2007/6/9

東京の人(未完)  

オダジョーは東京の人。
私にとってはそんな印象。

かしこく生きるのがかっこいいと思えなくなった。
かしこく、ずるがしこく生きるのがかっこいい、そしてかしこく振舞っている自分に身震いするような世界から逃げ出したかった。
だから東京に来た。
なのに、私は。


なのに、私は、かっこよく生きている人に、弱くて自分の弱さから逃げて、めんどくさいことから逃げて、ずるがしこく生きて、成功してて世間的にかっこよく生きているひとに惹かれた。

映画のカレはまさにそんな人。
軽い調子、かっこよく、先の先まで読むような会話。
それに惹かれる人。
そんな振る舞いにあこがれているひと。
そんなふうになりたい、そしてなりつつあるひと。

出演している映画を観るたび思う、ああ、東京の人だ、と。



地方のかっこよさは嫌いだ。
人のよさそうな、マリア様のような寛容さを見せつつ、知り合いをむやみに増やし、そのなかで利用できそうな人を徹底的に利用する、悪魔のようなずるがしこさ。
地方ではそんなふうに生きるのが当たり前だと思っていた。
知り合い増やしに日々没頭し、利用し、玉の輿をねらう。
遅れを取るのがイヤで、バカな競争にのめりこんだ時期もあったが、所詮そんなタイプではないし、性に合わないことは長くは続かない。
わたしには出来ない生き方をこなしている人たちの間から姿を消した。
そんな人たちからは東京に来てからほぼ連絡はない。
ごく少数の連絡内容はやはり私を利用し、知識やらなにかを得て自分が得する、という内容のものばかりだ。
抜け目ない人たちのあいだから私は去った。
今でもその片鱗を見せられると少し吐き気がする。
そういう人こそ、世界の終わりでもゴキブリ並みにたくましく生き延びるのだろう。








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