたずむそれは住宅に併設して作られた白い木造風の外国にある田舎調の建物、さながら泉区の北フランスです。店内の雰囲気も北フランス調でマダムもロングのワンピースとか着ててますますおフランスです。
特にテラス席がガーデニングにも凝っているらしく素敵なお庭にテーブル席を設けていて、大変素敵なのですが、今は冬なので植物も枯れてて大変寒いので窓から眺めるのみです。
わたくしはサンルームの中の窓際の席を取り、日の当たる少し明るい場所でひたすら冬の外国調のお庭を眺めていました。
お店は紅茶のほかにも外国製のかわいい小物やアンティークを売るようになってました。

そこで食べたは塩バターキャラメルクレープ。
塩キャラメルとはお菓子界で少し前に流行った味だが、マジクレープに合うじゃけん、激ウマじゃけん!!!焼き加減がまたカフェのクレープって感じでトロッとしてて本当舌触りが良い!オプションでバナナも入れてもらいました。それがまた塩バターキャラメルと合うのなんのって!
それにベリー系の紅茶をセレクト。
サンルームのようなところで冬の少し翳りをおびた太陽をかわいいレースのカーテンでさえぎり、甘酸っぱい紅茶をすすりながら読書をするわたくし。
ああ、セ・シボン

アンニュイな冬の午後をおフランス調に過ごすわたくし。
アンティークの小物が入ったガラスケースが夕日を浴びて物憂げに光っていた…。




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2007/12/25

邂逅(作家編)  

このどっぷりと淀んだ毎日のなかで珍しく霧が晴れたようなびっくりした話。

先週、わたくし目はとある作家さんと邂逅いたしました。
場所は仙台の繁華街、国分町で。
とある居酒屋。
わたくしはその前にある集まりに行ってひさびさに頭が冴えていた。
人と随分話したせいもあるのか少々興奮気味で変に勇気リンリン、リアルにナチュラルハイ?、いずれにしろこのまま家に帰るにはまだ力を持て余し気味だった。
私はいつもその集まりに参加したあとは何処かに寄ってから帰ることにしている。
自分を静めるため、ゆっくり振り返るためと言っても良いのだろう。
そのとき寄る所はスタバやマックやらと一人でゆっくり茶が飲めるところと限定されていた。
しかしその日はなぜか頭に浮かんだいつもの拠り所を全部拒否してしまった。
頭で考えた拠り所に寄るより、本能のまま動いてみたくなったのである。
しばらくふらふら歩いた。
途中光のページェントも見た。
その流れかふと国分町へ足を踏み入れたくなったのである。
今までそんな経験は無論ない。
国分町とは飲み会があるときとか友達と飲むときしか足を踏み入れない。
もちろん一人で無目的で足を踏み入れることなど今までありえないことであった。場所的にも今まではあってはならぬことであった、考えたこともなかった。
しかしわたくしは一人で東京暮らしもし、日々の食事も普通に外でとり、休日前は飲み屋で飲むこともしばしば。出張時には地方の美味しそうな飲み屋や食事処にふらふらと立ち寄ることは当たり前、むしろうんと楽しんじゃった輩である。
もう戻れない、むしろ経験値アップな人間である。
そうと決まれば地元の歓楽街など怖くはなし。
むしろ進んでGOGOである。
灯台元暗しとはこのことか。
しらふでひとりでのびのびと、今まで入らなかった路地やら今まで素通りしていた建物を凝視しながら歩く夜の国分町は楽しい。
誰も待ってはいない。飲み会もない。飲むとも限らない。
無目的、自由、不文律。
今まで地元では考えられなかった、まったく経験しなかったこと。
ひょろひょろ入った小さな路地、ふと見るとなつかしき味わい深い古い木造飲み屋。
路地両側もなつかしいような猥雑な味わい深い店がたたずんでいる、昭和的なほほえましい雰囲気。
ふらりとその見覚えのあるお店の前へ来ると、なんだかふとその引き戸を開けたくなってた。
5、6年前くらいだろうか、一度友人とふらりと訪れたことのあるそのお店はそのときの店の名前とは似てるようでちと違う、似て非なるもの。
ちらとメニューを見てみた。
悪くない。
次の瞬間、がらりと引き戸を引く。
見覚えのあるカウンター、カウンター内の親父と女性、カウンターを取り囲みぎっしりと並んだお客たち。
席がないかに見えた小さきカウンター席だが、小さく一席こそりと空いていたので運よく座ることが出来た。
日本人の習性にならい、とりあえずビールを取る。
外は寒く、寒い中ぐるぐる国分町を散策したため手がかじかんでいた。
しばれる寒い夜に酒のお供につつくおつまみはモツ煮込みである。
自分の勘に任せ頼んだモツ煮込みはびっくりするくらい抜群であった。
味噌仕立てのそれは白味噌がきいてて超絶品である。
酒も飲みながらモツの汁もじゅるじゅる飲んじゃったよ。
しばらく店の様子を尻目にひたすら酒と汁をすする私。
しばらくすると隣の男女の会話が耳へ流れ込んでくる。
私より少し上くらいの男性と私よりはあきらかに年下であろう女の子の文藝論バトルである。
とは言ったものの途中、あきらかに女の子からの男性へのアプローチがところどころにちりばめられていて、聞いててちょっとぐふふモノであった。
男性のほうがあきらかに狙われている感じで、気持ちよさそうに自説などを披露している。
女の子もあきらかに狙っている感じはかもし出さず、ポヤーっとした一見天然系不思議ちゃんスタイルで男性の萌えごころを刺激している。
しかし話している内容は実に興味深い。
女の子が開高健の話をしているときは少々参りました。
そのとき、男性が自分でも書いているみたいで、某有名なビデオから出てくる女性が出てくる小説を書き人気を博した作家さんと会ったときの話などを始めたときから、あれ?と思った。
作家?
だれ?
店の親父と話しつつ隣の席の話にもひたすら耳をかたむけ、聖徳太子状態でもっきりで日本酒を飲む私。
興味ありつつもその状態をしばらく続けつつ、なかなか次の手が打てない。
実は少々ドキドキしつついつ口火を切ろうか迷っていたが、ポン酒から来るドキドキかもはや区別がつかない状態だ。
ふとひっきりなしに続いた隣の席の会話が止む。
今だ!
文藝通ですね。
…。
それがわたくしの第一声でした…。
あとから考えるとすごくアホなんですが、そのときのわたくしにはそんな言葉しか考えられなかったのである。
だってすごく詳しかったんだもん!(プイッ)
それもそのはずお二人は作家アンド書店店員ですもん。
そんなアホな第一声からむりやり入り込んだわたくし、途端ピタリと男性の勢いが止まる。
どうやら快く思っていないか、人見知りなのだろう。
それを知りつつもガン話しかけ、コミュニケーションを図ろうというわたくし。
女の子のほうがいろいろ話してくれたのでなんとか入り込み、男性もちょいちょい話をしてくれるようになる。
途中、店の親父も会話に参加、なかなか和んだ雰囲気がかもし出された。
店の親父と女の子が呼ぶ男性の呼称がふと気になりだした。
その苗字は割りと特殊で、かなり昔の月9の連ドラのキムタクが演じた主人公役の名前に適用された苗字でもあった。(ドラマの脚本家とその男性が知り合いだったからのようだ)
それを思い出しつつもしやと思い、半分確信を持ちながら失礼ながらとたずねてみると…。
…ビンゴであった!
素直に驚き握手を求める少々ミーハーなわたくし。
わたしは一度、その作家さんの講演も聴きに行った事がある。
随分前であるが、その作家さんの処女作というべきものが映画化されて随分話題になった。
それから理系出身の作家として持て囃された時期もあったが、そのあとあまり名前を聞くことはなかった。
しかし地元の大学が産んだ作家として私の脳裏には刻まれていたのである。
ぎゃふん!だがここで言うべきことがひとつある。
この講演を聴きに行ってからふと興味を持ち、後日図書館から彼の本を借りて読んでみた。
私はわりとどんな本もさらさらと読んで次から次へと読破するほうであるが、珍しく彼の本は半分もいかずリタイアしてしまったのだ…。
なぜだろう、なぜか全然こころに響かなかったのだ。
ギャーッ!たまたまこころに響かなかった作品だったのか、他に気になる本が控えてたからなのか、それから二度と彼の作品に手をつけることがなかった…。
しかし本は割とちゃくちゃくと出しているみたいで…。
とりあえずというか、とは言いつつも現役の作家さんになぞめったに会えるもんじゃなし。
わたくしは自分の運の良さに心底驚きつつ感嘆した。
ときどきですが(当たり前)、わたくしは運が良いと思う。
本当に面白いと思うことがときどき起こる。
結局最後は名詞交換などもせず(もともともう持ってないのだけどね)、彼らが去るまでずっといたが、なんだかそんなことはしなくとも良い気がするのである。
というよりもっと面白いことがこの先いっぱい起きる予感がするのである。
今回はそのとっかかりにしか過ぎないのではないか?
なんだかそんな予感がするのである。



 

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2007/12/2

五山送り火(後日談)  

最近ブログに綴るほどの出来事もなし、ただぼんやりと、頭もお口もただぼんやりボーっとしている日々を送っているため、それならばと今年の9月10日に1度綴って、まだ途中であった夏の京都旅行の折の徒然記の続きなどをしたためてみようかと思う。
よろしければご覧あれ。よろしければその前に9月10日のブログをあらかじめ読んでおくのが正しいかと。

前回は京都旅行2日目の折、炎天下の元、下賀茂神社のある糺の森へ着いたところで力尽きて勝手に「つづく」と銘打って締め切ったのであるが、今回はその続き…。

毎年恒例である下賀茂神社で行われる古本市は、下賀茂神社参道脇の流鏑馬用の馬場で開催される。
両側びっしりと木々で覆われており、地面は無論まったく舗装されておらず、右左それぞれの木々が触れ合うか触れ合わないかというほど狭幅だ。
その両側にびっしりと白いテント下の古本店のテナントが並ぶ光景は、意外や壮大である。

入り口にはカキ氷や冷たいお飲み物を売っている休み処があり、人々は噴き出す汗を拭き拭き涼を求め集っていた。
それもそのはず、その日は確か気温は40度を超え、うだるような暑さの中ある意味、物好き変態アホどもが掘り出し物はないかとダクダクの汗をかきながらひたすら古本を漁っていたのだ。
もちろんその中に私の姿もある。
一応わたくしも女性のひとりであるため、日傘と扇子で暑さを凌ぎながらといういかにも京らしい優雅ないでたちはとっていた。
そこに並んでいる店々は京都の老舗ともいえる古本屋が軒並み連ねているらしい。
どうりで店の名が「・・堂」とか古臭いというか優雅であった。
ゆっくり品々を吟味しつつ右側の古書店から見ていくが、いかんせんうだるような暑さ、右側の並びの真ん中くらいですでに体力気力の限界に来てしまい、ところどころに置かれている赤い毛氈の敷かれた長椅子で一休み。
はっきり言ってこんな時季に黴臭い古本を並べ、市を立てるなどという輩は大アホであると思う。
しかし、それを見るためにわざわざ東北の片田舎から京都くんだりまで移動に移動を重ねてやってきた私はかなりのウルトラ級バカアホである。
だが、それというのも私の愛する小説家、モリミーの小説内に出てきた場所の軌跡をたどるという崇高な目的がある所以であるから仕方ない。
じわじわと汗ばむ額をひたすらおさえつ扇で扇ぎつしながらどんどん進みゆく。
中には明治に発行された「手相入門」などというちょっとバカくさくてわたくし好みのへんてこなものもあり、大変心惹かれたが、購入にはいたらずであった。
それというのも、本当に暑さのためか元々そうなのか、そもそもほとんど無計画で行きたいところだけをピックアップして乗り込んだ京都の地。古本市に行き、本を買ったとてそれをその後どうするかなどとは露も考えてはいなかった。
はっきり言ってこの暑さでこれ以上すこしでも荷物が増えるのは、平常時の果物やビール缶など重いものが入った買い物袋が一個増えるに等しいのである。もちろん山のように買えばクロネコ宅急便などという小粋なツールを使用できるのであったが(実はその受付所もその場にあった)、2,3冊じゃ送料にお足が出る。しかも糺の森は宿泊しているホテルから遠い。しかし古本市は16時には終わる、となると本なんか買ってられないということになる。
つくづく、アホである。
そういうわけで一応、雰囲気だけは充分堪能したと自らを十二分に納得させ、次の目的地へ自転車を走らせた。
次は哲学の小道である。
〈つづく〉

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この方のうしろ姿がなんだか粋だと思いません?

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